新しいお仕事
先程まで真剣に悩んでいたようなシリルが、フルールが帰って来た途端(正確には音が聞こえた)にまにま笑っていた。
その様子を見て、またも気持ちの悪い物を見たかのように眉を寄せて、
「シリル、そのだらしのない顔はなんだ?」
「そういう顔になるのは仕方がないよ。だってフルールは今頃、フルールの両親に送った手紙を見ているだろうし」
「また斜め上の方向に手を打ったのか? デートすら頭にないような男が小細工してもいい結果が出るようには思えないが」
「……それで送ったよってフルールに話したら今日はお休みだって。急いで回収したんだろうね」
楽しそうなシリルを見ながらアルベルクは変なもので見るような目でシリルを見て、
「ちなみにそれには何が書いてあるんだ?」
「フルールの事が僕にとってどれだけ素晴らしい女性なのかだよ~」
フルーへの精一杯の気持ちを記したシリルは、これで勝てるというかのように嬉しそうだ。
だがそんなシリルを見てアルベルクは遠い目をしながら、
「……この前な、もういっそカタリーナをほめそやしてやればちょっと機嫌がよくなるかなと思ってやってみたんだ」
「へぇ~、とうとうカタリーナに落とされちゃったんだ、アルベルク」
「……俺の話はいい。それで試しにカタリーナの美しさを詩的な表現でほめそやしたらあいつ、何ていったと思う?」
「……嬉しいわ、とか、大好きよ、アルベルク、とか?」
疑問形で問いかけるシリル。そんなシリルにアルベルクは自嘲気味に笑い、
「そんな夢見がちな女だったらよかったが、一言、『気持ち悪い』で終わった」
「……いやいやでも、それはカタリーナだし」
「カタリーナに聞いたら普通の女はその一言で終わるから、夢を見るなら二次元だけにしておけと言われてしまった」
「……フルールはとっても可愛い女の子だから多分、大丈夫だと思います」
「どうかな、俺は辞表を持って現れる方に賭けるけれどな」
シリルは沈黙してしばらく黙る。確かにちょっと誇張が過ぎたかもしれないが、シリルにとってそれだけ魅力的なのだとフルールに自覚してもらい、出来ればそのまま恋人になって欲しいと思っている。だから何もな違ってはいない、そう、シリルは心の中の不安をかき消すように思った。
そこでトントンとドアをたたく音がして、カタリーナが顔を出す。
「今日、フルールはお休みなのですって?」
「まあね。ちょっと、僕なりに気持ちを分かってもらおうと思ってさ」
「何をやったの?」
面白そうに笑っていたカタリーナだがシリルの話を聞いていく内に段々と笑みを消していく。最後には無表情になってシリルに一言、
「貴方、振られるわね」
「! どうして!」
「フルールは自分が普通のメイドだと思っているからそんな風に褒め称えられたら逆に疑心暗鬼になっちゃうわよ? もしかしたら辞表を提出しに来るかも」
「そ、そんなはずはない! 一生懸命に僕、勉強したんだもん。それで……」
「でもシリルがそんな風に手を打ったのなら好都合だわ。辞表を提出した所でスカウトして私のメイドにしちゃおうっと」
「ぜ、絶対にカタリーナにフルールは渡さない!」
「あら、それを決めるのはフルールでしょう? うふふ」
そんな楽しそうなカタリーナにシリルが涙目になる。
それから紅茶を飲んだりしてしばらく過ごしている。何時もなら客室にいるはずのカタリーナだが、事の顛末が見たいと言ってアルベルクと一緒にシリルの部屋にいる。
シリルは邪魔だと思ったが、追い出すのは自信がないから? とカタリーナに挑発されたので渋々この部屋にいるのを許している。やがて部屋を叩かれて、
「シリル様、お願があるのですが」
「フルール、あの……」
「辞表を提出しますので受け取って頂けますか?」
フルールがにっこりとほほ笑んで、辞表をシリルに差し出したのだった。
差し出した辞表を見てシリルが固まっていたので、とりあえずは机の上に置いて私は部屋に戻る。すでにこの家を出る準備はできていた。
シリルの両親にもお話ししてある。
事情を話した所、
「あの子もそんな夢見がちな所があったのね」
と、シリルのお母様は困ったように嘆息して、また何時でも働きたくなったら来てね、貴方のお茶とケーキ、私も楽しみだったのよと言われてしまった。そう言われてしまうとここから別の場所に働きに行くのも何となくためらってしまうそうになるが、
「うん、これもシリル様のためよね。凄く好きでいてもらえたのは嬉しいけれど、私は期待に答えられそうにないし……ご令嬢と幸せなお見合いをした方が良いよね」
そう呟きながら私は、着替えなどの入ったかばんを手に歩きだす。
やがて屋敷の外に出た所で誰かが走ってくる音が聞こえて、後ろから私に抱きついた。
普通ならば、気配だけでよけられる私だが、それが出来なかったとなると、
「シリル様?」
「そうです、フルール、行かないで」
涙声で私は言われてしまった。
罪悪感がひしひしと私を襲うがここは心を鬼にしてと振り返ると、涙目なシリルが私をじっと見ている。何だかここで抵抗したら、苛めているような錯覚を覚える気がする。
どうしようと私が思っているとシリルが、
「行かないで、フルール。僕を捨てないでぇえ」
「……お世話になりましたシリル様。それでは」
「まって、待って、お願いだから、考えなおしてよぅ」
甘える声で涙目で言われるとこうためらいの様な物が出てしまう。
しかもどことなくこの構図を見るとメイドの私の方が、美少年を捨てる側のような悪い方に見える。こんな美少年を弄んで捨てたのかというような、何となく悪役になったような気がする。
というか執事やメイドや庭師やらカタリーナやアルベルクやら見物人が集まってきているあたり、皆興味があるんだなと私は、茫然と人事のように思った。けれど私はここで折れてしまってはいけないのだと抱きつくシリルを冷たく一瞥する。
「シリル様、シリル様がとても夢見がちな方だと私は分かったんです。なのでもうここには居られません」
「な、なんで。だって僕がフルールの両親に送った手紙を見たんだよね?」
「……そうですね。でも今の話を聞くとまるで私に見せるために送ったように聞こえましたね?」
「そ、それは……」
「なるほど、あれを見せて私が落ちると思っていたと」
「う、え……で、でもあれは僕の本心で……」
「私はあそこに書かれているような素晴らしい女性ではありませんので、失礼します」
「ち、違うんだ、フルール」
「何が違うのですか?」
「あ、あれは、そう、あれは……恋文の練習本を見て書いたから僕の本音とは違うんだ!」
「……どういう事ですか?」
「女性に贈る恋文はこういうものだって本に書いてあったからその通りに書いておいただけで、僕の気持ちはもう少し違うんだ!」
「……なるほど、本を見ながら書いたと。だからあれだけ誇張されていたと?」
「う、うん。そういった文を好きな人、この場合はフルールの両親に送ッて取り戻すとフルールが取り返しに来るかと思ってほんん書いてあるように書いたんだ。僕、間違えていたかな?」
どうやら本に書かれていた内容をそのまま鵜呑みにしてしまったようだ。
貴族間の恋愛の場合は政略結婚とかも多いのかもしれないし、それを考えると普通の恋愛がシリルには分からないのかもしれないと私は気づく。
それを考えるとお見合いが上手く行かないのもその辺りが原因なのか?
「分かりました。もう少し私はここにいます」
「! 考えなおしてくれたんだ」
「ええ、シリル様は普通の恋愛が分からないからお見合いをお断りして、その口実として私が好きだと言っていると」
「え、あの僕、フルールが好き」
「もういいです、分かりました。そこまでシリル様が追い詰められているとは思いませんでした。これからはこの私が、シリル様の恋人役として恋愛がどういうものかを教えて差し上げます!」
「あ、うん、えっとそれはフルールが僕の仮の恋人になってくれるってことかな?」
頷くとシリルは小さくブツブツ呟いて考えてあら、
「よし、僕も妥協しよう。それでいい、なのでフルールよろしく」
「はい! シリル様」
こうして私のお仕事がまた一つ増えたのだった。




