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12 訊くなってことか

「えっと! 気にしちゃダメだよ!」


 ファイト、と励ますように努めて明るい声色でエリーゼが言う。

 勿論、そんな言葉で俺の衝撃が和らいだかといえばそんな筈もない。今の俺にはエリーゼの声援に突っ込む気力すら微塵も湧かなかった。

 放心したように、俺はひたすらホットミルクの入ったマグカップを見つめたまま無言を貫くことしか出来ない。まさしく言葉もでないとは、こういう状態を言うのだろう。


 正直に言えば、俺は魔術を当てにしていたと思う。

 魔術さえ使えれば前線で戦わなくても済むかもしれないという打算は紛れもなくあったし、目の当たりにしたエリーゼの魔術を見て、あれが使えれば自分も十分な戦力になれるかもと期待もしていた。

 だが、実際に俺に突き付けられたのは『魔術を使う才能がない』という現実だけである。現実はいつだって厳しく、世の中は非常に世知辛い。

 俺の期待など、無惨な程あっさりと裏切られてしまったのだ。落ち込むなという方が無茶な話ではないか。

 何度も言うが「恋革」はRPGとしての要素を強く持つファンタジー乙女ゲームだ。ティアナとして生きていく以上、戦わないという選択肢はないと言っても過言ではない。

 戦闘能力皆無とも言える俺が、このままティアナとしてこの世界を生きていくのは非常に厳しいだろう。

 それが意図せずとはいえ、一度は戦闘に巻き込まれた者としての実感である。

 「恋革」の世界において、街の外を出歩こうものなら、武術なり魔術なりの身を守る術を持っていることは最低条件だと思う。仮に何をしなくとも、俺の知るあちらの世界に比べれば十分すぎる程危険だ。

 この世界は一歩街を出れば、とても分かりやすく原始的な理で成り立っている。

 弱肉強食。強い者が弱い者を蹂躙する世界。弱者のままでは生き残れない。


 現在の俺はあまりにも弱いと、我ながら感じる。

 異能の力があるでもなければ、腕力に優れるでもない。俺を守ってくれる者など当然いやしないし、俺自身に天才と呼べるような知恵や知識があるでもないのだ。

 そして、俺の持つものの中でも有効だと言えるものは殆どない。せいぜい使えるのは“精霊の巫女”という俺が最も疎む役柄のネームバリューくらいか。

 使える手札は多ければ多いほどがいいと俺は思う。それが強力であれば、なおいい。

 魔術の使用ができるようになれば、俺の切れる手札も増えると思っていた。けれど、実際は魔術を使うポテンシャルはある筈なのに、使えないだなんて。

 「取らぬ狸の皮算用」という言葉が頭を過ぎってしまう。魔術を頼りに話を進めていた過去の自分を殴ってやりたい。


「あら、何もそんなに落ち込まなくてもいいでしょう?」


 そんな俺の横で暢気にクリスが告げる。

 この世界では魔術を使えない人間のほうが一般的なのだ。使えないことにいちいち落ち込む方が確かにおかしいのかもしれない。が、自分の立場を思えば落ち込むしかあるまい。

 精霊の巫女。名ばかりの役職だ。何が世界で最も精霊に愛されし者だ。魔術を使えないのでは、死という宿命を背負う者というデメリットしか残らないではないか。


「確かに四大元素の魔術を使えるようになるのは、今のアナタでは難しいかもしれないわね」


 クリスが残酷にもきっぱりと俺にそう告げる。


「でも、魔術を使う方法が無い訳じゃないわ」


 続いたクリスの言葉に、俺はマグカップから顔を上げてクリスを見た。

 クリスは俺を楽しそうに見つめている。


「『無』属性の魔術よ。これなら精霊の協力は不要だもの」


 その言葉に、俺は思わずクリスを凝視してしまった。


 『無』属性の魔術。

 「恋革」における『無』属性とは、普通のRPGにおける『無』属性とは意味が異なる。

 普通のRPGならば『無』属性とは、その名の通り性質を特に持たない属性のことを指すのが一般的だろうと思う。だが、「恋革」における『無』属性は違う。「恋革」における『無』属性はすなわち一般的なRPGにおける『闇』属性と同じようなニュアンスの属性なのだ。

 通常の魔術とは異なり、精霊たちの力を借りず、自らの精神エネルギーをマナと融合させて魔術として使用する。それが「恋革」の『無』属性なのである。精神エネルギーと結びついたマナは、呪いや占いといった用途に使われることが多い。

 当然、使える魔法は毒の魔法だったり、相手の生命力を奪うというような魔法ばかりであり、総じて陰険な魔法しかない。

 原作ティアナは唯一この魔術だけは使うことが出来なかった。だからこそ、俺はその存在を知りながら、自ずから『無』属性の魔術を使おうなど考えたこともなかったのだ。

 “精霊の巫女”でゲーム上のヒロインという役割を思えば、『無』属性魔術を使えないのは当然といえば当然なのだろう。ヒロインが闇属性の魔法を使うRPGがないとは言わないが、ティアナのイメージは明らかにその手のタイプではなかった。

 どちらかと言えば、真逆の聖属性だとか光属性とか呼ぶほうがしっくりくるイメージだ。ゲームのシナリオ的にはティアナがそんな「無」属性の魔法は使えないのが、自然であるとも言える。

 だが、俺はティアナであってティアナではない。

 ティアナが出来たことを俺は出来ないが、逆に言えばティアナが出来ないことを俺には出来るのではないだろうか。


「確かに『無』属性の魔法なら精霊の力は借りなくても使えるけど……」


 クリスの言葉に渋い顔をしてみせたのは、エリーゼだ。


「『無』属性は術者に負担も大きいし、何より『無』属性の魔法は私も使えないもの」


 だから、教えようがないとエリーゼは言う。

 そう言えば、ゲーム内でもエリーゼは無属性の魔法は使っていなかった筈だ。

 クリス曰く、精霊に好かれやすい性質であるエリーゼならばわざわざ危険を冒してまで『無』属性にこだわる必要もない。詳しくは省くが、『無』属性は強力である一方で術者を蝕む魔術でもあるのだ。

 使う必要もなく、使ったこともないのだから、エリーゼは当然『無』属性の魔術の使い方を知っていたりはしないだろう。

 せっかく抜け道を見つけたかと思ったのに、上手くいかない。

 俺がそう思った時だった。


「あら、だったらワタシが教えてあげるわよ」


 クリスが当然のようにそんなことを言った。


「やりたいというのなら協力するわよ。ただし、条件が一つあるけれど」


 言いながらクリスはにっこりと厳つい顔で、俺に向かって微笑んで見せる。

 俺はそんなクリスの顔をじっと見つめた。




 ※※※




「で、どうして私がおつかいに行くことになるのかな?」


 片手にメモと買い物かごを持ったエリーゼが、不満げに言った。

 そんなエリーゼの様子と反して、クリスは余裕で笑っている。


「あら、魔術指導をタダでしてあげるって言うんだもの。それくらいはしてくれてもいいじゃない?」


 うふふ、とクリスは優雅に笑う。

 クリスが俺に魔術を教えてくれる代わりに持ち出した一つ条件。その条件とは、夕飯の買い出しを代わりに行くことであった。

 魔術修行に付き合うのは構わないが、それをすると夕飯の買い出しの時間がなくなってしまう。ので、クリスの代わりにおつかいに行ってくれというのが彼(?)の出した条件だったのだ。

 勿論、クリスに面倒を見てもらう俺が買い物に行く訳にはいかないので、自然、選択肢としておつかいにはエリーゼが駆り出されることになった。


「もう! わかったよ、行くよ」


 行けばいいんでしょ、とエリーゼは頬を膨らませながらも宿の入口へと向かっていく。何だかんだでエリーゼはお人好しなので、断るという選択肢はないのだろう。


「支払いはツケで構わないわよ~」


 そんなエリーゼの背中を見送りながら、クリスが声を上げる。

 わかったぁ、と叫ぶエリーゼの声が消えてから、「さて」とクリスが俺の方へ向き直った。


「時間もアレだし、サクサクいきましょうか」


 手のひらを合わせながら、可愛らしくクリスが小首を傾げる。どうしてこのおっさんは動作のいちいちが乙女チックなのだろうかと、どうでもいい疑問が湧いてしまう。


「その前に一ついいか?」


「何かしら」


 にこやかに笑うクリスに対して、俺は無表情で彼を見上げた。


「何を思って、わざわざこんな世話を焼く?」


 俺たちはクリスにとっては、一晩宿を借りることになっただけの客である。『お客様は神様です』という言葉も世にはあるが、まさか宿に泊まる客全てに魔術訓練してくれるサービスまではないだろう。

 まともに考えれば、クリスにとって利点がないのだ。ただの気まぐれにしたって、ここまでするのは尽くしすぎていると感じる。

 金を取るでもなく、魔術の訓練の代わりに出した条件は夕飯の買い出し。あまりにもこちらに有利な条件だ。むしろ、そんなものは建前で、条件などと呼べやしないだろう。実質的には無償でクリスは俺の面倒を見てくれていると言っても過言ではない。

 無償というのは怖いものだと俺は思う。世の中、タダより怖いものはない。恩は売られた以上、返さなければ軋轢あつれきを生む。

 恩を売られて返さないという行為は、簡単に人の悪意を買うことになるだろう。善意の人間に何も返さないのは不当であると、他人から後ろ指を指されかねないのだ。

 クリスが俺の正体に気がついているとは考えにくいが、悪評の種を望んで蒔くのは馬鹿らしい。

 俺は周囲の目など気にするタイプではないが、評判や人の噂が存外恐ろしいものであるということも知っていた。

 故に、助けられた以上、どこかでその見返りは返さなくてはならない。

 のちに一体何を請求されるか分かりはしないのだ。分からないというのは、何よりも怖い。

 高額でもすぐに支払いを求められる方が、はっきりと条件を提示されている分、まだ信頼できると言えるだろう。

 人助けが趣味などと宣う奴がいたら、(勿論純粋にそういう趣味の人間も中にはいるだろうが)大半は詐欺師だというのが俺の考えだ。

 クリスは何を考えているのだろうか。

 考えの読めない相手の言葉を素直に信じるほど、俺は耄碌もうろくしてはいないと自負している。

 何を考えている、と問えばクリスは小さく唇の端を上げた。


「……本当に似てるわ、そういうところが」


「?」


 呟かれた言葉の意図が読めず、俺は訝しげにクリスを見上げる。

 クリスはそんな俺を懐かしむように、目を細めて見つめた。その視線はどことなく穏やかだ。


「知り合いにね、アナタはとてもよく似ているのよ」


 知り合い。

 なんてぼやけた言葉だろうか。

 家族でも友人でも同僚でも、ましてや恋人でもない。関係性を説明しがたい、あるいはその関係性を誤魔化したい時に用いる言葉だ。

 何故、わざわざそんな言葉で表現するのか。俺はクリスの言葉に眉間に皺を寄せた。


「顔じゃないわ。性格……、性質とでも言うのかしらね。よく似ているのよ、アナタに」


「……。それで?」


 似ているから、何だというのか。

 どれだけ似ているかは知らないが、俺はそのクリスの言う「知り合い」当人では勿論ない。

 本当にただの「知り合い」に似ているというだけで、ここまで世話を焼きたくなるものなのだろうか。

 続きを促せば、クリスは困ったような表情を浮かべて苦笑いをした。その笑みは子どものワガママをどうかわそうかと思案しているようでもあった。


「それだけ。ただの自己満足よ」


 切り上げるように、クリスが言う。

 それは婉曲的な拒絶の言葉だ。『それだけ』と告げるその言葉には、これ以上話したくはないというクリスの意思が含まれているのだと、俺は察する。

 けれど、相手の思惑に気がついても実行するか否かは別問題だ。生憎、俺は相手の意思を察しても無条件でそれを受け入れてやる程優しい人間ではない。


「お前の言う『知り合い』と、お前の関係は何なんだ?」


 俺はクリスを見据えながら、はっきりとそう問うてみせる。

 勿論、こんなことをわざわざ訊くのは、何も悪意や好奇心を満たすためではない。

 クリスの真意が知りたい。推測とは相手の思考やそこに至る背景、抱いている感情を理解したときにこそ行えることだ。

 だからこそ、知る必要がある。

 相手が抱く感情が、悪意か善意か。それを本能で察するなんて芸当は俺には出来ない。

 何を考えているのかが分からなければ、素直には信用だって出来る筈もない。


「……アナタたちの服装、一見すると普通の旅装だけれど、素材がかなり上質のようね」


 クリスは俺の問いには答えず、突然全く別の話を切りだした。


「それにあの子、エリーゼちゃん。持っていた魔法石の種類はかなり貴重なものも混じっていたようだわ。ある程度裕福なのかしら?」


 俺は何も答えない。クリスはそんな俺など気にせずに言葉を続けた。


「それから、服装の汚れの少なさからみて、街から街への移動は乗合馬車を使用したと考えられるわね。それなら、アナタたちは冒険者ではないでしょう。冒険者なら自身の足を使うのが一般的だもの」


「それが?」


 だから、どうしたと俺は目を細める。

 クリスはそんな俺を見て、少しだけ笑みを深くしたようだった。


「アナタたちはこの宿を使うのは初めて。行商人のたぐいならば、初めて行く街でもなければ普通は馴染みの宿があるでしょうね。それを使わないということは、アナタたちは行商人ではない」


「……」


「では、アナタたちは何者か。それなりに裕福であり、なおかつ冒険者でも商人でもない。立ち振舞いを鑑みても、おそらくは聖王国の貴族と考えるのが妥当なところでしょう。そして、聖王国の貴族がお忍びにせよ、単身でこんな国境の街にいるということはそれなりの理由があるのでしょうね。そうねぇ、例えば……」


「……訊くなってことか」


 クリスの言葉を遮るように、苦い顔で俺はそう言い捨てた。

 そんな俺に対して、クリスはどこまでも穏やかに笑っている。


「アナタがそう思うのなら、そうなんでしょう」


 そう言ったクリスは余裕綽々だ。

 どうやらあちらの方が俺より一枚上手らしい。深追いすれば、やぶ蛇になりかねないだろう。

 そう判断を下した俺は、素直に降参を示すために両手を頭の横に挙げた。


「もう訊かねぇよ」


「そうしたいなら、そうするといいわ」


 何でもないことのように、クリスが言う。


「警戒心があるのは良いことよね」


「そいつはどーも」


 お褒めに預かり光栄です、と俺は思ってもない軽口を叩く。


「アナタの警戒はもっとも。でも、少しくらい信用して欲しいわね。ワタシはただの宿屋の心優しい店主なのだから」


 何処がだ。俺は心の中で舌打ちした。

 普通の宿屋の店主はそもそも魔術なんて使えねぇよ。そう言ってやろうとした時だった。


「ティアナ~」


 空気を読まない暢気な声が、俺の背中に降りかかった。

 振り返らなくったって分かる。この声はここ数日ですっかり聞き慣れてしまったエリーゼのものだ。

 もうおつかいから戻ったのか? それにしては早すぎる。そんなことを思いながら振り返り、そして俺は溜め息を吐いた。


「この子、お父さんを探しているんだって!」


 そこには、小さな男の子と手を繋いだエリーゼが立っていたからだ。

 おつかいに行ったんじゃなかったのか、お前は。

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