8 友だちになりたい
「あ、ティアナ気がついた?」
瞼を押し上げると、何故か目の前にはエリーゼの顔があった。
まだ目覚めたばかりで頭が覚醒していない。そんな俺に、エリーゼは柔らかい表情で笑うと「クラウス兄様を呼んでくるね」とだけ告げて、立ち上がる。
ぼんやりした頭のままで、俺は周囲に目をやった。見覚えのある板目の床。ここは乗合馬車の中か。俺はそう判断を下す。どうやら俺は馬車の中で横になって眠っていたらしい。
床が動いたりはしていないから、馬車は停まったままのようだ。移動中ということはないらしい。周囲に目をやれば、俺と同じように横になっている者や壁に身を寄せて座り込んでいる者などの姿が見えた。
中には怪我をしているような人もいて、今更ながら自分がどういう状況だったのかをようやく思い出す。
そうだ。乗合馬車が襲われて、戦闘になって。その途中で俺は――。
そこまで考えていた時、俺の思考は途切れた。急に声をかけられたからだ。
「ティアナ様、具合はどうですか?」
言いながら手に器を持ったクラウスが、馬車の中に入り込んできた。
クラウスは俺の隣にしゃがみ込むと、俺の顔を覗き込む。
「まだ少し顔色がよくないですね。もう少し休んだ方がいいでしょう。スープを持ってきたんですが、食べられますか?」
クラウスの言葉に、俺は力なく頷く。
本音を言うと食欲は未だ殆どなかったけれど、食えるのならば腹に入れた方がいいに決まっている。食べることは生きることだ。食わねば、何者であれど生きていくことは出来ない。
俺は上半身を起こして、クラウスからスープを受け取る。
薄いスープには俺の顔がぼやけたように映っていた。琥珀色の水面に視線を落としながら、俺はクラウスに訊く。
「……あれから、どうなった?」
寝起きだからなのか、俺の喉から出た声はどこか掠れている。そのせいか、普段より自分の声がしおらしいと感じた。情けない。覇気のない自分の声に、自分でそう思う。
クラウスもそれに気がついただろうが、彼はただ淡々と俺の疑問に答えただけだった。
「賊は皆倒しました。御者と馬が怪我を負ってしまったので、乗合馬車は動けずあの場所の近くで停まったままです」
「……そうか」
ほんの少しの間の後、クラウスの言葉に俺はそれだけを返す。
別にそこには複雑な意図などなくて、他になんて返事をしていいのか分からなかっただけだ。それは良かったと言う訳にはいかないし、なんてことだと騒ぎ立てる程のことでもない。良くも悪くもない現状に対する感想が何も浮かばなかった。ただそれだけのこと。
それでも、クラウスは俺とは違う印象を抱いたらしい。
心なしか俺を見つめるクラウスの視線に、子どもを宥めるような穏やかさを含んでいるのを感じた。多分、心配しているのだろう。
「御者と馬はエリーゼの魔術で治療済みですから、明日には出発できるでしょう。今の内にしっかり休んでおいてください」
「そうだな。これ食ったら寝ることにする」
俺はそう返事をすると、スプーンでスープをすくう。スプーンが触れると、琥珀色の水面が揺れて歪んだ。途端に、スープの中に映りこんでいた俺の顔もグシャグシャに歪んで掻き消える。
「……すみませんでした」
スプーンを口元に運んだとき、ぽつりとクラウスが告げた。
俺は思わず食べるのを止めて、視線をクラウスに向ける。視線を落とし、馬車の床を見つめるクラウス。その横顔を眺めながら、俺はクラウスの真意を探る。
“すみませんでした”。
俺の認識が正しければ、それは謝罪の言葉である筈だ。それを認識すると同時に、何故という疑問が湧く。
クラウスは一体何を謝っているというのだろうか。クラウスが俺に謝らなければいけないことは何もない筈だ。無様に意識を飛ばしたことを思えば、むしろこちらが謝らなければならないのではないだろうか。
「貴女は王都生まれの公爵令嬢です。配慮が足りなかったと思っています」
そんな俺の思考などクラウスは分かるはずもなく、一人その心中を吐露していく。
誰が勝手に話を進めていいと言った。
「ニダヴェリーで貴女に会ったとき、俺は貴女は変わってしまったのだと思っていました。貴女はしたたかになっていた。その時、思ったんです。アルに懐き、心優しかったティアナ様はもういないのだ、と」
その認識は間違っていない、と俺は思う。
王都を出る前と後では、俺は最早別人だ。人格が入れ替わったとか、何かに憑かれていると言われても納得してしまうくらいには。だから、クラウスの言葉は正しいと思う。
ただし、だから何だというのが俺の本音である。
別人になった。だから何だ。それが先ほどの謝罪とどう繋がるというのか。
クラウスの言いたいことが見えてこない。俺は続きを促すために、横槍はいれずに黙ってクラウスの言葉に耳を傾けた。
「でも、貴女の本質は変わっていなかったのだと今は思います。戦いの最中、貴女は敵である賊の命さえも心配した。今も昔も変わらない。貴女は誰かが傷つく姿を厭う、心優しい公女だ。そんな貴女の前で仕方ないとは言え、残酷なものを見せたと後悔しています」
淡々と告げるクラウスに俺は頭を横殴りされたような気分になった。
何を言っているんだ、この男は。思わず額に手をやってしまう。
俺はため息を一つ吐いてから、スープの器と匙を床に置いた。それから、視線を落とすクラウスの頬に右手を伸ばして。
「なめんな」
思いっきり引っ張ってやった。
驚いたような顔のクラウスが、俺をぽかんと見つめる。頬を引っ張られているせいで折角の丹精な顔立ちも何だか間抜け面になってしまっていた。その間抜けさに、少しだけ胸の内がすかっとする。
「お前は一体何に謝ってるんだ? お前のどこに失態があったって? 誰が心優しい公女だって? お前の目は節穴か」
指先にぎりぎりと力を込めながら、俺は早口で言葉を紡ぐ。自然、口調が刺々しいものになってしまうが仕方ない。
頬を引っ張りながら、このままクラウスの頬がどこまで伸びるか試してやろうか、なんて不穏な思考が頭を過ぎった。
大体、俺は無駄に美形な男は好きじゃないのだ。奴らは大抵顔がいいというだけで得をする。世の中はわかりやすく不平等で、だからこれは顔立ちが無駄に整っている男への意趣返しの一つなのだ。
今の俺は誰がどう見ても美少女だが、前世では美形とは口が裂けても言えやしなかった。そんな身の上としては、これくらいの嫌がらせは許されるだろうと思う。
嫉妬は醜いと同時に執念深くもあるのだ。世のイケメンよ、爆発しろ。いや、爆発まではしなくていいから少しは痛い目見ろ。とりあえず今はイケメン代表として、とことん間抜け面をさらせクラウス。
などと、とんでもなくくだらないことを考えながら俺は指先にさらに力を込めた。
「てぃふぁなさま、いひゃいです……」
されるがままになりながら、それでもクラウスがそう告げる。
本当に嫌なら、俺の手くらい叩いてしまえばいいのだ。クラウスなら、小娘の指を払うくらい簡単なはずではないか。それをされない辺り、俺は甘やかされているのだろう。
仕方がないので、俺はぱっと右手の指をはなしてやった。
見上げたクラウスの頬はほんの少し赤く染まっている。少しばかりやりすぎたかもしれない。が、俺は反省など当然していなかった。
「馬鹿なことを言ってんじゃねーよ」
吐き捨てるように、俺は言う。
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ」
くだらない、と俺は思う。
クラウスの言葉がくだらない。彼の謝罪がくだらない。見当違いな罪悪感を抱いていることがくだらない。そして、一番くだらないのはそんな罪悪感を抱かせてしまう程度の存在でしかない俺自身なんだろう。
我ながら、自分のことを情けないと思う。
運命を変えると息巻くだけで、出来ることは家事手伝い程度だ。
エリーゼのような魔術を使えるでもなければ、剣術に優れるでもない。無力な小娘。自分の役立たずっぷりが情けない。
ましてや、あれしきのことでぶっ倒れてしまうっていうんだから我が事ながらやりきれない。
いつから、俺は繊細なお嬢さんになってしまったのか。まるで、守られるだけの可愛いお姫様だ。そんな存在などクソくらえだと、誰よりも思っているというのに。
いつだって理想と現実には埋められない溝がある。それがどうしようもなく悔しい。
「俺は心優しい公女様なんかじゃねぇよ。もしそうなら、そもそもこんなところに居やしねぇ」
俺はアルフレッドの立場が面倒くさいことになっている要因を作った女だ。同情の余地などどこにある。
こんな我が身のことばかり考えている自己中が倒れたって、ざまぁみろと腹の中で笑い飛ばしてやればいいのだ。
大体、可愛らしい公爵令嬢なんてどこにいるというのか。
ここにいるのは可愛げのない女――なのかすらも怪しい存在だぞ。
「俺は聖人君子にはなれない。自分の命か周りの誰かの命かって問われたら、間違いなく自分の命を優先する」
この世界はわかりやすく弱肉強食のシステムで出来ている。ならば、他を蹴落としてでも俺はヒエラルキーの一番天辺に立ちたいと思う。誰よりも強く、誰にも踏みにじられることない立場に。狩る側か狩られる側かなら、当然狩る側になりたい。
そんな人間のどの辺が心優しいのかを、訊いてやりたいくらいだ。
「あの時お前に『殺すのか?』って訊いたのは、それに慣れてなかったからだ」
慣れてなかった。ただそれだけ。
死というものをそんなに間近に感じる機会は前世でも、今世でもなかった。だから、目の前であっさりと命が失われていく姿に恐怖を感じた。それだけのこと。
理性ではそれが正しいと知っているし、感情でも自分たちを襲った賊に同情するようなことはない。そもそも俺は同情が何より嫌いだ。
大体、法も倫理観も整備された社会のシステムの中でしか意味をなさないものだ。そんなものは人の暮らす場所であってこそ、その役割を果たせる。人里離れた森の中、しかも賊に襲われているという場面で、相手の命を気にする方が愚かでしかないのだ。
「だから、お前がそんな顔する意味なんて全くないんだよ」
ばぁーか。俺は軽い口調でそう言い放つ。
そのまま、何故か俺なんかよりよっぽど傷ついた顔をしているクラウスの額を手のひらでペしりと叩く。
俺は平気だ。何ともない。俺はそう言って、笑っている。
本人が笑っているのに、気にするなんて無駄でしかあるまい。
クラウス、お前の心配は無意味なんだよ。だから、変な心配や罪悪感なんて要らないんだ。
俺は親切ではないから、そこまでは口にはしなかったけれど、俺の言いたいことをクラウスは察してくれたらしい。
「……貴女がそう言うのなら、俺はもう何も言いません」
そう言いはすれど、クラウスは納得していないという顔だ。
けれど、俺が大丈夫だと言い張る限り、踏み込んでは来ないだろう。この男はそこまで無作法ではない。自分の出来ることと出来ないことを、クラウスはきちんと弁えている。
俺はクラウスを頼らないし、クラウスも自分に頼れとは言わないだろう。
俺たちはただの協力関係。そして、俺はそれ以上を望まない。この距離感がちょうどいいと、俺は思っている。それを察せないなどとは言わせない。
諦めたように、クラウスは小さく嘆息した。
「さっきまでのこともあります。一人で眠るのは不安でしょう。後でエリーゼをやります」
クラウスはそれだけを告げると立ち上がる。
俺が強固に言い張る限り、クラウスには手の打ちようがないのだ。他人の意思を曲げる手段など誰も持ちはしない。
後は放っておくのが最善だと、言うまでもなくクラウスにも分かっているのだろう。
クラウスは早々に撤退することに決めたらしい。
「お休みなさい、ティアナ様」
「……おやすみ、クラウス」
俺は去っていくクラウスの背中に、そう告げた。
「やっほー、ティアナ。スープは食べた?」
クラウスが去ってしばらくした後、そう言いながらひょっこりとエリーゼが顔を出した。
「ああ、ちょうど食べ終わったところだ」
食欲がないとか言いながらも、器の中は何だかかんだですっかり空だ。確かに先ほどまで食欲がなかったのは事実だが、実際に胃の中に収めてしまえば現金なもので、俺はぺろりとスープを平らげてしまった。むしろ、物足りなさを感じるくらいだ。
女とは言え、まだ十代の胃袋。スープ程度で膨れる訳がない。
そんな俺の思考を読んだ訳ではないだろうが、えへへと笑いながら俺の隣りにちょこんと座り込んだエリーゼの手には焼き菓子が握られていた。
「これ、ニダヴェリーで買ったの。それだけじゃ足りないでしょ? 半分こしよ」
そう言いながら、エリーゼが焼き菓子を二つに割る。
上手く二つに割れた焼き菓子の半分を、エリーゼは「はい」と俺の目の前に差し出した。
俺は遠慮なくそれを受け取る。口に含めば、優しい甘さが広がる。空腹のお腹に小さな幸せが訪れたのを感じた。
「腹が減っては戦はできないもんね! お腹いっぱい……は無理でも、なるべくご飯は食べないと」
言いながら、エリーゼも焼き菓子を口に含んだ。途端にエリーゼはふにゃーと頬を緩める。けれど、まだ物足りなかったらしく、食べ終えた後は「もっと買っておけば良かったー」と眉尻を下げながらしょんぼりと肩を落とした。
まるで百面相だ。焼き菓子一つで、見ていて飽きないほどくるくると表情がよく変わる。
エリーゼは俺と年は変わらない筈なのに、随分と子どもっぽいと思う。戦闘の時に容赦なく魔法を使った姿とはまるで別人のようだ。
「……あのね、ティアナ」
そんなことを俺が考えている合間に、エリーゼは居住まいを正して俺に真摯な視線を向けた。声のトーンがいつもより低い。きっと言いにくいことを言葉にしようとしているのだろう。
「クラウス兄様に何か言った?」
少しの間の後に、真剣な顔をしてエリーゼが俺に訊いた。
「……別に」
それに対して、俺の返答は簡素だ。
実際に俺自身は何もおかしなことなど言っていない。変なことを言ったのはクラウスの方だ。“何か言った”のだとすれば、それはクラウスだろう。
「そっか、それならいいんだ」
ふにゃりと愛好を崩しながら、エリーゼが言う。
「兄様、何か傷ついた顔していた気がしたから。ティアナと喧嘩でもしたのかなって心配してたの」
「喧嘩なんてする訳ないだろ」
そんなものは親しい仲の者がすることだ。俺とクラウスがするような事柄ではない。
第一、あれは喧嘩と呼べるような代物ではなかった。
一方的に自分の意見を述べて、終わり。ぶつけ合うような感情や理論も何もない。あんなのは喧嘩とは呼べない。
「ティアナはさ、小さい頃からクラウス兄様のことを知っているんだよね?」
「……まぁな」
一応、クラウスもアルフレッド同様、俺の幼馴染と呼べるのだろう。アルフレッドやクラウスとは小さい頃はよく一緒に屋敷で遊んでいたものだ。アルフレッドが俺の正式な護衛に任命された頃から、クラウスとはすっかり縁遠くなってしまっていたけれど。
今思えば、それもクレヴァー家の家督の問題や、アルフレッドの面子を保つためでもあったのだろう。屋敷からまともに出ることも叶わないお嬢さんでしかないティアナには、知る由もない話であったが。
「それじゃあ、クラウス兄様がすっごい優しい人だってこと知ってるよね」
エリーゼは俺の目を真っ直ぐに見つめながら、語る。
「クラウス兄様はね、いつも私やアル兄様を守ってくれるの。大切にしてくれるの。傷つけたくないって思ってくれる。私が魔術師になるって言った時も一番反対したのはクラウス兄様だった」
知っている。「恋革」ではその時のエピソードが語られていた。
兄たちの役に立ちたくて魔術師という道を選んだエリーゼ。クラウスはそんなエリーゼに強く反対していた。クラウスは守りたかったのだ、エリーゼの小さな手のひらを。その手のひらには綺麗なままでいて欲しいと願っていたのだ。
何も自分たち同様、血に汚す必要はない。自ら不幸を背負わずに、温かい守られた場所で過ごしていればいい。それは仮初めの幸せかもしれないが、不幸よりはずっとマシだ。
が、幸か不幸か、エリーゼには魔術師としての才能もあり、本人の意思も固かった。結局は今のように、エリーゼは魔術師として戦うことを選んでいる。
本人が言って聞かないのだ。クラウスもそれを受け入れるしかなかった。
クラウスの本質は善人だと思う。飴か鞭かで問われれば飴だろう。特にアルフレッドやエリーゼに対しては特に甘い。懐に入れた者に対しては、ヤツはとことん寛容で過保護になる。
「兄様はね、ティアナのこと申し訳ないって思ってるんだよ」
ぽつり、呟くようにエリーゼが言う。
「私は馬鹿だから、何にも考えてなかった。ティアナが王都に戻ってくれば、アル兄様が助かる。それしか考えてなかった。その後のティアナがどうなるかなんて全然考えてなかったの。でも、兄様は違う。きっと最初から知ってた。だから、クラウス兄様はティアナに申し訳ないって思ってる」
エリーゼの根本が能天気なことなど百も承知だ。この娘は基本的に、論理的な思考ではなく直感で動く。深く物事を考えるのは苦手なことなど「恋革」をしていれば、すぐに知れる。分かっていたことに対して恨み言を言うつもりなどない。
クラウスが俺よりもアルフレッドを選ぶだろうことだって、同じだ。初めから分かっていたことに対して、憎悪も怨恨も湧いたりはしない。
ましてや、クラウスの立場を思えばアルフレッドを選ぶのは当然のことで、だから、謝られてもむしろ困るのだ。
人は常に選択を迫られて生きている生き物だ。選択とは、一つの可能性を選び取る代わりに、一つの可能性を捨てることに他ならない。
俺がクラウスの立場なら、同様の選択をしただろう。
捨てられた可能性が自分だとしても、それは仕方がないことだと思う。
「本当はね、クラウス兄様はティアナにも生きていて欲しいんだよ。ティアナにも笑っていて欲しいんだよ。兄様はそういう人だもん」
知ってるさ。だから、俺はそこにつけ込もうと考えているんだから。むしろ、そうでなくては困るとも言える。
エリーゼの言いたいことは何となく分かった。けれど、その話の結論は一体何なのかが見えない。
「……お前は何が言いたいんだ?」
俺は怪訝な顔でエリーゼに問いただす。
だから許してやれ、とでもエリーゼは言いたいのだろうか。
だったら、それはとんだ見当違いな発言だ。
俺は最初からクラウスを恨んでなどいないのだから。許すも何もないのだ。
呆れながら、そんなことを思う。けれど、返ってきた言葉は明らかに俺の予想の斜め上をいくものだった。
「私、ティアナと友だちになりたい」
これ以上ないくらい真剣な顔で、エリーゼは言った。
あまりに予想外の言葉に、俺は絶句する。
どうして、今までの話からそんな結論に至るのだろう。エリーゼの思考回路が理解できない。
「私ね、最初ティアナに会った時、ちょっと嫌な子だなって思ったの。だけど、エリーちゃんと話している姿を見たとき、本当はすごく優しい子なんじゃないかなって思った」
エリーゼはその時の様子でも思い出しているのか、僅かに目を細めた。
「クラウス兄様も多分私と一緒。ティアナと仲良くなりたいの」
だから、とエリーゼは俺の手を握った。
「一人で強がんないでよ。苦しいって言ってよ」
触れ合ったエリーゼの指先が熱い。その温かさが、じんわりと染み渡るように俺の指先を温めていく。
「嬉しいのも楽しいのも、辛いのも悲しいのも分け合えるのが友だちだもの。私はティアナとそんな友だちになりたいんだよ」