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婚約破棄に挑戦

婚約破棄から始まる宗教戦争と婚姻の法整備

作者: NOMAR

 

 いったい何がどうなったのですか? 今も頭の中が混乱しています。それでも事態は進んでいって、私はその流れに揉まれるまま。運命の大波に流されて、私は何処へ辿り着くのでしょう?


 なんで? どうして? ねえ、神様、あなたのせいですか? 私が何かしてしまいましたか?


 この世に生まれて十六年、神罰を受けるような悪いことをした憶えも無いのに。


 学院の中、呼ばれて行った先、小さな喫茶室。秘密の話をするところ。この学院の中は貴族の子ばかりで、家のことや政治に関わることなどで、ないしょ話をしたいときに使われるところ。


「レファナ、急に呼び出してしまって、すまない」


 金の髪の男性、私と同い年の十六歳なのだけど、どこか男の子という感じの彼がいます。私を呼び出した、私の婚約者。アガレス国の王子プロティス。

 サラサラの金の髪から覗く緑の瞳が、不安そうに私を少し見上げて。私の方が彼より少しだけ背が高いので、ちょっと見下ろしてしまいます。学院の女子の中では私が一番背が高くて。

 どうして背ばっかり伸びて、胸は大きくならないのかしら? すくすく伸びて婚約者よりも背が高くなってしまって。


「レファナ、座って。二人きりで話したいことがあるんだ」


 彼は優しく言って椅子を引きます。

 婚約者となってからは、この人と結婚するのだ、と思っていました。お互いに恋人同士、というよりは、なんだか昔からの幼馴染みというか、友達のような間柄になっているのだけど。

 学院の実習で彼と剣術、槍術で技を競うのは楽しかったことを思い出します。


 そのプロティスが人払いをして、私たちは二人きりになります。彼は私の正面に座って、何か話そうとして口を開いては、口を閉じて、それを数回繰り返します。プロティスの話の内容は予想できるので、私の方から促してみます。


「プロティス、私とあなたの、婚約のことかしら?」


 予想できる、というか、今、私を呼び出して他にする話なんて、無いですよね? かつての同級生もあちこちで噂してますものね。私が促すとプロティスは申し訳無さそうな顔をして、覚悟を決めたような顔をして。


「僕とレファナの婚約が、解消されることになった」

「……そうでしょうね」


 そうなるんじゃないかな、とは思ってました。だけど、プロティスから言われるとやっぱりショックです。辛いです。


「僕としては信じられないし、今までずっとレファナと結婚するつもりだった。学院を卒業してからは、レファナが王城に来るのを楽しみにしていたんだ。だけど」

「わかってます。私もどうしてこんなことになったのか解らないけれど、私とプロティスの結婚が無理となったのは、理解できますから」

「その、婚約者では無くなったけれど、僕としてはレファナは心置きなく話せる人で、できればこれからも親しい友人としてありたいと、願うのだけど」

「プロティス、いえ、婚約破棄となれば、これからは気軽に呼ぶこともできなくなりますね。プロティス王子のお心遣い、ありがたくおも……」


 そこまで言うのが、限界でした。目から涙が溢れます。ボロボロと出てきて止まりません。吸った息が上手く吐けません。

 私がみっともなくえぐえぐと泣き出すと、プロティスは席を立ち、ハンカチで私の涙を拭い、私の背を優しく撫でます。困った顔で、だけど少し怒っているような。


「ごめん、たいへんな事があって困っているのはレファナの方なのに」

「ぷ、えぐ、プロティス……」

「僕も父上と話して、レファナの為に何かできないか考えてみる。何があっても僕はレファナの味方だ」


 優しいプロティス。私が落ち着いて泣き止むまで、ずっと私の側にいて慰めてくれました。


 こうして私の婚約破棄は二人きりの小部屋でひっそりと終わりました。婚約破棄が大勢の衆目の前でドラマティックに行われ無かっただけ、私はプロティスの心遣いに感謝したのです。

 まあ、それでももう、この学院の人達と私が顔を会わせることも無いでしょうけれど。


◇◇◇◇◇


 学院を卒業して実家のノーザンローズ家に逃げるように戻る私。学院を卒業したらそのまま王都で、プロティス王子の花嫁修業、の予定だったのに。

 呆然としている私を気遣って、メイドのマゥザが私の身の回りのことをしてくれます。


「お嬢様……」

「マゥザ、ありがとう」

「どうして神は、お嬢様にこんな試練を……」


 私の事を案じて泣いてくれる優しいマゥザ。私にとっては頼れる姉のようなマゥザまで、今回の事態に戸惑っています。


「ですが、お嬢様。これからのことも考えませんと。大丈夫です。少し休んで落ち着いたら、また、もとの元気なお嬢様に戻られますとも」

「そう、ね……」


 ノーザンローズ公爵家の娘としては、ちょっと男勝りとか、凛々しいとか、学院では言われていた私。自分でも信じられないくらいに落ち込んでいます。

 これからのこと。これからどうしましょう?

 私は学院で槍の成績は良かったから、いっそこれから騎士を目指すのもいいかもしれないです。

 実家に向かう馬車の中で、迎えに来た兄が心配そうに私を見ます。私の二人の兄の一人、次兄のカインズ兄様。


「いったい何があったんだ? レファナ?」

「起きたことは単純なんです。けれど、私もまだ理解してなくて」


 実家に戻る馬車の中で、私は自分でも整理するためにカインズ兄様に話します。学院での卒業式の後に起こったことを。


 この国では誰もが成人したときに、神より職能(ジョブ)を授かります。それはその人の産まれもった才能、これまでに積み上げた経験、その人の心根などから神が決めるといわれます。

 学院を卒業した卒業生が揃って、そのまま成人の式と共に職能(ジョブ)を授かるのが、この国の貴族の子が集まる学院での行事。


 職能(ジョブ)とは自分で選べるものではありません。なので、中にはどうして自分がこんな職能(ジョブ)を? と、思うものが神から与えられることもあります。


 私の参加した儀式でも、キレやすいと評判の子爵家の男子が『狂戦士』の職能(ジョブ)に首を捻り、おそらくは彼をよく知る同級生が納得したように、揃って、あー、と声を出していました。

 他にはちょっとナルシストなんじゃないかしら? という男爵家の男子は、『暗黒剣士』の職能(ジョブ)を得てニンマリしていました。いいんですか? 暗黒剣士で? 本人は喜んでいますが。


 職能(ジョブ)を授かる儀式の前に卒業式をするのは、授かった職能(ジョブ)を見てその後の関係とかに影響が出ることも考慮して、みたいです。

 怪盗とか、策略家とか、闇司祭とか、詐欺師なんて職能(ジョブ)を得てしまうと、これからのお付き合いを考えてしまうこともあるわけでして。


 私と仲の良い女子も『魅惑士』という職能(ジョブ)を得て微妙な顔をしていました。確か吟遊詩人とか踊り娘が欲しがるとかいう職能(ジョブ)ですね。

 『裁縫師』という職能(ジョブ)を得た友人は、よしっと拳を握りしめてましたが、その職能(ジョブ)は貴族としてどうなのでしょうね?

 とは言っても、その友人が服をデザインして作るのが趣味なので、神はその人に見あった職能(ジョブ)をお授けになられるようです。

 そうして順々に卒業生が職能(ジョブ)を授けられていきます。


「レファナは何かしら?」

「レファナ様でしたら、伝説の聖女の職能(ジョブ)もありえますわ」

「いえ、聖槍士かもしれませんよ? レファナの槍さばきは女子の中で一番ですもの」


 私の槍の成績がいいのは、婚約者の剣の稽古によく付き合っていたからなんですけど。男子一位のプロティスと、女子一位の私はお互いに良い修練相手ですし。

 まぁ、私自身、槍を振り回すのはどちらかと言うと好きなのですけど。

 背が高く、槍の成績も良いからか、私は同級生や下級生の女子から好かれるようでした。女にモテる女と、妙なことを男子に言われたりもしましたけど。


 勇者や聖女、大賢者といった伝説級の職能(ジョブ)はなかなか現れません。ですが、一芸に秀でる者、成績の良い者が、いわゆる珍しくてカッコいい職能(ジョブ)を得ることが多いです。


 神の像を背後に立つ神官、その前にある大きな水晶。プロティス王子が水晶に手を当てます。水晶の上に様々な文字が現れ躍ります。そこに剣、や戦、といった文字が多いので、武の分野で好成績を修めたプロティス王子らしいです。

 その文字が合体して一つの単語を浮かび上がらせます。


『聖剣士』


 見ている同級生達がどよめきます。聖剣士、聖属性の魔法と剣技に補正が付き、呪いに耐性があるという職能(ジョブ)です。また、徳の高い人物に授けられると伝えられる、得た者は数少ない職能(ジョブ)です。

 さすがプロティス王子、これで王国は安泰だ、と皆が囁きました。


「レファナ=ノーザンローズ様」

「はい」


 次はいよいよ私の番です。同級生が見守る中で大きな水晶に手を当てます。

 水晶から次々に文字が現れ、クルクルと踊るように浮かび、その文字達が一ヶ所に集まります。私が何の職能(ジョブ)を授かるのか? ドキドキしながら待ちます。

 やがて文字は一つの単語へと、


『戦乙女』


 見守る人達がプロティス王子のときと同じくらいにどよめきます。槍の補正に熟練度ボーナス、加えて聖属性と火属性の魔法の補正に、対闇、対邪の加護を持つという、伝説級の職能(ジョブ)

 私が戦乙女? 伝説の? 喜びがあふれそうになったとき、宙に浮く戦乙女の文字にザザザと乱れが走ります。

 あれ? まるで戦乙女の文字が悩むように考えるようにフラフラと揺れています。今までこんな風になったことを、見たことがありません。なんでしょう? 文字が一部書き変わり、先程とは少し異なる単語がおずおずと現れました。


戦乙男(イクサオトメン)


 は?

 なんですかこの職能(ジョブ)

 そして丁寧につけられた上の読み仮名はなんですか?

 これまでに見たことも聞いたことも無い職能(ジョブ)が現れたことに、見守る人達が絶句しました。

 これが、私が職能(ジョブ)を授かった、あの日の出来事です。


「と、いうことがあったのです。カインズ兄様」

戦乙男(イクサオトメン)? レファナが? 戦乙男(イクサオトメン)とは……、だいたいイクサオトメンとはなんだ? 何故、レファナが男?」

「わかりません。それで、私は、実は男で女装して学院に入ったとか、王子の婚約者になるために男であることを隠して、女の振りをしていたとか、さんざんな言われようで……」

「いや、レファナは女だろう?」

「私も自分は女だと、ずっと思ってました。ですが、神より男と決めつけられたようです」


 本当に、なんなのでしょう? ねえ、神様? 私、職能(ジョブ)のせいで、男と思われて、婚約者と別れ、友達を失ったのですよ? なんてことするんですか? どうしてイジワルするんですか?


「レファナ、気を落とすな。その、職能(ジョブ)というのはその人の使い方次第であって、神より授かったものでも、引き摺られるのは、あまり良くない」

「カインズ兄様はいいですね。『風剣士』なんて、颯爽として爽やかそうでその上、無難に剣士なんて……」

「いやその、ほら、かつてあっただろう? 怪盗の職能(ジョブ)を得た者が、街の衛兵として立派に勤めた、という話が」

「ええ、怪盗の職能(ジョブ)のおかげで盗人のやり口を読み、足取りを追い次々と捕まえたという話ですね。ときには冤罪をかけられた人の濡れ衣を暴いたりして、怪盗の職能(ジョブ)の能力を全て、防犯と犯罪対策に使い、街の治安を良くしたという」

「だから、レファナの職能(ジョブ)も使い方次第なんじゃないか?」

「どう使うにしても、私はこれから、男にならなければいけなくなるのではないでしょうか?」


 これまで十六年、ずっと自分は女だと思っていました。それがいきなり神から、男認定されてしまって、これから私は男として生きなければならないのですか?

 そして、男と思われて、婚約破棄。

 男と思われて、離れていった友達。

 ふふ、もう、どうにでもなればいいのですわ。私は男、私は戦乙男(イクサオトメン)。これまで女装して皆を欺いてきた変態男、なのでしょう神よ? うふふふふふ、私はこれから男になればいいのかしら? でもどうやって? 男の人ってどうするの? 確か、オシッコするときは立ったままするのよね?


「れ、レファナ、落ち着いて。実家で家族と一緒に話をしよう。婚約については残念だったが、その、レファナはまだ十六歳で人生はまだまだこれからなんだから、暗い顔で危ない笑みを見せるのはまだ早い」

「ううう、カインズ兄様」


 馬車の中、カインズ兄様にしがみつき、おいおいと泣き出してしまいます。もうすっかり情緒不安定です。同級生と下級生に囲まれて、凛々しいと呼ばれていた、あの頃のレファナはいなくなってしまいました。

 女として産まれて、ノーザンローズ家の令嬢として育ち、私は私のことをずっと女だと思っていたのに。プロティスと結婚して妻になるのだと考えていたのに。

 なんなの、戦乙男(イクサオトメン)って。


◇◇◇◇◇


 ノーザンローズ家、お祖父様の部屋で家族で集まります。

 お祖父様は病に倒れてからはあまりベッドから出られません。上半身を起こして、ベットの背もたれに寄り掛かるようにして、私の話を聞いています。

 お父様、第一夫人、私のお母様の第二夫人も椅子に座り、静かに私の話に耳を傾けます。

 世の中には第一夫人と第二夫人で仲の悪いところもあるようですが、私のお母様と第一夫人は姉妹のように仲良しです。ときには二人がかりでお父様をからかったりしています。私は幼い頃は、母が二人いるかのように思っていました。

 お父様もお母様も第一夫人も、私を心配する顔で私の話を真剣に聞いています。


 上の兄と下の兄、二人の兄様は第一夫人の子で、私は第二夫人の娘になります。ですが、家族は幼い頃から仲良くしていて、私は今も二人の兄には可愛がってもらっています。

 優しい二人の兄様も、静かに私の話を聞いています。


 家族で無いのにここにいるのは、私のメイドのマゥザ。私にとっては頼れる姉のような存在なので、私がお祖父様にお願いして同席してもらいました。


 最後の一人、ノーザンローズ家のお抱え錬金術士ゲシュタルト。色のついた丸眼鏡をかけて、いつもニヤニヤ笑う錬金術士は、我がノーザンローズ家の専属医師でもあります。今ではお祖父様の薬を作るのが主な仕事。


 私はこの錬金術師ゲシュタルトが苦手です。一言で言うと変態、二言で言うと不気味な変態。

 ですがお祖父様と錬金術師ゲシュタルトの開発した、光魔石が我がノーザンローズ家の財を築いています。


 この錬金術師はノーザンローズ家をスポンサーに、わりと好き勝手に研究しているところもありますが。

 私の二人の兄様は私よりもこの錬金術師が苦手で、今、座ってるところも錬金術師より遠いです。


 私が家族に、卒業式の後の神から授かった職能(ジョブ)の話を終えると、お祖父様の寝室には沈黙が下りました。

 私を可愛がってくれている一番上のアベルズ兄様は、眉を顰めて首をひねります。


「それで婚約破棄だと? いったいどういうことだ? 戦乙男(イクサオトメン)など、聞いたことも無い」

「私にも何が何やら……。ですが、これでプロティス王子との婚約は無かったことになりました」


 一度、男とされてしまった私には、嫁ぐところなど無いことでしょう。儀式のときの卒業生が全員見てましたから。

 ほんとにこれから、どうしましょう? いっそ男らしく家を出て、冒険者にでもなってみましょうか? いいかもしれません。私を知らない人達のいるところで、人生をやりなおすというのも。


「……すまん」


 ベッドの上のお祖父様が片手で目を覆い、呟く声が聞こえました。静かな部屋の中、その呟きは妙に大きく聞こえました。


「……全て、ワシのせいだ……」

「どういうことですか? 父上?」


 私の父がお祖父様に訪ねます。お祖父様は顔から手を離し、言葉を続けます。


「ワシが病に倒れる前のことだ。あの頃のワシはノーザンローズ家を強く大きくと、権力欲に突き動かされるままに、いろいろとやったものだった」


 ノーザンローズ家はお祖父様の代で、伯爵から公爵へと成り上がりました。病に倒れる前のお祖父様は、厳しく怖い人でした。ノーザンローズ家の為には手段を選ばず、強引に財を成した精力的な人でした。

 私としては病に倒れてから気弱になったお祖父様の方が、優しくて好きだったりします。

 お祖父様は病に倒れてからは、人の助けを受けて日々を過ごすことに何か感銘を受けたようで、昔のように怒鳴ったり怒ったりすることも無くなりました。角が取れて丸くなった、というのはこのことでしょうか。

 そのお祖父様が、懺悔するかのように私を見ます。


「レファナが産まれたとき、早産でレファナの命が危ないと、錬金術師ゲシュタルトに治療をさせた」

「はい、私は早産で未熟児で産まれて危うかったと、お母様より聞いたことがあります」

「あれは、嘘だ」


 お祖父様の言葉に、私のお母様がお祖父様を睨みます。


「どういうことですか?」

「王家にプロティス王子が産まれ、これでノーザンローズ家に娘が産まれたなら、歳も近く、王家との婚姻を結ぶことができる。ワシはそう考えて、娘が産まれることを願った」


 お祖父様は視線を伏せ、言葉を続けます。


「だが、産まれた子は男の子だった」


 ……え? ちょっと、どういうことですか? それ、誰の話? まさか、私?


「ノーザンローズ家を王家と縁を結び、より磐石に。そんな考えに囚われた私は、そこの錬金術師ゲシュタルトに頼んだ。産まれた男の子を女の子にできないか? と」

「そこからは私が話しましょう」


 色つき丸眼鏡に指を当て、ニヤニヤしたままの錬金術師ゲシュタルトが話します。


「産まれた赤子の性別を変える。私としても性別転換は研究していたことで、これで産まれたレファナ様を男から女へと変化させる実験を行いました」

「……なんですって?」


 性別転換の、実験? 言葉は理解できても、頭の中が真っ白に。性別を変える? 男から女に? え? 誰が? 私が?


「性器は未成熟なうちに手を加え、見た目は女性器と代わり映えしないものに仕上げました。レファナ様の胸がペッタンなのは乳腺が少ないからでしょう。ま、私は下品な巨乳が嫌いなのでこれはこれで良いでしょう。精巣は体内深くに残してあります。レファナ様が同年代の女性よりも背が高く骨格もしっかりして筋力もやや高いのは、身体に残る男性特徴の為、でしょうね。ですがそれ以外では完璧に女性体です。何処から見てもパーフェクトに女なのです」


 手を広げ自慢げに語る錬金術師ゲシュタルトの話に、頭をハンマーで殴られたような気がします。

 私は、男として産まれた?

 私が、本当は男だった?

 王子と結婚させる為に、女に改造された?

 私の身体の奥深くに、その、男性の証の金の玉がある?


「私より優れた錬金術師はこの国には居らず、誰にも見破れないハズなのですが。クク、まさか、これが神の授ける職能(ジョブ)には見抜かれるとは。いやいや私もまだまだですね。職能(ジョブ)の中には男性専用、女性専用の物もありますが、その為にレファナ様がもとは男と産まれたということが、職能(ジョブ)で明かされてしまったようです。クックック、どうやら私は神に挑み敗北してしまったようですね」

「おい、ゲシュタルト……」


 私の二人の兄様がぶっ殺しそうな視線をゲシュタルトに向けています。しかし、丸眼鏡の錬金術師は気がつかないようです。調子に乗って喋ります。


「私はレファナ様の改造は大成功で、誰もレファナ様が男と産まれたことに気づかないことに満足してもいましたが、ククク、性別改造にはまだまだ課題があったということですね。実におもしろい。研究課題が増えてしまいましたね。性器の形に骨格以外のどこで男と女を分けるのか? ククク、解剖学から見直してみなければ」


 楽しそうに語る錬金術師ゲシュタルトが気持ち悪いので、目を逸らし、お祖父様を見ます。お祖父様は心底、後悔した顔で俯いています。


「ワシがノーザンローズ家をより繁栄させる為にと、当時はそればかりが頭にあった。今になってバカなことをした、と思うが、誰も気づかなければ、これは墓まで持っていく秘密にするつもりだった」

「あぁ……」


 お母様が顔を抑えフラリと椅子から倒れそうになります。お父様と第一夫人が慌てて支えます。

 お母様もこれは初めて聞いたようです。

 お母様、あなたの娘は、実は息子でしたか? これまで十六年、息子を娘だと信じて育ててきましたか?

 私は立ち上がり、フラフラとお祖父様のベッドに近寄ります。


「お祖父様、私は、本当は、男として産まれたのですか?」

「あぁ、そうだ。人は欺けても、神は欺けなかったようだ」

「その、男として、あの、ついてるものがついて無くても、男なんですか?」

「それは、ワシには解らん。誰が見てもレファナは女にしか見えん」

「それでも、男?」

「神が授けた職能(ジョブ)戦乙男(イクサオトメン)、というのはそういうことなのだろう」

「お祖父様……」

「すまん、ワシが浅はかだった。謝って許されることでは無いが、まさかこんなことになるとは……」


 私はどうすればいいのでしょう? 頭の中がグルグルと何かが渦巻きます。

 男、男だった、やっぱり男? それで後輩の女子からモテた? 背が高いのも、胸がペッタンなのも、実は男だったからで、でも見た目は女? だけど産まれも身体の奥も男? ついてるものがついてないのに? でも体内には金の玉が? 女として育ったのに? でも男? だけど私、女でしょ? じゃなくて男? 戦乙男(イクサオトメン)? 女? 男? グルグルグルグル。


「お祖父様……」


 私は混乱したまま、フラフラと。耳の奥で、何かがプチッと切れた音がします。

 私はその場で高くジャンプします。ベッドの上のお祖父様、その鳩尾に狙いを澄まして、ジャンピングエルボースタンプを落とします。どすん。


「げっふえ!?」


 お祖父様が白目を向いて悶絶します。次いで私はメイドのマゥザに言います。


「マゥザ、お願い」

「解りました、お嬢様!」


 マゥザは返答しながら、私ににじり寄って来ていた錬金術師ゲシュタルトに飛びつき、丸眼鏡のイカレ錬金術師に強烈なベアハッグを決めます。


「よくも私のお嬢様に! この変態錬金師が!」

「やめろお! 女が私にさわるなあ! 醜い脂肪の塊を私に触れされるなあ! お、おええ! 気持ち悪い! やめろ、はなれろお! おえっ! は、吐く! 気持ち悪い気持ち悪いぃ! おええええ!」

「このっ! 死んでしまえ! 腐れ錬金術師!」

「えう! ちょ、マジでやめて! おええ! 助けて! 女の胸がむにゅっとして気持ち悪いいいい! おええええ! こみあげるううう!!」


 私はアベルズ兄様とカインズ兄様に両手を抑えられて、気が遠くなる前に私が見たものは、口から吐瀉物を溢しながら、窓の外に投げ捨てられる錬金術師ゲシュタルトでした。


◇◇◇◇◇


 ノーザンローズ家に戻り一週間。泣いたり寝たりボンヤリしたりクヨクヨしたりを繰り返す情緒不安定な日々。ですが、ようやく少し落ち着いて元気になってきました。

 庭で槍を振り回し、カインズ兄様と手合わせしたりなど。私が気をまぎらわすことに家族は私を助けてくれました。


 暖かく見守って心配してくれる家族に感謝の念が湧きます。そうですね、いつまでも落ち込んでばかりはいられません。

 槍を持ってみれば職能(ジョブ)戦乙男(イクサオトメン)の効果か、以前よりも軽く鋭く槍を扱うことができます。職能(ジョブ)の効果を自分の身で感じます。おのれ戦乙男(イクサオトメン)ちくしょう。本気で冒険者になってみようかしら?


 身体を動かして汗をかき、お風呂に入るときにはメイドのマゥザが、以前よりも更に親身に私の身体を洗います。


「私、こうしてお嬢様のお世話をすることに、以前は奇妙な胸騒ぎを感じていました」

「どうしたの? マゥザ?」

「ですが、これは何もおかしなことの無い、自然なことだったのですね」

「?」


 なぜか頬を染めて私の身体をタオルで拭くマゥザの顔は、どこか満足そうに見えます。何があったのでしょう? 以前よりも更に丁寧に私の身体を労ってくれるマゥザに感謝します。ありがとうマゥザ。こんな私を気持ち悪がりもせずに、親身にお世話してくれて。


 二人の兄様は、何があってもレファナは可愛い妹だ、と私を大事にしてくれます。男と産まれたと知っても以前のように、抱きしめてくれたり膝に乗せて甘やかしたりしてくれます。

 私はもう十六歳で成人の儀も終え、子供では無いのですけど。少し恥ずかしいのですが、優しい兄様達に甘えたりします。


 私が男と産まれても変わらず接してくれる家族のおかげで、私は私を受け入れることができたのでしょう。

 例え、産まれに奇妙なことがあっても、私は私。戦乙男(イクサオトメン)という職能(ジョブ)を、私は少しずつ受け入れつつありました。

 これからは男として、かつてのお祖父様のように、身ひとつで名を上げてみようかしら?


 そんなときにこの国の王子、私のもと婚約者、プロティス王子がノーザンローズ家にやってきました。

 いったい何事ですか?


「久しぶり、レファナ」


 プロティス王子が明るく笑っています。金の髪は少し切ったようで、ちょっとさっぱりとした感じになってます。

 もう会うことも無いかもしれない、と思っていたのに。


「あの、プロティス王子? どうしてわざわざノーザンローズ家まで?」


 王都からわざわざノーザンローズ領まで来るなんて。尋ねてみるとプロティス王子は、最後に会ったときの憂い顔とは真反対のキラキラした笑顔を見せます。

 プロティス王子は私の手を取って、


「レファナ、もう一度、君に婚約を申込みたい」

「え?」

「僕にとって、レファナが側にいるのが当たり前のことになっていた。君との婚約が解消されてから、君が側にいなくなってから、そのことを思い知った。僕はレファナ、君に側にいて欲しい」

「プロティス……」

「レファナがイヤじゃ無ければ、どうかこの僕と、結婚して欲しい」


 私も、プロティスの側にいたい。幼い頃に婚約が決まってからは、一緒に遊ぶこともあって、学院では毎日のように会って。

 恋と呼ぶような激しさは無いけれど、プロティスが側に在るのが当たり前のようになっていて。いなくなれば胸にポッカリと穴が空いたようにも感じていて。


「でも、プロティス王子、私と結婚するというのは、議会は? 教会は?」

「確かに今の王国の法では、同性の婚姻は認められない。そのことで父上と話をしてみた」


 プロティス王子の父上、この国、アガレス王国の国王様と?


「実は、父上は離婚を考えている」

「え? 王妃様と?」

「いや、第二夫人と。というのも第二夫人の息子、僕にとっては腹違いの弟になるのだけど、その弟に権力を持たせたいのか、第二夫人が政に口を出すようになっていて」

「そうなんですか?」

「ろくに政のことも解って無さそうだし、その上、贅沢で金使いが荒いし。昔はそうじゃ無かったと父上は言うのだけど」

「ですが、プロティス王子が健在で、王子とはいえ第二夫人の子となると」

「うん、それで僕も毒殺されかけた」

「えええ!?」

「証拠は見つから無いんだけどね。それで父上としては第二夫人とは縁を切りたいのだけど」

「でも、離婚は法で禁じられてますよね。妻を離別するのは罪悪だと」


 唯一の神を崇めるユクロス教では、離別は罪悪です。国教であるユクロス教の教義と合わせて、アガレス王国の法では離婚は禁じられていますから。

 この国の婚姻とは死が二人を分かつまで。だから婚約期間でお互いに相手をよく見定めよう、となるのですけど。


「プロティス王子、一度結婚したならば、離別は罪悪で違法となります。いくら王家でも離婚は難しいのでは無いですか?」

「そこで僕も考えた。ユクロス教の教義のままでは離別は禁じられている。でもね、今、アガレス王国の市井にユクロス教の改革派が増えているのは知ってる?」

「ええ、なんでも今の教会は政治と結び付き、その為に本来の教義とは離れていると。権力におもねる為に、聖典を都合の良いように解釈しているのはおかしくて、正しく聖典の教えに殉じるべき、というもの、でしたかしら?」

「実際はユクロス教の教義で今の時代に合わないところを、教義の中で今の時流に会わせよう、というのもいるみたいだ。そして彼ら、ユクロス教改聖派と呼ばれる人達は聖典の教えの中に、離別は罪悪だと書かれたところは無い、と言っている。これで離婚も合法化すべしだ、とね」

「斬新ですね」

「これはアガレス王国の治安が良くなり、国民の寿命が昔よりも伸びたこととも関係あるかな? なので僕は父上と相談した。このユクロス教改聖派を新たにアガレス王国の国教とすれば、離婚は合法化できるんだ。父上が第二夫人と離別しても罪悪では無くなるんだ」

「それでは、これまでの教会は、どうなるのですか?」

「もとからある教会は、自分達こそ正しく神の教えを伝える真のユクロス教、と言っているから、ユクロス真教、という呼ばれ方になっているね。だからユクロス改聖教を国教とすれば、ユクロス真教は国教では無くなる」

「なんだか、本家と元祖でケンカするお店みたいになってますね」

「規模は違うけれど、中身は似たようなものかな? アガレス王国はユクロス真教を逆破門して、今後はユクロス改聖教を国教に据える。これでこれまでの教会の口出しを止めて、法律を変えることができる」

「なんだか、この国が大きく揺れそうな感じがするのですが」

「もともとユクロス真教とユクロス改聖教の小競り合いは始まっていたんだ。これを我が国で利用させてもらう」

「アガレス王国で離婚が合法になる、ということですか。ですが、それと私とプロティス王子の婚約には、どんな関わりがあるのですか?」


 プロティス王子はニコリと笑みます。何やら企みを明かすように顔を近づけて話します。


「僕は父上と共にユクロス改聖教の司祭と話あった。離婚の合法化の為にユクロス改聖教を国教に据える、という話をね。そのついでに、これまでユクロス真教に縛られて変えられなかった法律を改正するのに、ユクロス改聖教の教義を使えないかと」


 何やら、国家規模の陰謀を聞かされたような気がします。


「そしてユクロス教の聖典を細かく調べてもらった。そこには同性での結婚が神の教義に反するとは、厳密には書かれていないことが解った」

「え?」

「つまり、ユクロス改聖教を国教に据えれば、同性での結婚も合法にできるんだ。レファナ、君が戦乙男(イクサオトメン)でも、僕とレファナが結婚できるようになるんだよ」

「えええ!?」


 結婚とは男女がするものだと思っていました。ユクロス真教がそう教え、アガレス王国の法でも同性での結婚は認められません。私も今まで、それが当たり前だと思っていました。

 ですが、国教が変われば男女だけでは無く、男男でも女女でも結婚できる、ということですか? 同じ神を信仰する宗教でも、教義にずいぶんと違いがありますね。あ、だから小競り合いになっていたのですか?

 プロティスは私の手を握り、緑の瞳が私を見つめます。


「僕はなんとしてもレファナと結婚したい。その為にどうすればいいのかを真剣に考えた。父上も僕の考えを聞いて、アガレス王国の未来の為に決心してくれた。ユクロス改聖教を国教にできれば、父上は第二夫人とその子を遠ざけて王家は安泰。そして、僕とレファナが結婚できるようになる」

「あの、私がプロティスと結婚できるというのは嬉しいのですけれど。私は、本当は男として生まれていて。その王族となれば、お世継ぎのことも考えなければ」


 私が本当は男として産まれたことを、プロティス王子に明かします。私が戦乙男(イクサオトメン)職能(ジョブ)を授かった原因のことを。

 私が子を産めるかどうか、それが不安なところです。王族であれば次代のことも考えなければなりませんし。


「ククククク、何も問題はありません!」


 バン! と扉を開けて気持ち悪い笑みを浮かべる丸眼鏡の錬金術師、ゲシュタルトが突然現れました。あなた、いつからそこで盗み聞きしてましたか?


「この王国最高の頭脳を持つ錬金術師、ゲシュタルトの性別転換術はパーフェクトです。神には見破られても、機能は完璧なのです。レファナ様は男として産まれましたが、その肉体はちゃんと女。子供を作る機能はその肉体に備えています」


 え? 本当ですか? 私、ちゃんとできて、ちゃんと産めるのですか?

 色付き丸眼鏡の変態は、両手を開き上に向け、何だか偉そうなポーズで話します。


「この至高の叡知の錬金術師ゲシュタルト、生命の創造こそが我が研究のテーマ。だが、いかなる魔術も錬金術も、今の技術では生命を創造することは能わず、まるで生命創造とは神のみに許された技であるかのように。我が偉大なる頭脳を持ってしても、現代錬金術では、生命と名のつくものはダンゴムシ一匹作ることすら不可能なのです」


 色付き丸眼鏡の錬金術師は、何も無い空を睨むようにして、いきなり怒り出しました。


「なのに女という生き物は! 魔術の叡知も錬金術の深奥も知らない阿呆のくせに! 男と寝て一発かますだけでその腹に生命を創造する! なんという理不尽! なんたる屈辱! この英知の結晶たるゲシュタルトの頭脳にできないことが、女に産まれたというだけで理屈も原理も知らないクセに! 生まれつき生命創造の技が使えるなどと! 許せるかこんなことが! 女のくせに! メス犬が!」


 訳の解らないことを言いながら拳を握り、ブンブン振り回して怒っています。そのゲシュタルトが私をビシと指差します。人を指差してはいけません。この変態。


「だからこそ我が研究の結晶こそがレファナ様、あなたなのです」

「わたし?」

「男として産まれてもその腹で子供が産める。我が手による生命創造には未だ遠く届きませんが、その腹で命を創造するという神の御技、これはレファナ様の胎内で可能なのです」


 可能、なんですか? 妊娠できますか?


「そして生命創造という技を持つというだけで私を見下したクソ女どもから、生命創造という神の御技を奪う! 男の身でも生命創造を成す! そう、生命創造という偉大な神の御技を女どもの独占支配から解放するのです! ククククク、薄汚れたメス犬どもに、いつまでもデカイ面をさせてなるものか! 男でも生命創造は可能だと世界に知らしめてやる!」


 なんだかより一層、気持ち悪いことを言い出して狂笑する錬金術師ゲシュタルト。

 そうですか、そんな想いを込めて私を性別改造したのですか。このド変態。


「さあ! レファナ様! プロティス王子と一発かましてください! 理論上、レファナ様は男とヤレば妊娠出産できます! 我が錬金術こそ至高の技と世に知らしめる為にも、王子と結婚して子供ができるまで、ヤッて、ヤッて、ヤリまくるのです! クハハハハ!」


 色付き丸眼鏡の奥の蛇のような目で私を見ながら、ヤリまくれ、という気持ち悪い錬金術師。やはり頭の良すぎる人というのは、変態か狂人のどちらかなのですね。


「……マゥザ、お願い」

「はい! お嬢様!」


 側に控えるメイドのマゥザにお願いすると、マゥザは錬金術師ゲシュタルトに飛びかかり、ガッチリとコブラツイストを決めます。


「もう、喋るなこのド変態!」

「ぎゃああああ! 女が私に触るなあ! その醜い脂肪の固まりを、ムニュリと私にくっつけるなあ! お、おええ! 気持ち悪いいい!」

「気持ち悪いのはお前だ!」

「おう、やめろろろ、やめてえ! は、吐く、おええ、おっぱいがムニュリとして気持ち悪いいいい! おえええええ!」


 プロティス王子の手を引き場所を変えます。錬金術師が近くにいるとマジメな話ができません。


「マゥザ、あとはお願いします。ええと、一応、その錬金術師は殺さないようにしてください」

「解りましたお嬢様、ふんぬ」

「いやあああ! 助けてえええ! 離れろ女! 気持ち悪いいいい! おええええ!」


 私の身体のことについては、変態錬金術師に聞かなければなりませんし。できればあまり関わりたくないのですが。 

 プロティス王子はチラチラと振り返りますが、アレを視界に入れるのは精神の健康に良くありません。


「あのプロティス、これからこの国はどうなるのですか?」

「ユクロス真教はアガレス王国を許さないだろうね。ユクロス改聖教を立てたアガレス王国を教敵として、戦争になるだろう」


 戦争、ですか。これまで平和だったアガレス王国が、国王の離婚の為に戦争になるのですか。


「僕がノーザンローズ家に来たのは、レファナに婚約を申し込む為。これからの王家のことを話す為。そしてもうひとつ、レファナの兄、アベルズさんに会う為」

「アベルズ兄様に? いったい何の御用が?」

「確かアベルズさんは、軍師の職能(ジョブ)の持ち主だったろう?」


 ええ、アベルズ兄様は神より軍師の職能(ジョブ)を授かりました。ですが、平和な時代に軍師の職能(ジョブ)の使い道は無いと、たまにボヤいてました。

 アベルズ兄様はチェスでは負け知らずなのですが。


「これからユクロス真教との戦いとなる。そこでアベルズさんに力を貸してもらおうと考えている」

「アベルズ兄様が軍を率いて戦争をするのですか?」

「加えて僕が聖剣士、レファナが戦乙男(イクサオトメン)だ。勝算はある」


 プロティスの緑の瞳が爛々と輝き私を見つめます。


「レファナ、僕と結婚してくれるかい?」

「は、はい、プロティス」

「じゃあ、僕と一緒にユクロス真教を蹂躙しよう。僕とレファナの幸せな結婚の為に」


 アガレス王国はユクロス改聖教を国教へと。アガレス王国の国教から降ろされたユクロス真教の神官達は、怒り心頭です。

 そしてユクロス真教は逆破門にしたアガレス王家を聖敵と認定。ユクロス真教大神殿のある隣国、カミオ聖王国ではアガレス王家を断罪するために神威征伐軍を結成。

 アガレス王国に向けて進軍を開始します。


 こうして私は、プロティス王子との婚姻の為に、戦乙男(イクサオトメン)として戦場を駆けることになりました。


◇◇◇◇◇


 銀の鎧に身を固め、愛用の銀の槍を持ち、丘の上からカミオ聖王国の神威征伐軍を見下ろします。真教としては改聖教を認めたくないので、あちらも必死ですね。随分と兵を集めたものです。カミオ聖王国以外の旗も見えますね。


「ただの宗教的熱狂で、私の率いるアガレス王国軍に勝てるかな?」


 正式に軍師となったアベルズ兄様が、平原の神威征伐軍を見下ろし冷たい笑みを見せます。


「私の可愛い妹の幸福を邪魔立てをすれば、どのような目に会うか、教育してやるとしよう」


 軍を率いて戦争するアベルズ兄様は、なんだかとても楽しそうです。軍師の職能(ジョブ)を存分に発揮できることで、やる気満々ですね。軍略については頼もしいアベルズ兄様にお任せです。


「さあ、レファナ。プロティス王子の兵が奴等の背後に回り込むまで、上手く惹き付けてくれるかい?」

「はい、アベルズ兄様」


 アベルズ兄様に応え、私は銀の槍を構え、戦場へと踏み出します。この戦場の一歩一歩が、私とプロティスの結婚式に繋がると考えると、敵の死体もヴァージンロードを飾る花弁のようにも思えます。

 何の犠牲も払わずに幸福な未来は掴めませんからね。


 銀の槍を高々と掲げると、士気の高いアガレス王国軍の兵が声を上げます。


「「我らが戦乙男(イクサオトメン)に続け!」」


 アガレス王国軍の先頭に立ち、丘の上から眼下の神威征伐軍へと駆けます。

 聖暦802年、ユクロス教はその教義の解釈の違いから真教と改聖教へと分派し、ついに戦争となりました。

 この戦争に勝てば、私はプロティス王子と結婚します。見ていてくださいプロティス。

 レファナは頑張ります。あなたと私の幸せな結婚の為に。


戦乙男(イクサオトメン)! レファナ=ノーザンローズ! 推し通る!」



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― 新着の感想 ―
[一言] いやぁ〜面白かった!面白かったけどね。 此の話、恋愛ジャンルにしておくのが勿体ないような。
[一言] ああ。○国国教会の話ですね。王子の名前がほぼそれという。
[気になる点]  自殺する程悩んでる方々も居ますからなぁ〜。その一方でアスリート界では女性アスリートから「身体能力で女性は男性に勝てない。何の為の性別なのか」との声も上がっていたり。
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