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よろしくお願いします
読みかけの本に栞を挟み閉じると座布団に座ったまま思いっきり上半身を伸ばした。
背骨バキバキいってるけど大丈夫だよね、これ。
暑さとは別の汗が額から流れる。
とゆうか、暑い。
実家からの少ない仕送りで生活してるしがない女子大生にはエアコンなんて贅沢なものフル稼働で使えない。
先月暑くなり始めた頃、遠慮なく使ったら実家の母から小言の電話がかかってきたので8月も半ば、夏盛りの中、日中は扇風機で凌いで就寝時だけ使うようにしてる。
‥‥シャワー浴びよう。
折りたたみの小さいテーブルに手をついて立ち上がればグラスの中で麦茶に浸かった氷がカランと涼しげな音をたてた。
汗を流してさっぱりした後、冷房の効いた図書館に逃げ込もう。
ついでにそこで読みかけの本を完読して返却。
つらつらと今日の予定を考えながら脱衣所に行きバスタオルを引き出しから取り出す。
次は何を借りようなー、面白ければなんでも良いんだけど、、、異世界転移以外は。
別にそれらの作品を否定してるのでは断じてないのだが古傷が疼くんです。
聖女ものなら尚のこと。
特に騎士様なんぞ出てきた日には閉じた傷が確実に開く。
「おのれ、ド変態騎士め‥‥」
ふと蘇った黒歴史に替えのパンツを握りしめた拳をプルプルと震わす。
はい、私こと鈴木花音19歳は2年前、異世界に召喚された事があります。
何じゃそりゃ?なんて思ったそこのあなた。安心してください、私も帰還してから2年経ってますが今だに何じゃそりゃ!って思ってますから。
剣と魔法の世界で聖女として突然召喚。
訳も分からぬまま王都とその周辺を覆う結界の綻びを修復してほしいと国のお偉いさんに頼み込まれまして。
要約すると「助けてくれなきゃ元の世界に帰さないぞ☆」的な事を言われ、そりゃぁもう必死で修行しましたよ。
その甲斐あって早々に魔法を習得。
お野菜やフルーツの皮をツルンと綺麗に剥ける魔法を。
何じゃそりゃ!って思ったそこのあなた。安心してください、私も当時‥‥いや、今だになんじゃそりゃ!?って思ってますから。
コホン、話を戻しまして、それから日々修行に明け暮れましたがそれ以外の魔法を習得することも出来ず気づけば2年、いつのまにか王都の結界は完全に直っていて私は役立たず聖女の判子を押され強制送還。
召喚された日時に当時の姿のまま何事もなかったかのように元の世界に戻っていた。
長くなりましたがそんなわけです。
何じゃそりゃ!?って思ったそこのあなた。安心してください、私も今だに何じゃそりゃぁぁ!!!って思ってますから。
しかし私にとって重要だったのは役立たず聖女認定でも強制送還でもなくその直前に起こった出来事で。
何でも結界の綻びに人為的な痕跡が発見されたらしく、それを直す私を快く思わない者から危害を加えられるかもしれないと護衛騎士様が付きました。
えらい男前なザ!騎士様!!って感じの金髪碧眼の青年で名前はウォルター•ブラウンさん。聞けば2つ年上。
一緒に過ごせば性格も騎士様な優しい人で、挫けそうな時には親身になって支えてくれて‥‥そんな人が終始側にいるんですよ!?
完全に落ちましたね、恋に。
淡い淡い初恋でした。
両思いになろうなんておこがましい事を考える暇もないくらい毎日ドキドキしてました。
そんな時、ウォルターさんから誰もいないところで会ってはくれないだろうか?なんて真剣な顔で言われて、心臓が爆発するんじゃないかってくらい舞い上がりました。
もしかしてウォルターさんも私の事‥‥!?なんて、初恋ですからね、妄想逞しく突飛な事考えていたわけですよ。
まぁ、妄想の斜め上をぶち抜いた突飛な事がその後起こるんですけど‥‥。
着いて行った場所は私が召喚された広間で、なぜかもう1人男性が。
なぜに?なんて思った矢先ウォルターさんに後ろから突き飛ばされて「花音、元の世界に帰るんだ」と一言。
突然の出来事に理解が追いつく前に詠唱を唱えるウォルターさんの声が聞こえて、とっさに手を伸ばしたんです。
ずっと帰りたかったはずなのに。
喜べるはずなのに。
淡い初恋は想うだけでいいって、伝えなくても後悔しないって決意したはずなのに。
もう会えないかもしれないという考えの前に笑ってしまうほどあっけなく私の決意はどこかに消えてすがってしまったんです。
ウォルターさん、ウォルターさん、好きです。
あなたの事が好きなんです。
伝えたい。どうか知って欲しい。私の気持ちを。
その瞬間、ピカリと眼前が光りとっさに目をつむった。
慌てて目を開けた時、そこに広がる光景に絶句。
全裸のウォルターさんが‥‥もう一度言います。全裸のウォルターさんがもう1人いた全裸の男性を押し倒していました。
いや、別に、そーゆー趣味の人に偏見はありませんよ?
でもだからって去り際になんてもん見せるんですか!
去り際だからこそですか!?
見られて興奮するとかそーゆー感じなんですか!?
あの一瞬の間によく脱ぎましたね!!!
発光の前に何か色々考えていたような気もしたが一瞬で吹っ飛び、気づいた時には叫んでいた。
「ウォルターさんの変態ー!!!」
こうして私は大絶叫を残して元いた世界に無事戻ってきました。めでたしめでたし。
何じゃそりゃぁぁ!!!って思ったそこのあなた。安心してください、私も今だに何っっじゃそりゃぁぁぁぁぁぁ!!!!って思ってますから。
あれから2年、粉々に砕け散った薄ガラスのハートは思い人がゲイだったという強烈な事実も材料にリサイクルされ強化ガラスのハートに生まれ変わった。
‥‥思い返せば行きも帰りも唐突だった。
当時17歳だった私が自室で寛いでいたら突然、真下の床が光り始めて‥‥そうそうこんな具合に。
不審に思って下を見るとゲームとかでよく見る魔法陣の中にいて‥‥これこれこんな模様。
は!?え!?
2年前と全く同じ状態に嫌な予感が湧き上がる。
額の汗は絶対に暑さのせいだけじゃない。
「‥‥っ!!!またかぁぁぁぁ!!!!」
畳まれたバスタオルを脇に挟んで替えのパンツを握りしめたままの姿で大絶叫をあげ‥‥私の視界は暗転した。