ご主人様の思惑(笑)
フルールがいなくなってから、シリルは自身の金髪を左手でかき上げて、水色の瞳を一度閉じて開いてから、深刻そうな表情で席についた。それにカタリーナは、自身の銀髪の端を面倒そうにいじりながらシリルが話しだすのを待っていると、シリルは深々と息を吐いた。
「あれから一週間、フルールと何の進展もない」
「まだ一週間でしょう? そんな短期間で落ちるほどチョロい子だったら私がすでにあの子を私のメイドにしているわ」
「絶対にあげないから」
「そう言われると奪いたくなってしまうわ」
「相変わらず性格が悪いな」
「貴方ほどでは無くてよ? 本性を黙っていてあげる私の寛大さに、シリルはひれ伏すべきだと思うわ」
「はい、カタリーナ様ありがとうございます。そして更にお願いするなら僕にもう少しフルールがこう、気になる様にできませんでしょうか」
さりげなく恋のお手伝いをと頼んでくるシリルを、カタリーナは嘲笑いながら。
「嫌よ。私、あの子が欲しいから」
「鬼! 鬼畜! 悪魔! 人でなし!」
「そっくりそのままお返しするわ。まったく、あのシリルがこんな骨抜きになるなんて……ああ、楽しいわ」
美しい花を愛でてうっとりするかのように、頬に両手をあてて答えるカタリーナにシリルは深々と嘆息して、
「もう出入り禁止にしようかな。カタリーナは。フルールを狙っているみたいだし」
「……別に私はフルールだけが目的じゃないのよ。アルベルクが私が誘っても全力で逃げるから、こういう機会でも無いと会えないの」
「カタリーナの趣味がアレというか残念なのは今に始まった事ではないけれど、でもそれが目的ならしばらくここに来ても無駄だと思うよ」
ここでシリルが空色の瞳を細めてとても楽しそうに笑う。
その言葉にカタリーナが珍しく眉を寄て、紫色の瞳を数回瞬かせ余裕めいたように自身の銀髪をいじるのをやめ、
「どういう事かしら。何かをしたの? 何時も勝手に来ればと言わんばかりに放置していたのに」
「ストレス解消に倒すのもまあ楽しいから来てもいいかなと思ったけれど、今はフルールとの時間が少しでも欲しかったからね。邪魔なので今は家の方で頑張ってもらっているよ」
「……家がおとり潰しみたいな事にはならないでしょうね」
「ちょっと強めの負荷をかけただけだよ。あれくらいなら一生懸命頑張れば何とかなるんじゃないかな」
「その弱みに付け込んだら少しは私の方を見てくれるかしら」
「無理じゃないかな。アルベルクは動物的な本能でカタリーナの危険性に気付いているみたいだからね。なのにいつも懲りずに僕に挑んで負けるんだから、そういう所も鳥頭的な意味で動物的なんだよな……」
「あら、彼、負けを認めなければ敗北にならないって言っていたわよ?」
「なるほど、だから彼は僕に、一度も僕には負けていないって言っていたのか。うん。適当に相手をしよう」
「それは構わないけれど、アルベルクが来ないのは困るわね」
にこりと微笑むカタリーナ。
それにシリルもにこりと微笑む。
しばらくお互い微笑みあいながら静かな時が流れ、そこで口を先に開いたのはシリルだった。
「分かった。アルベルクへの負荷は無くす。代わりにフルールが僕に少しは振り向くようにお手伝いして下さい」
「いいわ。それで私も手を打ちましょう」
バサッと銀色の髪を後ろに手でやりながらカタリーナは、面倒そうに告げる。 そんな従姉妹の様子を見ながらシリルは苦笑しつつ、
「本当にフルールは僕の心を鷲掴みしているんだよね。昔会ったけれど、あの時は普通に可愛い女の子のお友達という感じだったのに、何だか忘れられなくて時々人に見に行ってもらっていて……そして都市に来たらしいから遠くから見ているのも変な感じがしたから離れようと思ったのに……まさかあんな再会すると思わなかったし、会話をしたら僕は自覚しちゃうし」
「お見合い相手達全員、何かが違うの一言で終わらせてきたシリルが夢中になるのだから、あの子も凄いわね。しかも自分の能力に無自覚だし」
「そうなんだ。折角だからと思ってここ一週間で、色々やらせてみたけれど……全部すぐにものにしていくし。花嫁修業だと思えばというか花嫁修業も兼ねているのでそれはそれでいいんだけれど」
「あら、花嫁修業だとフルールは知っているのかしら」
「知るわけがないじゃないか。まだ恋人同士にも慣れていないのに。でも能力が上がりすぎて、このままフリーのスーパーなメイドとして他に行っちゃったらどうしよう」
「なるほど、フリーのスーパーなメイドになった所で誘うのもいいわね」
「カタリーナには絶対に渡さないから」
「あら、それを決めるのはフルールでしょう?」
一瞬険を帯びた青い瞳でシリルがカタリーナを見るが、カタリーナは気づかないふりをして紅茶のカップに手を伸ばす。
それに更に不機嫌になるシリルだけれどそこでドアが開き、
「シリル様、今日はバナナとチョコレートのケーキです」
「ありがとう、フルール。僕は君が好きだよ」
「ありがとうございます」
にこにこにこにこ。
微笑むシリルに、フルールを微笑み返す。
実はここ一週間、フルールに君が好きだと毎日いっていたシリル。
こう言い続ければいつか私もですと返してくれないかなと思っていたのだけれど、初めの頃は真っ赤になっていたフルールは、気づけば笑顔でありがとうございますというようになっていた。
これは違うと薄っすらシリルは感じていたが、恋愛感情的な意味で好きですというには、フルールはまだ昔あっていたと気づいておらず再会してから一週間という期間は短すぎるので……それを言い出せずにシリルは心の中で泣いた。
そしてそんなシリルとフルールをカタリーナは、心の中でニマニマしながら紅茶を飲みつつ見ていたのだった。