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5 あったら面白いと思わないか?

 クラウスの話を要約すると以下のようになる。


 アルフレッドは俺が行方不明になった後、老議会に尋問を受けることになったのだそうだ。そこで俺がどこに行ったか心当たりがないかと問われたとき、あの男は「巫女は西海岸の方へ馬を走らせた」と答えたらしい。

 老議会はアルフレッドのその言葉を信じ、俺を探すための追跡隊を編成し西海岸に向かわせた。港での船の出入りもかなり規制されたそうだ。

 だが、当然俺は西海岸へは向かっていないので、巫女が発見されることはなかった。一体、巫女がどこへ向かったのかと老議会はさぞ苛立ったことだろう。巫女の存在はこの世界の要だ。行方不明だなど知れれば、それはもう聖王国だけの問題ではない。国際的責任を問われることになる。

 そんな時、老議会に一つの情報がもたらされた。巫女が行方不明となったあの日の晩、東南に向かって馬を走らせる不審な人影を見たというものだ。また、その情報に追随するように、聖王国東南の街で巫女と外見が一致する少女が一人で旅をしている姿の目撃情報が多数上がった。

 アルフレッドが嘘の情報を流し、彼女を庇っていると老議会の連中が気がつくのは当然の流れだったに違いない。

 そもそもアルフレッドは武術にも優れる将来を有望視された青年だ。いかに巫女とはいえ、小娘一人を取り逃がしてしまうだなんていうのはまず有り得ない。

 情に絆されたアルフレッドが巫女に真実を話し、彼女の逃亡を手引きしたのではないかという噂が流れるまでにそう時間はかからなかった。

 それ以前から監視対象である巫女を逃がしたことで、アルフレッドの立場はかなり悪くなっていたらしい。それに今回の噂も相まってアルフレッドは益々老議会からの心象を悪くする。それなのに、当のアルフレッドは噂に反論すらしようとしない。彼はあくまで巫女は「西方へ向かった」と言い張るのみだ。

 今でこそ、何とかクレヴァー家の力で持ちこたえてはいるが、それもあまり長くは持たないだろう。間もなくアルフレッドは処刑される。巫女を庇った重罪人として。


 話を聞きながら、俺はアルフレッドの頭をぶん殴ってやりたい気分になった。

 俺は自分が一番可愛い人間だ。他人の為に犠牲になるのなんて絶対に嫌だと平気で宣うような人間でしかない。情をかけるにはあまりにも可愛げのない女だ。

 そんな女を庇ってどうすると、俺は思う。

 いや、今までの儚いティアナのイメージで彼は俺に情けをかけているのかもしれないが、俺の豹変はアルフレッドの知るところでもある筈だ。むしろ、変なものに憑かれたとか精神が病んでいるのだとかそういう風に思い込んで、俺の確保を優先するものだと思っていた。

 正直に言えば、俺はアルフレッドがここまで俺に尽くしてくれるだなんて微塵も考えていなかったのだ。

 人が良いやつだから心の中では俺に申し訳ないと思うことはあっても、ここまではっきりと正面から俺を庇うような愚かな真似はしないだろう。俺はそう思っていたというのに。

 馬鹿野郎。逃亡した巫女を庇うだなんてどう考えても悪手だろう。それが分からないほど、お前は愚か者ではなかったはずだ。

 話を聞きながら、ここにはいないアルフレッドに対して、思わず愚痴の一つも言いたくなった。





「このままではアルフレッドは責任を負わされて死ぬことになるでしょう。ティアナ様、急ぎ俺たちと共に王都へお戻りください」


 話を終えた後、クラウスはもう一度俺に向かってそう言った。

 彼の言いたいことは分かった。だが、俺はそれに簡単に頷く訳にはいかないのだ。


「そして、アルの代わりに俺に死ねと?」


 そう。王都に戻れば、俺に残される選択肢は狭まる。それはティアナの死に直結する結果を生むだろう。

 アルフレッドの処刑を免れたとしても、俺の立場は悪化する一方だ。

 それを分かっていて、クラウスは俺に王都に戻れと言っているのだろうか。本当に自分の言っていることの意味が分かっているのかと、俺はクラウスに冷えた視線を送った。

 クラウスは俺の視線にも言葉にも微動だにしない。代わりに、明確に動揺したのはエリーゼだ。

 俺の言葉にエリーゼが息を飲み、顔を青くしながら首を左右に振った。


「私たちはそんなつもりじゃ……」


「エリーゼ」


 抑揚のない声で、クラウスがエリーゼを諌める。

 そうしながらも、クラウスは挑むように俺を見つめたままだ。俺も彼から視線を逸らさなかった。


「貴女の言うことは正しいんでしょう。俺はアルフレッドを守るために、貴女を見捨てようとしています」


 そうはっきりと言い切ったクラウスを潔いと感じる。

 少なくともクラウスは、ティアナの両親のように都合の悪いことから目を逸らそうとはしていない。嘘や誤魔化しで、不都合な部分をうやむやにしようとはしていないのだ。

 どちらが誠実かと問われれば、勿論クラウスだろう。どちらが正しいのかと問われれば、俺には答え難いけれども。

 クラウスはさらに言葉を続ける。


「俺にとってティアナ様はいずれ死ぬ巫女です。巫女の死は避けられない宿命だと俺は知っています。救われぬ命に無責任な慈悲をもたらすよりも、俺にとっては自分の身内の生命の方がよほど重要です」


 思ってもそれは普通、正直に言わないものだろう。クラウスの言葉に俺は内心苦笑を漏らす。

 不器用なやつだと思う。アルフレッドも、クラウスも。あまりにも青い。そういう生き方は嫌いではないと思うのは、俺が既にそういう潔さをなくしてしまっているからだろう。そういう若さ故の青い正義感は俺にはない美徳だ。

 お前たち兄弟はもう少し器用に生きる努力をしないと悪いやつらに食い物にされるぞ。例えば俺みたいな。心の中で、クラウスにそう忠告する。勿論、それを言葉には出したりしない。

 何故なら、俺は本当にそんな青い彼を利用するつもりなのだから。


「それで? どうせ死ぬから構わないだろうとでも言う気か」


 ここで簡単に折れてはいけないというのは分かりきったことだ。

 アルフレッドが危ないのか。じゃあ、戻ろうと口にするのは簡単だ。だが、そんなものはあまりにも頭が悪い返答だ。

 以前にも述べたが、同情は容易い。しかし、同情では状況は何も覆らない。

 事態を好転させたいのであれば、感情で動くような愚かな真似はしてはいけない。人間は理性の生き物だ。情ではなく、理論に基づいた思考で動くべきなのだ。

 クラウスの実直さに好感を抱くのは構わないが、それに絆されてはならない。これは駆け引きである。

 俺は彼らと友情や愛情といった生温い信頼関係を結ぶ気はない。俺は原作のティアナとは違う。彼女のように無邪気に、俺を騙し続けた奴らを許すなんて出来ない。大体、向こうだってこんな女と友人や恋人になりたいとも思わないだろう。元々のティアナならともかく、今の俺は原作のティアナとはまるで正反対な性格なのだから。俺だったらこんな小賢しい女は嫌だ。可愛げがなさすぎる。

 だから、望むのは互いに利用しあえる関係だ。


「俺が王都へ戻る代わりに、お前は俺に何をしてくれるって言うんだ?」


 取引というのは、契約を結ぶことに他ならない。

 契約とはすなわち、何かを得る代償に何かを支払うことだ。そして、その代価にお互いが納得した時に結ばれるものである。

 他人に何かを望むのならば、相応の何かを自らが支払わねばならない。勿論、それはお互いの関係が対等であることが前提でのみ成り立つ。

 明確な上下関係があるときはこの限りではなく、力でものを言わせて一方的に搾取することも有りうるだろう。

 現在の俺とクラウスの立場は対等とは言えないと思う。

 何せ、俺は捕らえられているような状況だ。これで対等だとか言いだす方がどうにかしている。

 それでも、その不利な状況を出来るだけ対等に近い状況にまで押し上げる。そうすることで、代価を得る。その為には利用できるものは何でもする。

 俺が利用するのは、クラウスの罪悪感だ。

 彼が悪人ではないことを俺は知っている。弟のために道化を演じ、家督を投げ出すような男だ。クラウスは基本的に優しい男なのだろう。甘い、とも言う。

 そこに付け込んで、出来うる限りの条件を引き出す。


 はっきり言おう。俺も今、アルフレッドに死なれては困るのだ。彼にはやってもらわねばならないことがある。代わりを準備することは不可能ではないだろうが、そこに手間をかけるだけの時間は俺にはない。

 だから、俺自身の考えとしても、一時的にせよ王都へは戻るべきだと思っている。

 だが、それを素直に告げる意味はない。俺の手札は少ない。簡単に我が身というジョーカーを差し出す訳にはいかないのだから。


「俺が『いずれ死ぬ巫女』だから、お前は俺を見捨てることが出来るんだろう? だったらもし、俺が死なずに済む道があるのならば、お前はその考えを変えるのか?」


 現在、この世界の寿命は短いとされている。その主たる原因はマナの枯渇。マナの枯渇はそれだけの問題なのだ。枯渇したマナを蘇らせる手段は精霊の巫女の力のみとされているから、巫女の存在は世界の延命には必須となってくる。と、同時にその手段を取れば、巫女の死は避けられない。

 結果、巫女の死は避けられない宿命となる。

 だが、もしその前提が覆るとすれば?


「巫女が死なずに済む方法があるとでも?」


「あったら面白いとは思わないか?」


 我ながら答えになっていないと思う。

 クラウスは訝しげに俺を見つめているばかりだ。俺の言葉に何と返答していいのか分からないのだろう。

 俺の本音を言うのならば、「そんな方法があれば俺が知りたい」というのが一番正しい。常識で考えれば限りなく有り得ない仮定であり、しかし、ないと断じる気は俺には微塵もない。断じてしまえばそれで終わりだ。戦う前から負けを認めるなんて、絶対にしたくない。

 だから、俺はクラウスにこう返事をするのだ。


「俺はあると信じて疑っていない」


 俺は迷いなくそう断言した。




 ※※※




「すみません、エドガーさん」


 言いながら俺はエドガーさんに頭を下げる。ふと、エドガーさんの隣りにいるエリーが今にも泣きそうな顔をしているのに気づいた。

 俺はしゃがんで、エリーに視線を合わせる。エリーの眉は八の字を作っており、その瞳は潤んでいた。そんなエリーを見ているととても可哀想なことをしている気分になってくる。

 こんな小さな子どもを泣かせるなんて、俺はなんて極悪人なのだろうか。だからと言って、ここを立ち去るという決心は揺らがないけれど。


「エリー、ごめんな」


 許してくれとは言えないけれど、せめて謝罪の言葉を告げることくらいは許して欲しい。


 クラウスたちとの話し合いの末、俺はこの街を離れ王都へ向かうことになった。一刻も早くと急かす彼らに、せめて世話になっている人に挨拶をさせて欲しいと俺はささやかな望みを口にした。その願いは聞き入れられたおかげで、今俺はエドガーさんの家にいる。とはいえ、すぐ近くにクラウスとエリーゼは待機している辺り信用がないなぁと思う。

 当然か。何せ、王都から突然出奔するような女だ。信用に値する訳がない。


「どうしても今日でなくてはならないのかい?」


 エドガーさんはせめて今日までは泊まっていけば良いのにと言ってくれる。ありがたい申し出ではあるけれど、俺はそれを受け入れる訳にはいかない。


「すみません。連れが少しでも早くと急かすので」


「聖王国まで向かうのなら、メーヴェを使えば……」


 エドガーさんがそこまで言いかけたとき、俺は唇に人差し指を当てた。

 メーヴェの存在は、今はまだクラウスたちには知られたくはない。メーヴェを使えば、聖王国へは丸一日もかければついてしまうのだろう。それではダメだ。

 アルフレッドの命がかかる以上、聖王国へは急いで向かう必要がある。が、俺としてはそのギリギリまで時間をかけておきたい。

 俺はクラウスやエリーゼと友人や恋人になるつもりはない。が、契約相手として最低限の信頼は得たい。それは時間をかけて積み重ねていくしかないものだ。

 メーヴェを使えば王都へ行くのは簡単だろう。しかし、その分、クラウス達の信用を得る機会を棒に振ることになる。

 王都に戻れば、俺の身は拘束されるだろう。自分で動くことはままならなくなる。そうなってからでは信頼関係を築くことだって厳しくなる。

 彼らには俺の手足となってもらう以上、最低限お互いを信用できなければ意味がない。信用できないものに重要なことなど任せられないし、不信感は行動に迷いを生む。

 時間との勝負である以上、余計な種は残しておきたくない。


「それにしても、ティアナさんは聖王国の貴族だったんだね。いいところのお嬢さんだとは思っていたけれど」


 驚いたよ、とエドガーさんは言いながら頭をかく。先ほどエドガーさんには、俺が聖王国の貴族であることを含めこちらの事情をいくつか説明していた。


「こんなじゃじゃ馬が貴族の令嬢なんて意外ですか?」


 俺が苦笑を浮かべれば、そんなつもりで言ったんじゃないとエドガーさんは慌てて手を顔の前で左右に振った。


「しかし、いいのかい? 自分の意思に反した婚約が嫌で家を出たんだろう?」


「先ほど説明した通りです。最初は顔を見たこともない相手と婚約なんて冗談じゃないと思いましたが、彼は聖王国からはるばる都市連合まで俺を追いかけてくれましたから。その真摯さに心打たれたんです」


 嘘ばっかり。背中からエリーゼのそんな呟きが聞こえたような気がしたが、俺は聞こえない振りをした。


 本人にその気がなくとも、巫女を匿っていたと知れればエドガーさん父娘にも害が及ぶ。その可能性を危惧した俺たちは、エドガーさん父娘には嘘の事情を伝えることにした。

 その嘘の事情というのは、俺は自分の意に反した婚約が嫌で家を出た聖王国の令嬢であるというもの。愛がないと思った婚約相手が、意外にも聖王国から身一つで迎えに来てくれたことに心打たれて実家に帰ることにしたというのが、俺がでっち上げたシナリオである。ちなみに、身一つで迎えに来た恋人というのはクラウスのことを指す。

 この設定を説明したとき、誰よりも苦い顔をしていたのはクラウス当人ではなく、妹のエリーゼの方だったりする。ゲームの設定上、知ってはいたが筋金入りのブラコンだと呆れたのはここだけの話である。


「エドガーさん。差し出がましいですが、メーヴェのことですが……」


 俺がそう言えば、エドガーさんは「分かっているよ」と頷いてくれた。


「元より、僕の研究は趣味の延長のようなものだからね。君にはエリーも随分と世話になったし構わないよ。何よりあれは僕一人では動かせないからね」


 そう言って、エドガーさんは笑ってくれた。

 俺はエドガーさんにかねてより、必要になったとき、よければメーヴェを貸して欲しいと頼んでいたのだ。エドガーさんがそれを快く受けてくれたことには感謝するしかない。

 ちなみに、エドガーさんがメーヴェを『僕一人では動かせない』と言ったのには訳がある。メーヴェの燃料には魔力が必要になるのだ。試運転の際には、先に俺の魔力をメーヴェには貯めていた。けれど、エドガーさん自身は魔力を持たない普通のおじさんだ。

 メーヴェを動かそうと思うならば、それなりの魔力が必要だ。エドガーさん一人ではまず間違いなくメーヴェを動かすことは出来ないだろう。


「本当にお世話になりました」


 もう一度、俺は頭を下げる。

 ここにいたのは、ほんの一月限り。けれど、ここは随分と居心地がいい場所で、ティアナとして生きてきて一番幸せだった一月だと思う。エドガーさん父娘には感謝してもしきれない。


「研究もいいですけど、エリーのこともちゃんと見てあげてください」


 俺がそこまで言ったとき、うつむいていたエリーが俺のお腹に抱きついてきた。


「おねえさん、またきてね。エリーにあいにきてね。ぜったいだよ」


 泣きながら、そう言うエリーの頭を俺は出来るだけ優しく撫でた。


「もちろん」


 俺は強欲な人間だ。ただ生き延びるだけじゃ足りない。だから、俺はいつか必ず自由だって手に入れてやる。

 その時は、エリーとももっといっぱい遊ぼう。

 俺はエリーの小さな小指に、自らの小指を絡めた。


「約束だ」


 その小さな約束を俺は必ず果たそうと心に誓った。

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