10 最初から決めていたことだ
賊の襲撃というハプニングはあれど、それからの行程では大きな問題は起こることなく乗合馬車は順調に進んだ。穏やかに進む馬車の旅は、多少の揺れや不便もあれど慣れればさほどは気にならなくなる。
むしろ馬車よりも慣れることが出来ずにいるのは、エリーゼの俺への態度の方だろう。
エリーゼはしつこかった。そりゃあもう、鬱陶しいくらいに諦めが悪かった。
例えば、乗合馬車に乗っている間中、そのうちきっと諦めるだろうと思っていたエリーゼの俺(と書いて壁と読む)への会話はずっと続いていた。
勿論それだけではなく、エリーゼは隙あらば自らを俺にアピールをすることだって余念がない。
ある時はどこからか花を摘んできては花かんむりを編んで俺に寄越してみたり、自ら食事を作っては俺のところに持ってきたりと、エリーゼは穏やかな行程の合間も一人忙しい。そして、そういった行為の最後には必ず「友だちになってよ」という言葉を付けてくるのがこのところずっと続いているお決まりのパターンだった。
ちなみに、エリーゼの言葉に対して俺が断りを述べることまで含めて、定形のやり取りと化していることも付け加えておく。
どうやらエリーゼは本気で俺の『友だちになる』ことを諦めるつもりはないらしい。
そんな毎日にひっそりと溜め息を吐き続けて、早一週間。
乗合馬車はついに、城塞都市イザベルへとたどり着いた。
聖王国と都市連合の国境近くに位置するこの街は、聖王国の防衛の要としての役割を強く担っている。
聖王国と都市連合の間に表だったいざこざは今のところ存在しない。むしろ、技術を売りとする都市連合の主な取引相手は聖王国であり、その関係は表面上は比較的良好と言えるのだ。だから、この城塞都市が仮想敵国としているのは都市連合ではなく帝国であったりする。
聖王国は古くから帝国と大規模な国境争いを何度か行っている。近年では小規模な小競り合いで済んでいるものの、両者の関係はどうあがいても良好とは言い難い。結果、両国の関係は互いに牽制し合うような敵国と呼ぶのがふさわしいものとなる。
両国の不仲の最たる原因は、元々領土が不遇である帝国が肥沃な土地を求めて好きあらば他方へと領土拡大を狙っていることにある。その領土拡大を狙う相手が、主に隣接する聖王国なのだ。
北方に位置する帝国は、東方に足を伸ばすには険しい東方山脈が邪魔になる。よって、中原への進出は難しい。そもそも東方の部族は勇猛な騎馬部族としても知られており、平原での戦いを得意としている。東方山脈を超えたとて、相手が最も得意とする広大な平原で戦うのは分が悪い争いであると言えるだろう。攻め入るには条件が悪い。
また、南方に位置する都市連合に攻め入ろうとも、大陸中央を割るように存在しているエレミア砂漠が障害となる。
エレミア砂漠は年中険しい砂嵐が吹き荒れるような場所であり、半年に一度砂嵐が止まる時期がある以外、基本的に人の行き来はない。しかも、その時だって砂漠特有の気候が旅人を襲うのだ。エレミア砂漠はその存在を持って大陸を南北に分断していると言ってもいい。
結果、帝国が侵略の手を伸ばす場所は聖王国に限られてくる。
イザベルは聖王国と都市連合の国境近くに存在する街だ。仮想敵国とする帝国からは距離が多少離れる。それでも、この街が城塞都市として重要な役割を果たすのは、それだけ聖王国が都市連合を重視しているからだろう。
新興都市の集まりでしかない都市連合だが、その技術力は目を見張るものがある。聖王国は魔導機関などの多くを都市連合に依存していることは聖王国なら誰もが知る周知の事実だ。その供給を絶たれるのは、聖王国としても痛手なのである。
魔導機関には武器となるものから、日常生活に深く関わるものも多い。戦時下において、武器は勿論食料や医療の道具なども十分必要となる資材だ。相手が強大であればあるほど、その必要性は増す。
都市連合の存在は、聖王国にとっても生命線なのである。
よって、聖王国と都市連合のパイプとなる街道に存在するイザベルは、城塞都市としての機能を強く果たすことになった。ここは有事の際には、物資の供給を確保するための貴重な砦となりうる都市なのである。
遠目に見たイザベルは、周囲を高い外壁で囲まれていた。
街の出入り口には三重の門が存在しており、他に侵入できる経路はない。戦時に攻め入るにはかなり難しい作りになっているのだろうというのは、素人目にも何となく察するものがある。
けれど、現在は非常時というわけでもなければ、人の行き来の多い昼間であることもあって、その扉は全面的に開け放たれている。案外中に入るのも外に出るのも容易いようだ。
イザベルの厳つい外観から厳重な検査でも行われているのかと思ったが、そんなことも特になく乗合馬車はあっさりと門を通り過ぎて街の中へと入り込む。
街の入口辺りで乗合馬車は停まった。
馬車から降りて、俺は周囲の景色に目をやる。イザベルの街並みは、ニダヴェリーに比べれば整然としているが、王都に比べると無骨な印象を俺に与えた。
「周りが壁に囲まれているせいかな、何かちょっと息苦しいかも?」
エリーゼも俺と似たような印象を持ったらしい。
乗合馬車から降りてすぐ、手を傘にしながらエリーゼは街を囲む外壁を見上げながらそんな感想を漏らす。
まぁ、この街は基本的に王都への道すがら寄ったに過ぎず、長居をする予定もない。圧迫感がある街並みだろうと、開放感がある街並みだろうと、俺としてはどちらでも構わないというのが本音だ。
「明日の朝、王都行きの乗合馬車が出るようです。今日は物資の補給をして、この街に一泊しましょう」
クラウスの言葉に異論はない。
正直に言えば、馬車の旅はそれなりに楽しくはあったが、ずっと座りっぱなしだったせいで体中の節々が痛い。羽を伸ばすという意味も込めて、街で一泊するというのは必要なことに思えた。
久しぶりにまともな寝床で横になりたいという、ささやかな願望が叶えられそうで少し嬉しい。
が、クラウスの言葉にエリーゼは俺と違うことを考えていたらしい。
「じゃあ、私、魔法石の補充をしたい!」
クラウスの『物資の補給』という言葉に反応して、エリーゼが手を挙げた。
魔法石というのは、この世界における魔術の媒介だ。
「恋革」の世界において、魔法は無から有を生み出す能力ではない。勿論、普通の武器に比べても十分すぎるほど強力だし、便利な面は多々ある。が、言うほど万能ではないのだ。
この世界における魔術は、魔法石を媒介にしてその魔力を引き出す能力のことを呼ぶ。
ついでに言えば、この魔法石、使えば当然のように力を失っていくため、魔術師は定期的に魔法石の補充が必要であったりする。言い換えるならば、「恋革」の世界では魔法石は魔術師の武器とも呼べる存在であり、魔術は消耗品なのである。
大抵の場合、魔法石は杖に埋め込まれてあったり、装飾品の類に加工してあったりする。
魔法石は初めから個別に属性が有しており、一つの魔法石からは一種類の属性の魔術しか使用できない。例えば、火の魔法石であれば火の魔術を使用可能となるという訳だ。逆に言えば、魔術師にどれだけの才能があろうと、水の魔術を使うには水の魔法石がなければどうしようもないということでもある。
まぁ、才能ある魔術師が使えば、それほど強い力を込められていない魔法石でも効果の高い魔術を引き起こせたり、魔法石の消耗を最低限に抑えることは可能なので、魔術師の才能はやはり必要なものであるのだが。
それに、どれだけ強い力を持った魔法石であろうと、それを使役出来るだけの才能がなければ使用は出来ない。最上級の魔法石であろうと魔術の才能がない者がもつ限り、それはただの綺麗な石ころに過ぎないのだ。
ついでに言えば、この魔法石。実は普通に店に売ってある代物であったりする。ちなみに、値段は物によってピンキリだ。
「恋革」の世界では実用的なレベルでの魔術師は少ないとは以前にも述べたことである。が、実用的なレベルが少ないというだけで、魔法石を使うこと自体は誰にでも可能だ。
そのため、魔法石の役割は何も魔術の発動だけではなく、実生活の中で火を起こしたりするのにも使われる。生活に密着した必需品とも言えるだろう。
余談だが、都市連合お得意の魔導機関にも、当然のように魔法石は使用されている。
元々、魔石法は聖王国で発掘されることの多かったものだが、近頃の都市連合では簡単なものならば生成可能になったらしい。
イザベルは、元々資源として魔法石を多く有する聖王国と、生成技術を持った都市連合の国境の街だ。魔法石の入手は常識的に考えれば、容易である。
そう言えば、エリーゼは複数の魔術をバンバン撃っていたなと今更そんなことを思い出した。俺が見ただけでも、最初に会った時スリに向かって撃った雷の魔術、崖を凍らせた氷の魔術、そして俺を助けた時に使用した炎の魔術。最低でも三つの魔法石をエリーゼは有していることになる。それに加え、馬車では治療を行っていたというから、治療用の魔法石も持っているのと考えるのが妥当だろう。回復効果のある魔法石は基本的に高価なものである。金持ちめ、と思ってしまう辺り俺の思考回路は庶民のそれだ。
それらをエリーゼは割とガンガン使っていたので、そのうちの幾つかは消耗していたとしてもおかしくはないだろう。
魔術はエリーゼの武器だ。武器の補充は必須であるため、エリーゼの意見はあっさりと受け入れられた。
「そういえばティアナは魔法石を持っていないの? 魔術の適性はあるんでしょ?」
精霊の巫女なんだし、とエリーゼは声をひそめて俺に問いかけてくる。
確かに魔術の適性はあるだろう。少なくとも、原作ティアナは魔術を使っていた。むしろ、ゲーム内ではエリーゼに次いで魔術が得意であったことを思えば適性はかなり高いと言える。
精霊の巫女という立場を考えても、普通に考えれば適性はある筈だ。原作ティアナほどとは言わなくとも、魔術は可能だと思う。
いっそ、これを期に魔法石を手に入れて俺も魔術師デビューしてみるかなんてことを思わない訳ではない。魔術が使えれば、戦力としても完全な足手まといから少し位は脱却出来るかもしれないし。そうすれば、自衛くらいは最低限可能になるだろう。
勿論、ニダヴェリーにいた時だって、魔法石の購入は考えなかった訳じゃない。純粋に使えるのならば魔術を使ってみたいという好奇心だってある。何せ、以前の世界には魔術なんてものは一切存在しなかったのだ。RPG好きとしては、こう……胸がたぎるものがある。
が、現に俺は魔法石を持っていないし、魔術師デビューを果たしてはいない。
していないということは当然のように、相応の理由があるからだ。
「……魔術の使い方が分からないから、無理」
ぽつりと呟いた俺の言葉に、エリーゼは瞬きを一つ返した。
きょとんと驚いたようなエリーゼの表情に、俺は心の中でひっそりと言い訳を述べる。
だって、仕方ないだろう。屋敷にいる間、魔術の使い方なんて誰も教えてはくれなかったんだから。
それでなくても、魔術師の絶対数が少ないのだ。自由の身になった一月の間だって、教えてくれる人はいないだろうかと探してはみた。けれど、ニダヴェリーでは誰かに教えてもらおうにも教えを請う相手すら見つからなかったのだ。
ゲームではボタンさえ入力すれば勝手に発動していたけれど、現実ではそんな簡単にはいかないだろう。魔術の詠唱なんて当たり前に覚えていない。それに、呪文を唱えればそれだけで魔術発動……というものでもないだろうと思う。
そもそも、魔法石とガラス玉の見分けさえ分からないのだ。魔法石を購入しようにも偽物を掴まされる可能性だってあるかもしれないと思うと、魔術用の魔法石などという高級品を買う勇気など俺にはない。
何とでも言え。俺の根っこの部分は所詮、どうあがいても小市民なのだ。
俺の言葉を聞いたエリーゼは少し考え込んだ後、突然ぱっと表情を明るくして俺を見上げた。
「だったら、私が教えてあげるよ!」
満面の笑みでそう告げるエリーゼを見ながら、俺はため息を吐く。
そう言うと思ったから、言いたくなかったんだよ。
とにかく、俺たちはその後一番に魔法石屋へと向かった。
魔法石は庶民にとっても馴染み深いものである。よって、通りすがりの町人に訊けばすぐに場所は知れた。
店の中に入れば、所狭しと並ぶ魔法石を俺は物珍しく眺める。
ニダヴェリーで生活している時も、魔法石の購入は何度か行ったことがあるから魔法石屋に来るのが初めてという訳ではない。が、ところ変われば品変わるとでも言うのだろうか、ニダヴェリーとは随分異なる品揃えに正直興味がそそられる。
ニダヴェリーは工業都市としての一面が強かったので、魔法石屋の品揃えもそれに沿っていた。が、イザベルは国境の街だということもあるのだろう。製品加工に使用されるような魔法石は少ないと感じる。
魔術用の魔法石は……と、そちらに目を向けて、俺は思わず棚を凝視した。隣りでエリーゼも「あれ?」と驚いたような声を上げている。
そこら一帯の棚の魔法石だけ、尽く品切れになっていたからだ。
「あぁ、お嬢さんは魔術師さんかい?」
店の主人が、空になっている棚の前で立ち尽くすエリーゼに声を掛ける。
「悪いが、今は全部品切れ中なんだ」
「えぇー!」
主人の言葉に、不満気にエリーゼが声を上げる。
エリーゼはぷくーっと頬を膨らませながら唇を尖らせているが、店の主人だってそんな態度とられても困るだろう。悪いのは、主人じゃないんだから。
「それにしても、全部売り切れなんていうのはただ事じゃないですね」
クラウスの言葉に、主人が「あぁ」と声を漏らす。
「領主様が買い占めたんだよ」
「買い占め? 魔術用の魔法石を全部? お店にある分、一件まるごと?」
有り得ない、とエリーゼが驚いたように口にする。
領主といえども、魔術用魔法石は値が張るもの。そんなに簡単に大人買いをするなんて、という驚きが言外に含まれていた。
「一件丸ごとじゃないさ」
それに対して主人は苦笑しながら、訂正を加える。
「イザベル中全ての魔法石屋の、だよ」
その言葉にはエリーゼだけでなく、クラウスも流石に驚いたようだった。イザベルはかなり規模の大きい都市だ。そこにある魔法石屋の全ての魔法石とくれば、常識はずれもいいところである。二人が驚くのも無理はない。
けれど、そんな二人を尻目に俺は全く別のことを考えていた。
「……なぁ、ここ最近イザベルで魔術師が行方不明になる噂が出回ったりはしていないか?」
俺が訊けば、主人は顎に手を当てながら「そんな噂は聞いたことがないがねぇ」という返事をした。
俺はその一言を聞きながら、思う。
当然といえば、当然か。原作で起こるイザベルの“あの事件”は、まだ初期段階。噂になる程、表立った活動はしていない筈だ。
けれど、確かに事件は動き出しているのだろう。原作と全く同じ未来へ進むために。
「ティアナ?」
そんな考えを巡らせる俺の顔を、エリーゼが不思議そうに覗き込んできた。
「……いや、何でもない」
そんなエリーゼに対して、俺はそれだけを返した。
分かっている。余計な事件と今は関わりあいになる余裕はないのだ。
領主の魔法石の買い占めが事件の予兆だと知っていても、今の俺はそれに手を出すことは出来ない。
例え、それが原作通りに進めば、多数の被害者が出るのだとしても。
「魔法石が買えないなら、ここにいても仕方ないだろ」
帰ろうぜ、とそれだけを口にすると、俺は店の入口へと足を進めた。
最初から決めていたことだ。
俺は俺の命が何よりも大切なのだ、と。
自ら危険に足を突っ込むような愚かなことなどするものか。




