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宜しくおねがいします。
ウォルター目線
王都の外れにある、結界から一番近い町の酒場でのこと。
仕事も終わり喧々囂々とした店の中、カウンターで遅めの夕食をとっていたウォルターは手元に握りしめた皮付きのフルーツを見るともなしにボンヤリと眺めていた。
『ウォルターさん、綺麗に剥けましたよ』
ふと耳に蘇ったのは4年前に聖女として召喚された黒髪黒目の少女の声。
***
蜜蝋で艶めく木製の机の上に置かれた果実が優しい光に包まれるとペロンと皮を落とす。
初めて習得した魔法が成功し安心したのかホッと息を吐く少女、花音。
「こんな感じでお野菜やフルーツの皮が綺麗に剥けるようになりました」
彼女は果実にかざしていた手を下げるとそっとこちらを見上げて微笑む。
「すごいな、よく頑張っている」
心から賛辞を言えば、恥じらいながらも今度こそ満面の笑みが返ってきた。
花音の為に与えられた王城の客間。
権力の象徴とも言える城の内装は豪華絢爛で白を基調とした大理石の壁や床にそれぞれ深みのある色合いの調度品が置かれている。
細かな模様の入った金色に縁取られたワインレッドのビロード張りの椅子に姿勢良く座る花音は珍しい髪色のせいもあってどこかちぐはぐな印象を受けた。
自分の2つ年下の少女はとても素直な性格で同時に努力家でもあった。
突如召喚され、聖女として国を救ってほしいという身勝手な我々の頼みを引き受けてから半年。
元の世界に帰れると信じて日々修行に励む姿は健気でどこか危うい。
王都とその周辺を覆う結界に人為的な綻びが発見されてから1年。
誰がどんな方法で犯行に及んだのかは不明。
現状の把握で精一杯の中、手の施しようがないほどに崩落し始めた一部の穴から人を襲う魔物が結界内に侵入するようになった。
そして長年に渡り牽制しあってきた隣国の動きも物騒になり始める。
争う事になれば結界の綻びを突破口にされるのは間違いない。
国全体が暗い冬空に覆われたような雰囲気の中、召喚されたのが花音だった。
華奢な体に身に余る重圧と過度の期待を押し付けられた少女は今日まで一言も弱音を吐かず結界修復の魔法を習得する努力を続けている。
本来、聖女の出現と結界の綻びにはサイクルがある。
200年に一度どこからもなく姿を現す彼女たちは何の苦労もなく結界を修復、強化し歴史の中に消えてゆく。
前回の聖女出現から100年も経っていない今、現れるか分からぬ者を待つ余裕のなくなった国がとった措置が異世界からの聖女適合者召喚だった。
***
『ウォルターさんの変態ー!!!』
次いで蘇った去り際の花音の声にハッと我にかえる。
自然と深いため息が漏れる。
最後の最後にとてつもない誤解を与えてしまった事実は2年経った今でもトラウマのようにふと思い出す。
もう会える事はなくてもせめて彼女の記憶の中で良い騎士であったと覚えておいてほしかった。
過ぎたことだ、忘れろ。
何度も自分に言い聞かせてきた言葉を今一度言い聞かす。
手元の果実の薄皮をむき口に放り込む。
マスターに会計を済ますと厚手の黒いコートを着込み外へ足を向けた。
勘違いされたままでも構わない。
同じ空の下でなくてもいい。
どこかで幸せに暮らしていてくれれば、それでいい。