0 少年と事故
いつか、どこかの鉄路で。
少年が枕木に座りこんでいた。
彼は家出してきたのだ。みすぼらしい鉱山村を見捨てて、一日中歩いてこの線路にたどり着いた。
彼の決意はまだ固かったが、体はもうへとへとだった。
あたりは一面の荒野。
あるのは岩と砂と、まばらに生えた草ばかり。動くのものといっても、ひょろ長く伸びて黄色に干からびた草が、風にそよいでいるだけだ。
線路は四本並んでいる。
四本並んで、同じ向きに三百メートルほど続いていた。少年が座っているのは、そんな場所の端っこだ。
少年から三十歩ほど離れた所に、へんてこな、風車みたいなものが立っている。
小さな縦風車のような、四枚の羽根がついた鉄の機械だ。
少年の胸ほどの高さで、上には電気ランプが乗っている。ランプには羽根と同じ向きに一つずつ、全部で四つのレンズがついていた。
そんなへんてこ風車の足下には、平べったくて大きな鉄の箱がある。横では、線路が二本ずつ合流して、四本から二本に減っていた。
少年はその機械の名前を知らない。
でも、何に使うのかはわかった。線路の切り替えだ。
切り替えがあって、線路が何本もある。
少年はここが、機関車がすれ違う場所であろうと考えた。
機関車が止まるのを、少年はじっと待っていた。
とても寒い砂漠の夜が、もうすぐそこまで迫っている。
少年のボロボロのシャツとズボンでは、とても夜を越すことはできない。おまけに水も食べ物もない。
機関車が停まってくれなければ、少年は明日の朝まで生きられないだろう。
それでも、少年は待ち続けた。
街へ行きたい。列車に乗って、広い世界へ行きたい。
彼の頭の中には、もうそれしかなかった。
乗せてくれるように頼む言葉を、少年はひたすら口の中で繰り返す。
「道に迷ってしまいました。となり町まで乗せてください……道に迷って……」
しばらくすると、へんてこ風車の電気ランプが、急にパチパチと音を立てる。
チカチカとまたたいたあと、ランプは急に、まぶしく光りだす。へんてこ風車がガシャリと回転して、赤い羽根と赤い目玉を見せて止まった。
足下ではレールが、ギコギコと音を立てて動く。
「……来るのか」
少年はふらりと立ち上がった。
頭の上にはベッタリした空の青が広がる。そして夕焼けに照らされた、岩山のオレンジ色が見下ろしてくる。
フラフラと頼りない足どりで、少年は線路からはなれる。
もう三度も、こうして列車が来るのを待ちかまえた。
でも、一度も列車は停まらなかった。日暮れまであと少し、チャンスはもう何度もない。
停まってくれ。
少年はギュッと拳を握った。
フゥオォーッ、とよく通る汽笛がこだまする。
ふり仰いだ少年は、岩山のかげから出てくる灰色の機関車を見た。
機関車はこちらへ向かってくる。
煙突から真っ白な蒸気をモクモクと噴き出し、ガッシュガッシュと、まるで岩なだれのような足音を響かせて。
後ろには何台もの貨車が、まるで白くて長い尾のようにつながっていた。
機関車は速度を落とすと、堂々とした様子で信号場に入ってくる。
そしてゆっくりと、少年の待つ線路へと曲がった。
白いカゴのような形をした貨車が一両、また一両と同じ線路に入ってくる。
少年は列車が停まると確信して、思わず握った拳で胸を叩いた。
そのときだった。
突然、貨車が変な動きをはじめる。
三両目の貨車がグラグラと揺れる。
線路を曲がり損ね、真横を向いたかと思うと、たちまちドシーンと重い地響きを立てて転がった。
被さっていた灰色の布が外れて、中から真っ白な粉が、まるでひっくり返したバケツの水みたいに飛び散る。粉はたちまち煙に変わり、入道雲のようにふくれ上がった。そして、あっという間に列車を覆い隠してしまった。
「え?」
少年はあっけにとられて、その場に立ちすくむ。
真っ白な煙の向こうで、ひどい音が立て続けに上がった。
何かが激しくぶつかる音に、鉄のひしゃげる音が重なる。さらにもう一回、ズシーンと重い音が響き、地面が大きく揺れる。
そして煙の中からだしぬけに、機関車の丸い頭が飛び出てきた。
煙突からモヤモヤと元気のない蒸気をなびかせて、機関車はまるで死にかけの牛のように、のそのそと少年に近づいてくる。
いまさらながら、少年はその大きさに驚いた。
住んでいた小屋よりも、村一番の礼拝堂よりも大きい。
機関車は少年の直前で、ブシュフゥゥッ、と大きな息を吐いて止まった。
車体の下から蒸気が噴き出して、生暖かさで少年をふんわりと包んでくれる。
少年はおかしな事に気がつく。貨車がない。少ない。
機関車の後には、カゴのような形の貨車が二両つながっているだけだ。
貨車が足りない。残りの貨車はどこへ行ったのか。
少年は答えを見つける。
機関車の左隣の線路を、貨車が進んでいく。それも一つではない。さらに一つ、その先にもう一つと続いている。
見ている間に、全部で八両になった貨車が、ゆっくりスピードを上げて線路を進んでいく。
ふいに機関車のドアが開いて、頭の禿げた男が飛び出してきた。
男はひどく慌てた様子だった。
心配そうに辺りを見回しては、泣きそうな顔で、髪の毛のない頭をかきむしっている。
少年にはまったく気づいていない。
男の灰色つなぎ服と、肩に光る二本線の肩章から、少年はその男が機関士なのだと考える。
「……えっと、機関士さん」
声をかけてみたが、機関士は顔を真っ青にして、流れていく貨車を見るばかりだ。
彼の半開きの口からはブツブツと低い声がもれている。
「事故だ……事故っちまった……もうダメだ……誰か、誰でもいい、止めろ……あれを止めてくれよ」
少年はもう一度、貨車を見た。
自分の家ほどにも大きく、とても重そうな貨車たち。
止められるなら止めてあげたかったが、とても少年の手では無理だ。
少年はあれほど繰り返した文句も忘れて、機関士にポツリとつぶやいた。
「無理だよ……止まらない」
「……だよな」
機関士は、少年を見ることなく答えた。
夕暮れの光が岩山の向こうに消える。
少年と機関士はそろって、呆然と貨車を見送った。




