1.疑惑
包茎とは、茎が包まれている状態のこと
・登場人物
鷺海小太郎(30) 主人公。包茎。
竜末牧(30) 鷺海の会社の同期。包茎またはズル剥け。
獅子蘭風雅(28) 鷺海の会社の後輩。包茎またはズル剥け。
鮫嵐黎夜(27) 鷺海の会社の後輩。包茎またはズル剥け。
神立大河(26) 鷺海の会社の後輩。包茎またはズル剥け。
三日目でもハワイは飽きない。夏の海は太陽の光で、痛いほどに輝いていた。
「鷺海先輩、楽しんでますか?」
神立の声が聞こえたと思った瞬間、俺は海にダイブしていた。彼が後ろから突き飛ばしたのだ。
「やったな」
俺は海から出て神立の右腕を掴むと、海の中へ投げた。水飛沫が上がり、太陽が眩しく反射する。
「僕も混ぜてくれよ」
唯一同期の竜末さんが、浜辺からこちらに走り出した。続いて後輩の獅子蘭、鮫嵐も付いてくる。
同時に、海面から神立が顔を出した。
「酷いじゃないですか鷺海さん。僕はそんなに強くやってないですよ」
「うるさいぞ神立。もう一度投げてやろうか?」
神立とじゃれあっていると、突然何者かが俺の後頭部を手で鷲づかみにし、顔面を水中に突っ込んだ。水の中で呼吸しようとすると、唇の端から泡が吹き出し、塩辛い海水が口内に広がる。数秒すると開放され、水中から顔を出した。
後ろを見ると、竜末さんが人の悪い笑みを浮かべていた。
「竜末さん、今度は俺の番ですよ」
俺が掴みかかると、竜末さんは両手を広げ「俺じゃないよ」と弁明した。
「獅子蘭か鮫嵐がやったんだろ?」
竜末さんの言葉を無視し、俺は彼の頭を両手で押さえ付けて、水中に沈めた。次に両腕を広げ、並んで立っている獅子蘭と鮫嵐に駆け寄り、ラリアットを決める。彼らもまた水中へ沈んだ。
獅子蘭と鮫嵐が水中から顔を上げると、俺たちは笑いあった。
竜末さん、神立、獅子蘭、鮫嵐。全員が、俺の友人だ。連休を利用してのハワイ旅行。みんなで来て本当によかった。
「楽しいな」
誰かが零した何てことのない言葉に、全員が満面の笑みで頷いた。
しかし俺には一つだけ、引っ掛かりがあった。
この中に、俺の親友がいる。
誰かは分からないが、俺の真の同士が一人だけいる。
俺と同じ、包茎が。
あれは昨夜、ホテルでの出来事だった。俺たち五人は同じホテルの一室で酒を飲んでいた。ディナーを味わった後、まだ全員飲み足りず、買ってきたビールと酒の肴を持ち寄り、俺の部屋に集合したのだ。
当時の記憶は定かではない。細かい会話は覚えていない。
しかし、はっきり記憶していることが一つだけある。
飲み会も終盤。みなが充分に酔っ払った時…竜末さんが突然、神立のズボンと下着を脱がし始めたのだ。神立も反撃して、竜末さんのズボンを脱がそうと手を掛けた。
それを見た俺も便乗し、目の前に座っていた鮫嵐のズボンを下げ、すると獅子蘭が後ろから俺のズボンに手をかけ、下半身丸出しとなった鮫嵐は、獅子蘭のズボンに手をかけた。
数分後、全員、下半身丸出しとなった。
俺は絶句した。酔ってぼやけた頭でも、驚愕したのは覚えている。
右を見ても左を見ても、ちんぽが剥けていたのだ。
俺は絶望した。
こいつら、仲間だと思ってたのに…剥けてたのか…
どこもかしこもズル剥けちんぽ。俺は寂寥に襲われた。
酒に酔い、朦朧、白濁とする意識の中、しかし俺はふと気付いた。その中で、一人だけ、皮被りがいたのである。
ズル剥けちんぽがずらりと並ぶ中、肌色の皮に包まれた皺皺とした包茎ちんぽが一本。
この中に一人だけ、仲間がいるはずだ。
海でみんなと戯れつつ、自分の下半身に思いを馳せる。
鷺海こと俺は仮性包茎だ。皮被りだ。陰茎の大きさも三センチ程度と矮小だが、何より、包茎であることに少なからぬコンプレックスを抱いている…いや抱いていた。何年か前、竜末さんが会社の仲間全員に俺が包茎であることを暴露し、あまりにもシモの弄りを受け続けたため、もはや気にしてはいなかったのだが…
しかし依然として、自分が包茎であることに、心の底で負い目を感じてはいた。手術する手もあるが、三十にもなって包茎手術は…見せる機会も…
閑話休題。
俺は昨日、確かに目撃した。ズル剥けの中、一人だけ、包茎野郎がいたのだ。
包茎、皮被りが。
一体誰が、包茎なのだろうか?
直接訊いても意味がない。見栄を張って「剥けてますよ」と答えるに違いないからだ。また、同意をもって脱がしても意味がない。経験上、鍛えられた包茎は一秒かからずに皮を剥くことができる。パンツを脱ぐ動作の中で素早く指を入れ、皮を剥くなんて芸当も可能だ。その動作を見抜くのは至難の業である。
不意打ちだ。それしかない。
上手く不意をつき、一秒以内にパンツを下ろす。
奇襲。
全員一斉に襲うのは得策ではない。一人ずつ、確実に。
「竜末さん、もう少し深いところまで行きませんか?」
「うん。いいですね」
この中で泳ぎに多少なりとも自信があるのは竜末さんだけだ。他の三人はまったく泳げない。浮き輪があっても深い場所は避けるだろう。だから…
「じゃあ僕はナンパに行ってきます」
神立が言い
「僕は浮き輪でのんびりしてますかね」
獅子蘭が言い
「俺、肌焼きたいから。荷物番させてもらいます」
鮫嵐が言った。