私にはヒロインは務まらないので
時間はフルールが部屋を出ていった直後に遡る。
「シリル、貴方、意外に憶病なのね」
「うう、反論できない」
シリルがカタリーナの辛らつな一言にがっくりとうなだれていた。
だがあの時はあ言うしかなかったのだとシリルは思う。
そうでなければフルールはここから出ていってしまう。それもシリルのためだと言って。
本当に僕のためだと思うのなら、傍にいれば良いのにとシリルは思うのだ。
なのに結果はこれである。
そんなシリルにカタリーナが、
「なんであそこで“うん”ていうのよこの、へたれ」
「う、うう、だってフルールが凄く不安そうに僕を見るから、うう。それにここを出ていくか持って言うい」
「どうして自分の恋愛ごとにはこうも弱気なのかしら。押しが弱いと他の男に取られるわよ?」
「……その時は裏から手をまわして破滅させてやる」
「面倒臭い」
深々と嘆息すカタリーナを見ながら、自分はもう恋人を手に入れて逃げられないようにしているからこんな風に強気でいられるんだとシリルは心の中で思った。
けれどシリルにしてみれば、
「焦ってフルールを失うくらいなら、この方がずっといい。フルールは全部忘れてしまっているけれど、僕にとっては大好きな相手だって再確認できたわけだし」
「……言い訳のようにも聞こえるけれどそれも一理あるわね。でもシリルの元から逃げるんだったら私が貰ってしまいましょう」
「絶対に絶対にカタリーナにはあげないから!」
「奪われたくなかったら頑張って落としなさいね」
「……うん」
カタリーナに激励されてシリルは頷く。
どうあっても手に入れたいと思うような少女だったのだ。
だが現状では斜め上をいくような展開が続いている。
原因はあのフルールがとてもとても優秀なメイドだった点である。というか、
「あれだけ能力があれば地位とかそういうのは置いておいて、周りを説得できる能力はフルールにあるというのに、何でああも自分を卑下するんだろう」
「それは自分がまだ“普通”のつもりなんじゃない」
「フ、フルールの能力を自覚させ……でもそんな事をしたら新たな相手との力比べに旅立ってしまうとか……そ、そうだ、そのためのドレスだったんだ。よし、このままツーショットをとりたいというのも含めて色々言い訳してフルールに女の子らしい能力を付けよう」
「結局はそこに辿り着くのね。でもそれはそれで楽しめそうだから協力してあげてもいいわよ」
そう答えるカタリーナにありがとうと伝えるシリル。
そこで駆け込んできた執事と、たまたまドアの傍にいたアルベルクが何やら話していた。
真剣にシリルとカタリーナが話していたので声をかけずらかったのかもしれないが、聞いてすぐに深刻そうな顔になったアルベルクが、
「フルールがこの屋敷で“翡翠の涙”の一員に攫われたらしい」
「……それで、場所は?」
「今執事の一人が追っているらしい。もう少し待つように、だそうだ」
「……少し結界を緩めて、人が入りやすいようにしたのがいけなかったね。早めに片を付けたいからわざとそうしたけれど、それが裏目に出たな」
「それでシリル、どうする?」
「ああそうだね。フルールを攫った彼らには、その命をもって償って貰おうか」
「……シリル、もうすこし穏便に」
「穏便? フルールを攫ったのに?」
感情の無い瞳で笑みを浮かべるシリルにアルベルクはひきつった笑みを浮かべる。
昔からこのシリルは怒っても特に表情が変わらないのだ。
それでいて、やることといえばあれだ。敵には容赦がない、この人物に睨まれたら最後、生きて戻っては来れないという恐ろしい人物なのだ。
フルールがきてからという物、どう見ても駄目駄目な恋に溺れる男になっているので忘れていたが、彼はとても危険な人物なのだ。
それがこんな状態になっているので、アルベルクはカタリーナに目配せし、一緒になってあーだ―こーだ宥めた。
同時に場所を追跡した執事からいち早く情報を得てシリルよりも先に手を打たなければとアルベルクは焦っていたのだがそこで、
「あ、シリル様、ただいまです」
ドアから執事らしい人と一緒にフルールが現れた。
シリルも含めた全員が動きを止めた。
連れ攫われたはずの本人が明るい声で戻ってきたら多分そうだろう。なのでシリルは、
「……フルール。攫われたんじゃ?」
「逃げてきました。そしてアジトは壊滅してきましたよ~。私にヒロインは務まらないので自力で帰ってきました」
「あ、うん、そうなんだ」
「それでその人達が自慢げに持っていたものをお土産に奪ってきました。私には何か分からないので、シリル様、みて下さい」
「そうだね。うん、分かった」
シリルはそう答えながら、フルールの取り出したそれを見て驚きに目を開いたのだった。




