一、刺客(8)
「――随分とボロボロじゃねぇか」
「!!?」
突如、背後から飛んできた声。
冷たく暗く伸びる廊下を、足を引きずり歩いていた男はびくり、と肩を震わせる。
やや低めの、しかし良く通る声に、男は心当たりがあった。
男にとっていま最も顔を合わせたくない人物が脳裏を横切る。顔中から冷や汗が吹き出し、全身に鳥肌が立つのを感じた。
動揺を気取られぬよう慎重に振り向くと、そこには彼の予想通り――あちこちが解れたままのマントを羽織った、小柄な男が佇んでいた。
無造作に伸びる青みがかった深緑の髪が、ばさばさと風でたなびく。
爛々とぎらつく鋭い眼光は、目が合えば竦み上がってしまうような、強烈な威圧感を発している。
そう、この男こそ。
暗殺組織『パニッシャー』の中でも、首領に次ぐ実力を持つ四人の『裁き手』の一人。
名を――『刀牙』ファングと言った。
「こ、これは……ファング様」
そう、
ここは、パニッシャーのアジト。
ウェルティクス第三王子暗殺の命を受けた手練の中で、ここへ命辛々戻ってくることができたのは、彼唯一人であった。
何処までを察したのか、周囲をきょろ、と切れ長の目で見回すと、ファングと呼ばれた男は彼に歩み寄る。
「……No05の姿が見えねぇな、貴様ひとりか?」
――No05。
その単語にびくりと反応し、無意識に一歩、後退る。
その無機質な数字は、組織内の一部の者に割り当てられた識別番号だった。
ファングが口にしたのはその中でも一際目立つ、深い緑の髪を布で束ねた山のような巨漢のことである。
必死で平静を装おうとする、やや上擦った声がファングにこう伝えた。
「な、No05は……その、油断をつかれ標的に……」
「……な、に?」
聞き違いだろうか、そんなニュアンスを含めたファングの声音。
暗殺者はファングと目を合わせぬよう、そのまま逃げるように背を向けた。一刻も早く、この恐ろしい男から逃れたかったのだ。
彼の方を見ようともせず、ファングはただじっと目の前の廊下を睨み付けている。
――アイツが、殺られただと?そんな、馬鹿な。
しばし押し黙っていたが、突如気が触れたかのように、くくくっと笑い出す。
その度に、男の心臓は跳ね上がった。
「フッ……権力にしがみついたお坊ちゃんの暗殺なんてつまらねぇと思ったが――まさか、アイツを倒すとはな。
面白ぇ、その仕事――俺が引き継ごう」
『刀牙』と呼ばれた男は飢えた獣のような双眸をぎらつかせ、まるで新しい玩具を見つけた子供のような――心底愉しそうな笑みを浮かべてみせた。