第1話:出会い
「決まった――――ッ!!!ジュンの球形範囲攻撃、プロムナードだァァ!」
「これは、いつ見ても、とてつもないスキルですね…逃げ場はありませんよ」
「大鎌使いジュン!決勝進出だァ―――!」
この日は、プレイヤー対プレイヤーの最強を決める第3回コロッセウムの準決勝戦。
派手なスキルで勝利をつかみ取った俺へ観客からの盛大な祝福が浴びせられる。
「ジュ―――ン!よかったぞ―!!」
「ジュン!最高!!!」
レベル91の大鎌使いである私ことジュンは、約2か月にわたり開催されているこの大会で、
プレイヤー最強の座獲得を目前に控えていた。
「本日の勝因を教えてください!」
「情報収集ですね。コロッセウムでトップを争うプレイヤーは、キャラクターのパラメーターの1つ1つにまでこだわり抜いて育て上げてきています。だからこそ、キャラクターの性能自体に大きな差は無い」
そう、誰もがこの場に至るまでに血のにじむような努力をしてきている。
だが、トッププレイヤ―になりたいのなら、その先が必要なのだ。
「しかし、プレイするのは人間。最後に勝負を分けるのは、対戦相手を人間としてどれだけ徹底的に研究できるか、ということです。対戦相手へどれだけ愛情を注げるかと言い換えてもいいかもしれません」
「は、はぁ……?なるほど。今回の勝因には、こだわり抜いたキャラクター育成と、熱心な対戦相手研究があるわけですね!!来週の土曜日夜19時からの決勝戦も楽しみにしています」
「ええ、楽しみにしていてください。最高のバトルをお見せすることを約束します」
俺がその頂点に到達しようとしているこのゲームの名前は、Virtual World Online Game <Malice>。
約1年半前にサービスを開始した全没入型オンラインゲームだ。
全没入型は、直接脳波をインターネット世界に接続して、
まるで自分が仮想世界にいるかのように感じることができる状態のことをいう。
全没入型の技術は、医療面や軍事面で先行的に活用が進んでいたが、
とうとう娯楽面でも、<Malice>で初めて導入されることとなった。
俺は、大学卒業後、新卒入社した会社で4年目となる26歳。
就職活動も幸運なことに順調に進み、大企業に入社。
それなりに順調な人生を歩いてきた。
しかし、会社員になってからの現実は厳しかった。
自分の会社での役割は市場調査レポートの作成だ。
しかし、考えるだけで鬱なのだ。どれだけ練っても、上司にははねられる未来しか見えない。
これまでそつなくこなしてきた自分の人生の中で、初めての壁にぶつかっている。
明日も仕事だが、もう少し<Malice>をやるか。『善意の滝』にでもいってマイナスイオンを浴びるのだ。
俺は、気分が落ち込んだ時には、決まってはじまりの町のはずれにある善意の滝へと足を運ぶ。
全長約40メートルの森の中にある滝。
本物ではないが、音、温度、光景、そこにいるだけで本当の滝に心を洗われるような気分となる。
癒しだなあ。仮想現実<Malice>でマイナスイオンまで得ることがきるようになった。ほんといい時代だ。
<Malice>が無かったら会社なんかとっくにやめている
俺は、給与に目がくらんで今の会社に入社した。
大企業で給与水準は高いが、労務環境は劣悪だ。
期待という名目で振られる大量の業務。
その一方で、それらをこなせなければ、無責任のレッテル張り。
上司がやれといったらやる。できなければ使えないやつ。
これが大企業の本質である。外側から見えているものなんて、
そういった競争で勝ち抜いた本当のエリートしかいない。
その裏では何人もの人材が壊れている。
そういった過酷な環境に身を置き、まさに人生に逡巡している。
仕事に支配され、この数年間、他人の人生を生きているように感じていた。
唯一<Malice>をプレイしているときだけが喜びの時間だ。
なあ、滝さん。
俺は、この会社であと30年過ごすのが正しいのかな。
金銭面は安定だし、世の中の体裁は悪くないのかもしれないが。
独り言を呟きながら今後の人生に思いを馳せていると、
いつの間にか”銀色で長髪の女性キャラクター”が自分の真横に立ち、
俺を見下ろしていた。
「なっ。ええ?」
思わず後ずさりして、その女性キャラクターから距離を取り、見上げる。
名前:Malice
レベル:ria/1tysh
職業:$(":[]afsw
キャラクター名は、Malice。ゲーム名と同じ名前だ。それよりも珍しいな。レベルと職業が文字化けしている。
銀髪の女性キャラクターが手を伸ばし、俺の額に触れた。
瞬きの刹那、俺は窓に映った全没入型マシンを装着したリアルの自分を見ていた。
なんだ?強制ログアウト?
超優良運営で知られているKoKoRo Entertainmentのネットワークも
不安定になることもあるもんだな。
<Malice>の運営会社であるKoKoRo Entertainment社は、創業2年たらずで企業価値3,000億円にも上りつめたとみられる非上場企業、ユニコーンだ。
全没入型機器が家庭に導入されて以降、設備や技術上の問題で、
誰も娯楽分野に全没入型技術を導入してこなかったが、同社の優れた技術と
卓越した従業員たちの熱意によって、初めて娯楽分野での導入に成功した。
同社が1年半前にこのVRゲームを開始して以降、技術的な障壁の高さから
まだどの企業もこの市場へ参入できていない。
一介のIT企業になぜここまでできるのか不思議なほどに独占状態だ。
同社の企業価値の上昇はとどまることを知らない。
こうした新技術を娯楽に導入したというイノベーターとしての側面だけではなく、
ゲーム運営の安定面でも同社の評価は高かった。
コロッセウムのようなイベント開催でゲームを盛り上げるのはもちろん、
適切なモンスターの強さ設定やキャラクターロール間の絶妙な差異調整。
ラグやバグの問題なんて全く話題に上ったことはなかった。
賞賛されこそすれ、批判されることはほとんどない完璧なゲーム運営である。
まぁ、長く遊んでいれば一度くらい不安定なネットワーク状況に影響を受けることもあるだろう。
さて、もう一度ログイン、と。
プレイソフトを選択、生体情報が読み取られ、アカウントへのログインが完了。
リンクスタートボタンに視線を合わせる。
視線に反応したインターフェースから問われる
『ゲームプレイを始めますか?』という質問に、
「Yes」ボタンに視線を合わせることで応答する。
すると、いかにも拒否や失敗を伝えようとする警告音が鳴り、
インターフェースより赤色のメッセージが表示された。
『エラー:当社のデータ取扱規約およびプレイ規約に違反しているため、
お客様のログインを凍結しております;お心当たりの無い場合、
お客様サービスセンターにお問い合わせ下さい』
「お心当たりが無さすぎる!」
自宅にむなしい叫びがこだました。




