鈍感な場合どうすればいいのだろうか
こうしてまた数日過ぎた。
シリルの屋敷二階の廊下をフルールは歩いていた。
何時まで経ってもなれない、窓飾りや壁には彫刻や絵の飾られた廊下を歩いていく。
メイドらしいこの黒いロングスカートに白いエプロンの服は、そして長い黒君につける白いフリルのついたメイドカチューシャは慣れたが、未だにこの屋敷の廊下はどれもこれも高価な物の様に見えて、私が触れても大丈夫だろうか、壊さないだろうかと不安を感じる。
けれど現在私は、それよりも重要な問題に直面していた。
なので、うんうん唸りながら私は歩きながら、真剣に悩んでいたのである。
理由ははもちろん、シリルに関してである。
「やっぱり私がお願いしてもお見合いに出てくれない。どうしようかしら。……やはり積極性というかやる気を出させるのが大切かしら」
シリルはああ見えても奥手なのかもしれないと私は考える。
カタリーナに聞いた範囲ではどうやら女装すると女性達からも安心され、男性達からも煙たがられないというのがあるらしい。
シリル自身がものすごく有能なので同性としての何かがあるらしいが、あの姿だと一人を除いて何もしてこないらしい。
表向きは。
そんな話を思い出しながら、この屋敷では見かけない怪しい人物を一人見つけ、何事もなかったかのように通り過ぎてから攻撃を加える。
風の魔法を纏って気絶させる程度に、と思って風を纏う。ふわりと自分の黒髪が宙に浮かぶのを感じて、魔法が発動したのを確認して蹴りを加えるが、
「! 避けられた?」
何時もよりは手練であるらしい。けれどこの程度、風を操る魔法を使う私に通用しない。
風の力を操ることとはすなわち風を読むこと。
そして体の動きからなるかすかな風を読み、次の行動を予測して先手をかける。
相手は小さなナイフを所持している。
普通のちょっと魔法が使えるだけの一般人ならば恐れたかも入れないけれど、どうやら私には並以上の才能があるらしい。
以前シリルにほんの少し教えてもらった魔法の使い方を応用して私は地面を蹴る。
風を纏った体は軽くすぐに目的の相手の目前にまで距離を縮め、相手が驚いている好きに蹴りを一発。
だが今回は少し力の加減を間違えたらしい。
いつもよりも目の前の相手は魔法に関しての攻撃と防御に手慣れていたのだろう、ふらりと敵の体がしたものの即座にナイフが私に向けられる。
風の動きによりそれに気付いた私は、避けはする物の頬にナイフがかする。
つっと痛みが走る。
恐らくは細い切り傷になっているのだろうけれど、今は目の前のこの“敵”を倒すのが先決だった。
再び足で地面を蹴りあげて叩きつけるように力を加える。
呻くような声を上げてナイフを持った男が倒れる。
廊下に倒れた様子を見てから私は、倒した時に落ちたナイフを蹴ってその場から遠ざけてから、倒した相手の様子を見る。
気絶している。
動く様子もなく、そっと近づいて呼吸塔を確認するが、問題はなさそうだ。
それと同時に私は周りの様子を伺い、仲間の気配が無いので単独犯だろうと推測する。。
「よし、ここで回収していってもらおう。『この屋敷に出入りする人達は全員顔は覚えていて危険そうな相手は倒す様に、皆は言われているらしいけれど、フルールは手を出さなくていけないからね、怪我をするかもしれないし』って……シリル様は私を何だと思っているんだか」
実家にいた時は、熊や魔物を一撃で仕留めて“魔物殺し(キラ―)”の称号すらも手に入れた私を侮りすぎだと思うのだ。
でもシリルに心配してもらえるのは何となく私自身嬉しいので、黙っていたが。
怪我をするかもしれないなんて実家の家族や友人には心配されるどころか、嫁の貰い手があるだろうかと嘆かれたりからかわれていたくらいである。
それを思うとこうやって心配してもらえるのは嬉しいな、よし、私も頑張ろうと思っているとそこで、視界の端に白いワンピースが見える。
確か今日シリルがきていたなといった事を私は思いだしながら、
「フルール、その頬の怪我は!」
「あ、シリル様。今日もまた一人怪しい人物を倒しました」
自信満々に告げるとシリルが真面目な顔になり、
「フルール、君にはこういったたまに送り込まれる暗殺者といった類は相手をせずに気付いたら他の使用人に伝えるように言っておいたよね?」
「で、でも見かけたし……」
「僕の命令だよ? フルールは僕のメイドだよね? 言う事が聞けないのかな?」
「そ、そういうわけでは……でも、少しでもお役に立ちたかったですし」
優しいシリルに少しでも恩返しができたら、こんな良い職場まで紹介してくれたんだしと思っていた私は怒られて、俯いてしまう。
そこでシリルが仕方がないというかのように溜息をついてから小さく笑い、
「気持ちだけ受け取っておくよ。僕にとってはフルールは大事だから、こんな風に怪我をされるのも嫌なんだ」
「でもかすり傷ですよ?」
「もう少しフルールには自分を大事にして欲しい。僕はとても君を心配している」
そう言ってシリルは困った様に微笑みながら私の頬に触れる。
丁度先ほどのナイフで切り傷が出来た所で、ほんのりと温かさを感じる。
以前皿洗いのお手伝いをしていた時に台所で指を切ってしまった時、その時もシリルに傷を癒してもらったから今回もそうなのだろうと思う。
以前カタリーナからも聞いていたけれど、シリルの得意な魔法の属性は水系の魔法と治療の魔法であるらしい。
前者の力は以前庭で花を育てている時にシリルが魔法で使っているのを見ており、後者は私が怪我をした時に確認済みだ。
もっとシリルの事を私自身が知りたいと思う。
優しくて魅力的でとても綺麗な男性なのだから当然だと思う。
そしてそれを知って私は、
「必ずや、シリル様のお見合いを成功させて、幸せにします」
ギュッと治してくれた時に私の頬に触れた手を私は握った。
それにシリルは何故かひきつった様に口を動かし頬笑みを浮かべてから、
「どうしてそういった話になったのかな?」
「シリル様が優しいので絶対に幸せにしてみせます! なのでまずは、シリル様にお似合いのシリル様好みのお見合い相手を絶対に見つけますね!」
「いや、えっと……それは多分君の仕事では無くて、ほら、フルールは僕の傍にいれば良いから。僕はフルールがいれば良いし」
「そこまで信頼して下さっているのですね! 分かりました、私ももっと頑張ります!」
シリルがそこまで思っていてくれているのだ。だったら私も全力でそれを行わなければならない。
そう決意も新たに私は、残りの仕事がありますのでとシリルに告げて歩き出す。
そんな私の後ろでシリルががっかりしたように肩を落としているという事実に、私は何も気づいていなかったのだった。