魔術師はDQNネーム
源 キラリンは中二病真っ盛りだった。
日夜オリジナルの呪文を考案しては、テロリストや宇宙人やモンスターと戦うことを夢想していた。
機会は思いのほか早く訪れた。
「源キラリンの名において命ずる! 風の精霊よ! 不可視の槌となり我が敵を吹きとばせ!」
不良に囲まれたキラリンは、周りの目もわきまえず呪文を唱えた。
否、少しはわきまえた。
キラリンの考えた呪文にはもっと大仰で殺傷力の高い(と本人が思っている)呪文が数多くある。
いちおう、大人しめでシンプルな呪文を唱えたのだ。
しかし案の定、キラリンを囲んだ不良たちは彼を嘲笑った。
「アホなこと言ってないで、とっとと金出せよ」
不良の一人が肩を竦めながら言った。
悪いのはお前なんだからこれ以上俺達に無駄な時間を使わせるな。
そうとでも言いたげな態度だった。
キラリンはその不良を無視し、呪文を唱えた時に頭上に上げていた腕を、勢い良く振り下ろした。
ゴォッ!
風が吹いた。
不良たちは、それが目の前にいるオタクっぽい中学生が引き起こした現象であることに気づくまもなく、その風に吹き飛ばされた。
地面や壁に打ちつけられ不良たちが気絶したり悶絶している隙に、キラリンはとっととその場を逃げ出した。
安全と思われる場所、すなわち自宅の自室にたどり着いたキラリンは、冷や汗を拭い、ドキドキする心臓をなだめながら言った。
「まさか、本当に魔法が出るとは思わなかった」
源キラリンは現代人である。
魔法や超能力があったらいいな、と夢想することはあっても、それらが本当に実在するとは思っていなかった。
中二ゆえの妄想力のおかげで、かなり本気っぽい勢いで魔法があったらいいな、もしあったらこんな呪文がほしいな、きっとどこかにあるはず、ならば僕が考えねば!
という具合に日夜、極秘ノートに中二ワードを記していたが、『心の奥の奥』では超常現象を否定していた。
それがカツアゲ目的の不良に囲まれ、軽く小突かれた瞬間、我をなくし思わず呪文を唱えていた。『本気』で。
どもることも言い間違えることもなく、呪文は完璧に唱えられた。
さすがは毎晩布団の中で呪文の暗唱をしていただけのことはあった。
しかし本題はそこではない。
本題はキラリンが本気で呪文を唱えたというところだ。
いままで心の奥の奥で信じきれなかったゆえのためらいや恥じらいが、命の危機(大げさだが、本人的にはまさに)をまえにすっぽり抜けさり、ただただ助かりたい一心で言い慣れた呪文を唱える。
これで魔法が起こらないほうがおかしい……と単純にいくほど世の中は甘くない。
「源キラリンの名において命ずる。水の精霊よ、コップの中を水で満たせ」
安全地帯にもどり、若干の冷静さを取り戻したキラリンは、一回だけなら偶然かもしれない、という考えのもと検証を行った。
もちろん本気で。
コップは水で満たされた。
世の中そんなに甘くないはずなんだけどなぁ。
キラリンは興奮と疲労と喜びと困惑と……そのほかとにかく複雑でたくさんの感情やらなんやらの波に精神と肉体を流されて気絶した。
MP切れともいう。
検証の結果、いくつかの法則が判明した。
まず。魔法はある。
気絶した翌朝、健やかな気分で目覚めたキラリンは前日の出来事を思い出して興奮し、いろいろ試してまた気絶して、それでも興奮覚めやらぬまま検証を続けたのだ。
そして確証を得た。
魔法はある、と。
MPの消費と魔法の威力。
属性と相性。
熟練度によるそれらの変化。
などなど。
検証はそのまま研究になり、キラリンは没頭した。
それまで、オタクではあっても引きこもりではないキラリンだったが、学校はサボリがちになった。
学歴より大切なことをみつけたのだ。学校なんて行ってる場合じゃねぇ。
さいわい親はうるさく言わなかった。というかもともと放任的だった(子にキラリンなどという名をつける親な時点でお察しである)。
学校も形ばかりの指導をして終わりだった(そういう時代なのだ)。
実験を繰り返し、呪文の最適化を進め新たな体系を構築していく。
テロリストや宇宙人、モンスターと戦う妄想をしていたときは攻撃系の呪文ばかり考えていたが、魔法が使えるようになってからは、探知や解析系呪文の組み立てがメインとなった。
協力者(オタク仲間たち)も募り呪文の共有化も目指した。
またたくまに、10年が過ぎた。
いまの源 キラリンの立場を一言で表すなら中卒の動画配信者だった。
研究および生活の糧は動画配信サービスからの広告収入でまかなっている状態だった。
魔法を実践し、その動画を配信しているのだが、評判はまずまずである。
一部の熱狂的なファンと一部の堅牢たるアンチを足して割るとまずまずになる、というだけだが。
「みなさんこんばんは。現代の魔術師こと源 キラリンです」
にこやかな挨拶とともに動画は始まった。
「ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、実は僕のこの源 キラリンという名前はハンドルネームではなく本名なのです」
視聴者に向かって『ヒドいでしょ』とでもいうように肩をすくめてみせるキラリン。
「キラキラネームとかDQNネームなんて言われてますよね、こーゆー名前って」
そう言いながらもキラリンの表情は明るい。
「でも僕、この名前で後悔したことほとんどないんですよ、すくなくともこの10年はとくに。……何故かというとこの名前のおかげで僕は魔術師になることができたからなんです」
キラリンは語った。
すなわち、呪文を唱え魔法を引き起こすには、魔法次元(と仮に名付ける)へのアクセスが必要である。
魔法次元へのアクセスには個人を知らしめるパスコードが必要で、それは個人個人であらかじめ決まっている。
「つまり僕のパスコードは偶然にも本名と一致していたのです」
この偶然が天文学的な確率であることを示すグラフがキラリンの横にインサートされた。
「正直、思うところがなくもない親なんですが、これが解ったときには思わず喝采しました。母さん、ありがとうって」
キラリンは祈るように手を合わせてから説明を続けた。
パスコードはソウルネームあるいは真名とでもいうべきもので、できれば本名であることが望ましい。
少なくとも自分の名前はそれであると強く認識していないと魔法次元へのアクセスはできない。
「僕らはこれをマジックネームと呼ぶことにしました」
そう言って、キラリンは画面外に向かって手招きをした。ひとりの若者がキラリンの隣に立った。
「今日は新しい仲間を紹介します」
「ガモプワンテンルーです。どうぞよろしく」
明らかに日本人に見える男はそう名乗って会釈をした。
キラリンの説明によると彼は古くからの協力者で、魔法によってマジックネームが判明したので戸籍の名前を変えようと頑張ったが役所の許可が下りず、業を煮やして海外に移住し、そこで国籍を得て、ついでに改名したのだという。
つまり、ガモプワンテンルーなどという人名とは思えないDQNな名前をキラリンは提案し、男は受け入れたということだ(なんてこった)。
「5年かかりました」
ガモプワンテンルーは淡々と語った。
「キラリン殿のおかげでマジックネームが判別した時は我が世の春でした。それからの5年は茨の道でした。いまは魔術師となった自分の幸せを噛みしめています」
そして呪文を唱えた。
「ガモプワンテンルーの名において命ずる。炎よ、渦を巻き、竜の姿を顕せ!」
もちろん、その通りのことが起こった。
その後、日本中で改名ブームが起きた。
日本はDQNネームの魔術師であふれた。
実名がキラリンさん、ガモプワンテンルーさん。もしいたらごめんなさい。