潮時かもしれない
私は風の魔法を使って必死になって走っていた。
「シリル様、無茶過ぎでしょう! 何でいきなりそんな事になっているんですかというか、私に本気なんですか!」
一睡も出来なかった私の頭の中には、先ほどから延々と同じ疑問が繰り返されている。
明らかにこの展開はおかしい。確かに物語ではメイドがご主人様に見染められてといった展開もまま見るけれど、それは物語の中の展開であって、現実と私は一線をひいて読んでいたのだ。
だが、どうもシリルが本気らしい事は確かだ。
どうしてこうなった。
わけが分からないのでこの場で踊りだしたい気持ちになるが、これからどうやってシリルにお見合いを勧めようかと思う。何かの言い訳に使われている気がしないでもないし。
だが、シリルのあの口ぶりからすると、昔私達は何処かで会った事があるらしい。
「でも全然記憶にないし。あれだけの美少年だったら、会っていたら絶対に記憶に残っているだろうし」
けれど、私がどれだけ頑張ってうんうん唸っても少しも出てこない。
この年で認知症を患っていたらそれはそれで嫌だが、あんな綺麗な美少年の記憶が無い事自体がおかしい。
だがそこであ可能性について気付いた。
「もしかして女の子みたいな恰好でいたとか? 待て待て待て、そんな美少女……美少女?」
何かが頭の片隅で引っかかる。だがそれ以上はでてこない。
眠い頭で考えるにはきつい様なので後で気持ちよく睡眠をとってからゆっくりと思い出す事にしよう。それに、
「ターゲットは見えてきたしね」
そこにいたのは私と同じ魔法を使っている、速達の販売員。
服が普通の緑っぽい色では無くて、青い色をしているのでそうだろう。
この人には悪いけれどと思いながら、私は彼らの傍までやってきて手紙の入ったバッグを奪おうとする。だが、
「甘い!」
その郵便のお兄さんはそう言って私の手からよけた。
まさか普通の郵便配達員が私の攻撃を避けるなんてと思いつつ、ここで諦めてしまえばシリルに両親が説得されて、気付けば結婚にゴールインな感じである。
シリル様は確かに魅力的である。だが、恋愛感情で好きかというとまだ微妙なのである。
シリルは昔私と出会っているようだけれど私には全く記憶が無いのである。
だからそんなで好きと言われてもよく分からない。
まずはお試しでお付き合いしてみましょうという事はできるというかそれではダメだろうか。
「よし、それで行こう。そうじゃなかったら実家に帰ろう、うん」
きっと家に帰ればそこまで追ってこないだろう。
何かの言い訳に使われているだけだろうし。
そう思いながら私は目の前の速達の郵便局員に、
「貴方には恨みはないけれど、私にはそれがそれが必要なの!」
と叫んで彼と戦い、数十分の戦闘の後、どうにか勝利して私は手紙を奪ったのだった。
やってきたアルベルクは眉をひそめた。
やけにシリルが上機嫌なのである。
また何か碌でもない事をしたのだろうかと思って見ているとシリルがにまーと薄気味悪い笑みをアルベルクに浮かべた。
それにアルベルクはひきつりながら、
「なんだその顔は、何か良い事でもあった様な顔だな」
「まあね。初めからこうすれば良かったと思って」
「……何をしたんだ?」
「フルールにキスして、絶対に口説くから宣言した」
「……そうかそうか。それで気持ち悪がられて逃げられないといいな」
そう茶化したアルベルクがそこでシリルが笑顔のまま固まっているのに気づいた。
まさか考えていなかったんじゃないだろうなと不安を抱いているとそこでシリルが、
「いや、僕みたいな美少年でしかも貴族が口説いているんだから、大丈夫大丈夫」
「その地位を利用しようとしているんだったら、フルールはもっと早くシリルに落ちていただろうけれどな」
「……いやいや、フルールは僕に好意は持ってくれているから大丈夫だと思う」
「その好意が恋愛感情でなかったからこんな風になっているのでは?」
凍りついたシリルに嘆息しながらアルベルクは話題を変えようと、
「それでそのメイドは今日は何処に?」
「……フルールの両親に結婚を前提にというお手紙を送ったら取り返しに行きました」
「そんなことをすると嫌われるぞ」
「僕の本気を知って欲しかったんだ」
「だがその手紙の前に、フルールのご両親には手紙は送ったのでは?」
「うん、今度はちょっと要求をグレードアップして、後はフルールへの思いを綴って、結婚を前提にというお手紙を四通ほど別ルートで送りました」
「それであのメイドは取り戻しにいったと」
そこでそれを取り戻しに行くメイドのフルールもどうかとアルベルクは思ったが口には出さない。
だがそこでシリルが暗く笑い、
「でもまだまだ僕はフルールを追い詰める予定なんだ」
「その前にデートに誘ったり地道な所から始めたらどうなんだ?」
「デート?」
「不思議そうに言う時点で何を言っているんだお前は状態だぞ」
「……しまった、その途中過程を忘れていた。早速誘ってくる」
シリルが焦ったように呟いたのだった。
どうにかこうにか手紙を取り返し私はふらふらしながら屋敷に戻ってきた。
シリルには今日は休みだと伝えてある。もう眠くて仕方がない。
「何とか四通手に入れたし、今日はお休みなので寝よう。よいしょっと」
私の部屋は二階なのだが、軽く地面を飛びあがり窓際までやってくる。
しめた窓を軽く引っ張って開き、中に入る。
さて、これで私もゆっくり眠れるはず。まずはメイド服を脱ごうとおもって脱ぐ。
次にパジャマに着替え始めた。水色に花模様のついたそれだが、適当にそれを着てベッドにごろりと転がった。
ふかふかの布団はとても心地よくて、すぐにでも夢の世界へと旅立ってしまいそうだ。
…………。
……。
「……気分が高ぶって眠れない」
私はぐったりしたように呟いた。
そもそもいきなり好きだと言われてキスされて両親に手紙を出されるのはおかしいと思う。
もうちょっとこう、恋愛感情を熟成させる期間が必要なのではないかと私は思うのだ。
「あとでどうして私を好きになったのかシリル様に聞いてこよう」
そうでないと全く納得できない。
私にとっては今回初めて会っただけなのだ。
そこで私はある物に気付いた。
そう、シリルが私の両親に送った手紙四通である。
多分全て同じ内容だろうが、でも、シリルはどんな風に私を見ているのだろうという好奇心から、手紙を一通開いて……私は後悔した。
『麗しのフルール、僕は何時だって彼女の事が忘れられないのです。片時も彼女を忘れた日など(略)……彼女の輝く黒髪と頬笑みが、僕を捕らえて離さない(略)……ここまで僕の心をわしづかみにしているのですから結婚をお許しください』
途中途中の文面は、誰だそれはという内容だったので私は薄くぼんやりとした目で文字を見て見なかった事にしながら読んでみた。
やはりここに書かれているのは私とは思えない。
それともこれほどまでにシリルの中の私は美化されているのだろうか。
「まさかそんな! ……そんなわけないよね」
呟きながらそれを全否定出来ない自分がいると私は気づいた。
気付いて頭痛がした。
試しに他の手紙を開くと、似た話が書いてある。
これはもう無理かもしれない。
「こんな風に美化された状態で恋人になったとしても上手くいかないよね」
ここはとても良い職場だったけれど、潮時かもしれない。
邪魔してやるとシリルはいっていたが、こうまでされているとそれに応える自信が私にはない。
後でシリルに辞表を提出しよう、フルールはそう考えて、そうするとようやく眠けが出てきて眠ってしまったのだった。




