ボスラッシュ! ~最後に立ち塞がりし者~
「さてと、始めるとするか」
僕は愛刀「村正」を手に、屍の宮殿内にて第一のボスであるダークネススカルドラゴンと睨み合っていた。
もちろんここは現実世界ではなく、今を時めく大人気VRMMO――「ラストエデン」の世界の中だ。
世界中で大ヒットを記録したこのゲームが半月前についに日本上陸。生粋のゲーマーである僕はもちろん、発売と同時に即購入した。
ちょうど高校が夏休み期間中だったこともあり、僕は朝から晩までゲーム三昧の毎日を送っている。
VR系のゲームをプレイするのはこれが初めてだったけど、「ラストエデン」の完成度は非常に高く、バーチャルであることを失念してしまう程に、僕はゲームの世界観にのめり込んでいる。
そんな僕が現在挑んでいるのは、「ボスラッシュ」と呼ばれるボス級のモンスターを五体連続で相手にするという夏休み限定の特別イベントだ。
見事に全てのボスを撃破すると、レアアイテムを入手することが出来る。
この半月間でかなり技術も磨いてきたし、ゲーマとしてのセンスにも自信がある。
ゲームを開始して以来、初めての大きなイベントなので、僕のテンションは最高潮に達していた。
「そこだ!」
ダークネススカルドラゴンへ村正の一撃がクリティカルヒット。紙耐久と噂のダークネススカルドラゴンは、その一撃で地に伏した。
ダメージを最小限に抑えることが出来たし、出だしは上々だ。
開かれた扉から、屍の宮殿の深部を目指す。
「楽勝!」
二体目は魔力特化の熱砂のヘルウィザード。僕のクラスである魔剣士は魔法防御と攻撃力に特化している。相性が良かったこともあり、一戦目よりも余裕をもって撃破することが出来た。
「次だ次!」
三体目は巨体を持つツインヘッドサイクロップス。高い防御性能と重い一撃に、一時は危険な状態に陥ってしまったけど、HP減少時に発動し攻撃力が激増する「燕返し」のスキルが発動し形勢は逆転。終盤はアイテムで体力を回復しつつ堅実に止めを刺した。
「あと二体!」
四体目の相手は疾風のドレイクナイト。素早い身のこなしと飛行能力を併せ持つ難敵だ。
一進一退の攻防で僕のHPは一桁代まで追い込まれたけど、そこで伝家の宝刀「燕返し」のスキルが発動。ツインヘッドサイクロップスよりも耐久で劣るドレイクナイトを、一撃で沈めることに成功した。
これで残すはあと一体。
「ここで最後だな」
重厚な両開きの扉をこじ開け、屍の宮殿の最深部へと足を踏み入れようとした瞬間、
「な、なんだ!」
突如として世界が闇へと包まれる。最後のボスに臨む際の恐怖演出かと思い身構えるが、何かが妙だ。画面だけではなく本体の機械音も消失しており、ゲーム中にはあまり意識したくない日常を感じさせる生活音が耳元へと届く。
まさかとは思うがこれは……
「こら、いつまでゲームしてるの!」
怒鳴り声と同時に、僕の装着していたVR用のインターフェイスが強制的に取り外される。
太陽の日差しに目を細めつつ状況を確認すると……
インターフェイスを取り上げた母さんが、鬼のような形相で僕を見下ろしていた。
ゲーム機本体のプラグもコンセントから抜かれている。やはりあれは画面が暗転したのではなく、母さんがプラグを引っこ抜いたことでゲーム自体が強制終了したのだ。
「何するんだよ。せっかくいいところだったのに」
「知らないわよ。夏休みに入るなり来る日も来る日もゲームゲームで。勉強と両立してるなら私だってそこまで文句は言わないけど、あんた一学期の期末赤点ギリギリだったでしょう!」
「それはそれ、これはこれだって。後でちゃんと勉強はするから、今ぐらいはゲームをさせてくれよ」
「駄目。あんた、私が夏休みに入ってから何回注意したか分かっている?」
「今が初めてでは?」
「……11回目よ」
背筋が凍るような物凄い表情で睨まれた。
「そ、それは大変失礼を……」
「とにかく、しばらくはゲーム禁止。夏休みの宿題だって片付いてないでしょう」
「ちょっと待ってよ」
インターフェイスを取り上げてそのまま部屋を立ち去ろうとする母さんに、僕は必死で食い下がる。確かに成績が落ちているにも関わらず、なおもを勉強を疎かにしている僕は悪い息子だけど、今は夏休み限定イベントの最中なのだ。せめて今だけはゲームの世界に没頭させてほしい。
「せめて今日だけはお願いしま――」
「駄目!」
即答。というよりも食い気味だった。
「そこを何とか!」
「駄目よ」
先程とは異なる優しい声色だったけど、母さんの目はまったく笑っていない。
うん、これはあれだ。一番怒っているパターンの顔だ。
……僕にはこれ以上母さんに逆らう勇気はない。
「分かりました。勉強します……」
「それでよし。あんたが勉強を頑張れば、息抜き程度ならゲームも許してあげるわ」
とりあえず永遠に取り上げられることを免れたのを喜ぶべきだろうか。
とはいえ、夏休み限定イベントへの再参加は諦めるしかなさそうだ。
「……ラスボスは母さんだったか」
僕はボスラッシュを生き残ることは出来なかった。リアルラスボス――母さんには僕は絶対に敵わないのだから……
大人しく机に向かい、宿題との戦いを開始することにした。早く宿題を片付けることがゲーム再開への一歩でもある。
「……ここの計算ってどうやるんだっけ」
数学の問題は、三体目のボスであるツインヘッドサイクロップスよりも手強かった。
……現実も、ボスラッシュじゃないか。
了