第10話:飛翔
レベル上げは想定以上にうまくいきそうだ。
6日以内にアイリにも追いつくことができるだろう。
アイリに追いつくことができれば、
一緒に狩りをして2人で同じペースでレベル上げができる。
現在は、タッグと言ってもレベル差もあるので
アイリには見守ってもらっているだけだ。
足を引っ張っているだけの状況は早めに脱したい。
そして、もう一つの問題は、ヨシカワの言っていた特殊な能力についてだ。
これについてはまだ特段の予兆も現れていない。
レベルが高くなればこの能力も強化されるとのことだったが、
そもそも発現しなければ、Maliceの出現時に何も対応できず、意味がない。
そういえば、アイリはどういったタイミングで能力に目覚めたのだろうか?
少しでも能力発現に必要な情報は得ておきたい。
せっかくMalice退治という大役を任されたのだ。
できる限り早くその使命を果たせるようになりたい。
この愛らしい女の子1人の華奢な両肩だけに
Maliceの命運を任せるわけにはいかない。
今時古い考えと思いながらも、男が廃るというものだ。
「そういえば、アイリさんってどんなタイミングで能力の目覚めに気がつきましたか?」
ひと休みを入れるべく、草原に座り込みながらアイリに尋ねる。
アイリは右下に目線を落とし、答える。
「私は、レベル1のキャラクターでログインした時から、『シーズ』が身についていました。なんというか、自然にそういう能力があるって、分かったというか……。習わなくても呼吸ができるような、そんなイメージです。」
「元からですか?!」
そんな感覚微塵もない。
「できれば自分も早く能力を身につけたいと思ってお伺いしたのですが、人によって状況は異なりそうですね……」
「そう、ですね。」
何かに迷ったように言葉を区切り目を伏せるアイリだったが、
少し間が空いた後、意を決したように顔を上げ、ジュンを見つめる。
そ、そんな瞳でみられると、くらくらしてしまう。
透き通る翡翠色の瞳は、見るものの心を奪い、とりこにする。危険な瞳だ。
「ジュンさんになら……お伝えしてもいいかもしれません。」
愛の、告白……?
ゴクリとのどを鳴らす。
「Maliceの駆除を目指す仲間として、もしジュンさんの能力覚醒に少しでも何かの役に立てるなら、むしろお伝えすべきですよね。」
そんなわけはないことはわかっていたが、複雑な表情で何かを打ち明けようとするアイリの言葉に耳を傾ける以外の選択肢はあるまい。
「アイリさん、もし問題なければ、お話を聞かせてください。どんなことだって、受け止めますよ」
少し大袈裟かと自己ツッコミする一方で、アイリはその言葉に頷く。
「自分の能力が身についた時の状況を、詳しくお話しします。」
「それは、1ヶ月前、私がMaliceから攻撃を受けてログアウトしたときの話です。
私は被害者としては3人目ということになっていますが、2人目の被害者は私の友人です。
ユウコという名前の女の子です。彼女も私と一緒に被害を受けていました。」
時は3ヶ月前に遡る。
………
「アイリちゃーん!おつー!!」
「ユウコちゃん、こんばんは!」
アイリとユウコは、ゲームがローンチされてからの友人だ。
初心者の頃にモンスター狩りを行っていたアイリにユウコが声をかけ、
イベント、グループクエストなどをともにクリアしてきた。
「今日は、エブリー島のイベントだね。何をすればいいんだっけ……?」
「エブリー島でね、隠されたエメラルドを制限時間に見つける…ってことみたい。全部で3個しかないらしいから、競争だね。」
イベント内容の理解が曖昧なアイリに、ユウコが答える。
2人の関係性は、マイペースなアイリが妹で、
しっかり者のユウコが姉のイメージだ。
「3個……私たちだけだと厳しいかなぁ。」
「見つからなくても大丈夫。楽しむだけでいいんじゃない?こんなのお祭りみたいなものよ!」
イベントに向けて事前に移動していた2人は、
イベントエリアのエブリー島に移動する。
そこには既にイベントに向けてざっと見渡すだけでも数万人ほど、
大量の人々が集まっていた。
「こ、こんなにいるの…?私、さらに自信無くなってきちゃった。」
そう呟くアイリに、打って変わって楽しそうな表情を浮かべるユウコであった。
到着後間もなく、開始のアナウンスとルールの説明が行われた。
6時間以内にエブリー島にある隠されたエメラルドを見つけるというものだ。
開始後、2人はエリア内に広大に広がる森の中を歩み始める。
木の上や、石の下、水の中など様々な場所を探し続ける。
3時間ほど集中して探しているうちに、2人は光の反射が殺され
奥の様子がうかがえない洞窟の前にたどり着いた。
「ずいぶん探したね……本当に見つからないや。」
「ね。そして代わりに見つかったのは、どうぞ探してくださいといわんばかりの、”いかにも”な洞窟ね……。」
「いってみる……?ちょっと怖いな。」
エメラルド探しに疲れ弱音を吐くアイリに対して、
まだまだ元気なユウコは溌剌と答える。
「大丈夫!私がいるよ!いこ!」
「そういうと思った。いこっか。」
ユウコを先頭に二人は洞窟に足を踏み入れる。
中は暗い一本道の洞窟になっており、外から見た通り全く奥が見通せない。
ユウコが『ライトアップ』の魔法を唱え、自分たちの周囲を明るく照らす。
足元を見る限り、先にだれかが立ち入った形跡はない。
むしろ、このイベントでというより、そのずっと前から存在を忘れられ
放置されてきたダンジョンかと思われるほど、プレイヤーの形跡がなかった。
通常であれば、フィールドには、単純にプレイヤーの出入りや、
足跡、モンスターとの戦闘音、声などがあるものだが、
この洞窟には一切そういったものがない。
「ユウコ。ここ本当に大丈夫かな……?誰もいないよ。なんか変じゃない?」
「たぶんね、まだ誰も見つけてないダンジョンだよ。ラッキーじゃない。エメラルドに加えてもっとレアなアイテムも手に入っちゃうかも。」
「ううー、そうかなあ。」
洞窟の中を歩き続ける2人。長い一本道を5分ほど歩いた頃、
少しひらけたエリアにたどり着き、3つほどの分かれ道が目の前にあった。
「ユウコ〜。分かれ道~。どうしよう~。」
「残り時間は……あと2時間くらいしかない、か。」
長い間探し続けてきた2人であったがまだエメラルドは発見できていない。
ユウコは、ニヤニヤとアイリを見つめる。
「ねぇ~……。まさかこんな暗いダンジョンでまさか別れて探索とかいわないよね〜。」
「そのまさか!この洞窟にエメラルドがあるかないかさっさと確かめて外に出なきゃ!エメラルド、なくなっちゃうよ!」
「ううー。」
じゃぁ、私左ね、とアイリを置いて洞窟の奥に進むユウコ。
アイリは、致し方なく右の通路を選び、重い足取りで進むのであった。
アイリは、自分で『ライトアップ』を使用し、ゆっくりと足取りを進める。
数分歩き続けたところ、特になんの変哲もない行き止まりにあたる。
「もー。なんにもないじゃない。ハズレね。早くユウコと合流しよう。」
来た道を駆けて分岐点のエリアに戻ってきたアイリは、ユウコに呼びかける。
「ユウコ〜!どこ〜!」
「こっちこっち〜!真ん中の通路を通ってきてー!すごいからー!」
既に左側の通路の探索を終え、先に真ん中の通路の探索に向かっていたユウコから返答が返ってくる。
通路の奥の方から声が聞こえる。
「もー!先いっちゃったのー?!待っててくれてもいいじゃない!」
「ごめーん!はやくおいでー!」
真ん中の通路を駆けるアイリ。一度通路を探索したからか、その足取りにさきほどの恐怖はみられない。
数分走ったところ通路の先に光が広がっていることに気がつく。
「光…?」
照らす方に走り、光の扉ともいえる眩い出口をくぐる。
すると、そこには、とても人間がデザインしたとは思えないほど
美しい庭園が広がっていた。
青々とした木々や、その真っ盛りを迎えている彩色豊かな花々、
そして、それらを取り巻いて飛ぶ鳥や、蝶などの生き物が
素晴らしいアクセントとなっていた。
「わ……。」
思わずその光景に見惚れて、言葉を失ってしまうアイリ。
Malice Onlineでは、リアルな自然を描写しながら、非現実的な構造で構築されており、
神秘的な美しさを生み出す造形のマップがいくつか存在する。
今回見たこの庭園はそうしたマップに引けを取らないほど造形に深みがあり、
製作者の素晴らしい感性と強い情熱が込められた逸品であった。
「アイリー!」
「あ、ユウコ!いまいくー!」
洞窟の中とは思えないほど広大な空間の中央に大木がそびえる。
その真下にユウコはいた。ダッシュスキルを使い、ユウコのもとへ駆け、
着きざまにユウコに興奮気味に声をかける。
「ユウコ!ここすごい!!」
「すごいでしょー!Malice Wikiの絶景ポイントの中になかったよ、ここ。私たちが第一発見者じゃない!?」
「それもすごい!やったあ!」
2人して新しい絶景ポイントの発見に興奮していると、
大木の影から”ミディアム”程度の長さの銀髪の女性キャラクターが現れた。
「おっと、私たちより先に気が付いた人がいたか~。残念。」
「……。」
銀髪の女性キャラクターはその言葉に何も反応せず、
少しずつユウコに近づいていく。
一歩一歩ゆっくりと近づき、その距離が1メートルほどの近距離になった時、
アイリはあることに気が付く。
「あ、あれ?その人なんか文字化けして……?」
一瞬のブラックアウトの後、アイリは現実世界に戻される。
「え、えっ?ログアウト??」
ジュンと同様、身に覚えのない違反行為にログイン禁止を言い渡されたアイリは、
お客様窓口から問い合わせを行い、KoKoRo Entertainment社の
調査部長ヨシカワと出会う。
調査を進めるために協力をしてほしいということ、
おそらくキャラクターの修正は不可能なことなどを聞かされる。
加えて、耳を疑うような事実を知ることになる。
「同じ場にいたプレイヤーの……ユウコさんでしたか。我々も尽くせる限りの手を打ったのですが、残念ながら、意識不明の状態が続いています。脳への重大な負荷が原因かと思います。」
………
「何の言葉も、でませんでした。」
そう語るアイリの美しい顔は、後悔と自責の念からか、
これまでに見たこともないほど暗く、苦しそうに歪んでいた。




