また来たんだ
その後は事情聴取なども含めてデートどころではなくなってしまった。
シリルとカタリーナ、アルベルクが説明に追われている。
私は見ていただけで関わりもないただのメイドだったのですぐに解放されたが、シリルには先に家に帰っていていいと言われてしまう。
ただその前にシリルは私の目の前に来て私の両手を握り、
「フルール、今回はこんな風になっちゃったけれど、また今日みたいにデートしてね」
「あ、はい。分かりました」
「いっそ仕切り直しに明日水族館に行こう。こんな危険な魔物がいない所に。そしてお昼は美味しい食事を外で食べよう」
「私美味しいパスタのお店を知っていますよ」
「じゃあそこに行こう、約束だよ!」
と言っていたので私だけ家に帰ってきた。
とりあえずはいつものメイド服に着替えて、部屋の掃除などを行う。
そうしている内にシリル達が帰ってくる。
カタリーナとアルベルクが一緒だったので、紅茶とマドレーヌを出すととても喜ばれた。何でも細かく聞かれて大変だったらしい。疑われていたんでしょうねとカタリーナは嘆息していた。
そしてマドレーヌを美味しいとシリル達も含めて食べていてからそこでシリルが、
「じゃあフルール、明日は水族館だからね?」
それを聞いてカタリーナが明日も頑張らないとねと呟きながら、
「それで今日みたいにフルールと待ち合わせをするの?」
「もちろん。待っている時間が凄く楽しかったし」
「私は待たされるのが嫌いなのに変ね。趣味が悪いわ」
「……アルベルク、一度でいいからカタリーナをお待たせしてみなさい」
そんなけしかけてくるシリルにアルベルクが嘆息して、
「一回やって懲りたんだ」
「あ、うん、そうなんだ……」
「それにまあ、ここで認めるのは癪だが、カタリーナを待っているのもその……いいものだなと」
カタリーナが大きく目を見開いてアルベルクを見ている。
アルベルクは照れた様に頬を赤くしている。
何だかんだ言ってお互い好きあっているんだなと私はちょっとだけ羨ましく思いながら私はふとシリルの方を見てしまう。
目があった。
シリルが私に向かってどうしたのというように微笑み私は何故かとても緊張したというか意識してしまい視線をそらす。
代わりに、新しいお菓子メニューとして作ったチョコレートチップの入ったマドレーヌはどうですかと問いかけたのだった。
朝から元気一杯のカタリーナに私は本日も化粧をされていた。
一昨日どちらが良いか分からないから買っちゃえと言われた青い縞のはいったワンピースを着ている状態だが、カタリーナとそのメイド達によって私は、この前の様に化粧をされていた。
化粧に関してはすでにカタリーナや侍女にお任せである。同時にその化粧の使い方や色などを暗記する様に努力した。これからいつ何時シリルの恋人役をさせられるか分からないし、その場合にこの能力は絶対に必要である。
理由はただそれだけ、それだけなのだと私は無意識に自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。
そう思いながらもこの髪形は人にやって貰わないと無理だなとも思う。
今回は三つ網の編み込みをして後ろでくるくると団子状にして、他にも細かい部分を編みこんで髪をまとめ、黄色い宝石と真珠、赤いリボンのついたバレッタでは死を止めている。手先が器用な私でも出来る自信がない。
そしてこの髪飾りは後でカタリーナに返す事になっているが、何だか付けているだけでこの高級そうな感じがすごく緊張する。なのでこんな高価な物はちょっとと私が言うと、
「お黙り」
の一言で終わった。カタリーナは御令嬢であるだけあって強いと私は思った。
「でも、昨日はいい感じだったわね、フルールとシリル」
「恋人同士に見えるように頑張ってみましたが、そんな風に見えましたか?」
「ええ。もういっそ恋人同士になったらいかが?」
「私には釣り合いませんよ。シリル様素敵な方ですし。貴族の方は貴族かそれなりの能力のある女性とくっつくのがきっと幸せかなって」
「幸せ、ね。……野心はないのかしら、フルールには」
含みを持たせるようにカタリーナは言うが、私にはそれがシリルの“幸せ”には一番だと思うのだから、私は間違っていない。そもそも私の気持ちは、
「そうですね、シリル様が魅力的過ぎて手助けしたいと思うといいますか、男性に使うのは変なんですが、高嶺の花の様に見えて、遠くから見て手助けできればそれでいいかなって」
「……もう少し欲張りでいいと思うけれど。……フルール、本気でうちに来ない? それにシリルと距離をとってみるのもまた意外に違う面が見えていいかもしれないわ?」
「私はシリル様のメイドですから。こうやってメイド用の教育もしていただいているわけですし」
そこでカタリーナは沈黙してから、私に聞いてきた。
「シリルの言う、“メイド用”の教育ってどんなものかしら。メイドへの教育の参考にしたいから、教えてもらえるかしら」
「はい。確か……」
そう言って一通りカタリーナに説明をするとやけにカタリーナが静かだ。
変だなと思いながら私はカタリーナに、
「以上で全部になりますが、カタリーナ様。どうかされましたか?」
「いえ……シリルが想像以上にアレだというか」
「はい、厳しい教育のように思います。でもこの能力が有れば、転職も有利そうですよね」
何となく私がそう言うと、突如として部屋のドアが開いた。
現れたのはシリルで、涙目だった。そして私の側に近づいてきて、
「フルール、転職を考えているの! 今が転職の時代だから!?」
「え? いえ、これだけ色々と教育して頂いたので、もしここをリストラされても他に行く場があるなって」
「僕はフルールをリストラするはず無いじゃん。むしろ前から言っているように永久就職して欲しいよ! ……カタリーナ、どうしたの?」
シリルが近づいてきた無表情なカタリーナを見て小首を傾げる。
良く分からないというシリルの仕草は美形でありながら、子猫の様な可愛さのある顔の作りだったので、私もカタリーナに対して不思議な気になってしまうが、そんなシリルをカタリーナは、
「まだ着替えている最中なのに入ってくるんじゃないわよ」
「あうううっ」
シリルはカタリーナに蹴りだされた。
そのまま油断も隙もないわねと鍵をかけるカタリーナ。
そういえばシリルは“男性”だった。
しかも部屋には鍵がかかっていたはずなのにと私が思っているとカタリーナが、
「さて、あれは放っておいて総仕上げをしましょうか」
カタリーナが紙やら化粧の細かい所を修正してくれる。
そういった最後の仕上げをしてから、私は笑顔で送り出されつつ後から今日もまた、シリルのいる場所に向かっていく。
後ろにはカタリーナとアルベルクが付いてきていたが、もう気にしない。
そしてまたも遭遇する女の子の集団が。
彼女達は建物を隠れる様に集まっている。そしてもちろん彼女達の視線の先にはシリルがいた。今日は水族館の前で待ち合わせだったのだが、魚の泳ぐ看板の前でシリルは立っていた。
やはり元がいいのか、シリルが格好良く見えるなと私は思いながら、
「今日も頑張って、恋人ならどうやって落とそうとするかを経験してもらおう」
一人でそうつぶやいてから、シリルに私は近づき、
「シリル様ー!」
今回は私から手を振るとシリルは目を輝かせて微笑み私に手を振り返して、
「フルール、ここだよ!」
「えっと、待ちましたか?」
「うん、今来たところだから、それじゃあ、行こうか」
そう言って、近づいた私の手をシリルが握る。
やはりこうやって手を握ると、緊張してしまう。
そこでシリルが後ろをちらりと振り返り、
「また来たんだあの二人」
「そうみたいですね」
「追い出してもこっそりついてくるだろうし、昨日と同じように放っておこう」
そういった話をしつつ私達は水族館に向かったのだった。




