一、刺客(4)
右往左往からの影の襲撃に、ウェルティクスはレイピアを重ねる。
宙に伸びていた無数のそれは、次々と地に伏し、そのまま動かなくなる。
呼吸は乱れていない。
そのまま彼の視線は大男へと移る。その両の手に、身の丈程もあろうかという大剣が握られていた。
刀身がぎらり、と鈍く輝く。
男は剣を構えると、さながら猛獣を思わせる気迫でウェルティクスに襲い掛かった。
「………くっ」
最初の一撃は、何とか剣先で受け流す。それでもずっしりと、地震でも起こったかのような衝撃に痺れを感じた。
もしこんな攻撃をまともに食らったら、只では済まないだろう。
相手が並の使い手ではないことを悟り、冷や汗が伝うのを感じつつ間合いを詰めるウェルティクス。
――父上。
幼い日、父テセウスの稽古を受けた日の記憶が彼の脳裏に蘇った。
「父上はずるいです。体格も、力も、わたしと父上ではぜんぜん違うのに、それでも私に勝てとおっしゃるのですか?」
幼いウェルティクスの問い掛けに、父王はこう返す。
「勝てるさ。勝てないのは、君が勝つ方法をまだ見つけていないからだ」
あのときは、どうしたであろう。
ともすれば何処かへ飛んでいきそうな、朧気な記憶を手繰り寄せながら、ウェルティクスは必死で考えていた。
その間にも、大剣の猛攻撃は緩むことはない。何とか直撃を免れていたものの、一撃一撃が重い。
長引けば不利だ。
しかし、どうすればいい?どうすれば……。
「はぁっ!!」
大男が吠えたかと思うと、大剣がウェルティクスに振り下ろされる。
彼は咄嗟に地に手をつき、そのまま横に転がる。レイピアを握り直し、反撃に転じようとするが、相手は直ぐそこまで迫っていた。
(しまった……!)
ウェルティクスの肩口を紅い霧が舞う。振り返れば廃屋の壁が剣圧で一部分だけ崩れていた。
しかし、同時に彼の中に何かが閃く。
――『柔よく剛を制す』。
相手の力を受け流し、逆に利用する。
そう、あのときは確か……!
まだ小さかった彼にはあまりに大きく感じられた、父王という壁。
いまはどうだろうか?この剣は、父上――剣雄テセウスの名に恥じぬだろうか?
ウェルティクスの握る剣が、きらりと光を放ったかのように見えた。
パワーは相手の方が上。一撃が重い、ということは、それはつまり。
大男が放った横からの強烈な一撃。その軌道が青年と重なる、
「……ッ!」
――瞬間、
ウェルティクスは、自らの剣の軌道をそれに合わせた。
そして。
大きな一撃を放った後には、必ず隙が生じる。大剣が振り切られた瞬間、レイピアの軌跡が舞うように弧を描く。
「ぐ、っ……」
男がちいさく呻く声が、耳に届いた。ぱた、ぱたり、と、紅い色が床を染める。
だが、痛手を負っているのはこちらも同じこと。じわり、と肩に走る痛みに、ウェルティクスは僅かに表情を歪める。
これでイーヴン、……か。
しかし。
対峙する二人は次の瞬間、場違いな声に耳を疑った。
「あっ、おにいちゃんだ!」
――なっ、
栗色の髪を高く結った、幼い少女がこちらへ近付いてくる。
「ミ、ミリー……!?何故こんな場所に……」
ウェルティクスの声が動揺にやや上擦る。先程街中で彼が出逢った少女であった。
彼女は見覚えのある姿にダッシュで駆け寄るも、足下に点々と落ちた血飛沫に気付き、思わず悲鳴を漏らした。
「きゃ……」
大男もまたミリーの出現に驚いたのであろうか、はっとして少女に向かってゆく。
無意識に、ウェルティクスは少女を庇うように男の前に立ち塞がった。
「おにいちゃん……?」
「ミリー!逃げなさい、早く――」
と、
それまで動かなかった影のひとつが、ほんの僅かに動くのを視界の隅に捕らえる。
黒装束の小柄な暗殺者の掌からひとすじの光がきら、と瞬く。光は蛇のような奇妙な軌道を描いて、真っ直ぐ少女に狙いを定めていた。
あれは、
ウェルティクスが光の正体に気付いたときには、最早時既に遅く。あどけないミリーの首筋に、その毒牙が噛み付こうとしていた。
間に合わない――そう思われた。が、
次の刹那、
…………どさ、り。
「え、……?」
暗殺者の放った毒針に倒れたのは、
「そんな――何故……?」
あの、大男であった。