四、鳳雛の皇(34)
さらり。
ヒカリの旋律が奏でる悪戯。肩に落ちた金糸の髪に、桜色の唇に、そっと陽光の瞬きを落とす 。
凛と前を見据えるウェルティクスの横顔が、不意に新たな表情をみせた。
『フォーレーンの王子』らしい、気高く聡明なあの面差しの中から覗く微笑は――
寧ろ、伝承歌にその姿を見る聖乙女のようであったかも知れない。
「大丈夫ですか?イルク」
その藍玉の双眸がこちらを見ていることにイルクが気づいたのは、永い沈黙が場に流れて暫く してのことだった。
「う、うむ……平気だ」
我に還り、彼はちいさく頷く。珍しく早口に告げる声が途中、不自然に上擦っていた。
ふいと顔を逸らすイルクの頬に、僅か朱の色彩。
「……イルク?」
その様子にウェルティクスは首を傾げ、上気した顔を覗き込む。
「ッ!否、何でも――」
――見惚れていた、などと。
まさか本人を目の前に、言えようはずもなく。
魚のよう口をぱくぱくとさせる彼の口から、巧い方便は生まれてこなかった。
そんな二人の様子を眺めていたファング。余程可笑しかったのか、大袈裟に腹を抱えて破顔一笑した。
「くっ……はっはっはっは!!
――成程、なぁ。そういうことかよ」
ひとしきり笑うと彼は大剣を鞘に収め、くるり、と二人に背を向ける。
勿論――イルクへと意味ありげに、一目くれるのも忘れずに、だが。
ファングの不可解な行動にウェルは眉を顰め、おず、と尋ねる。
「……あ、あの……?」
「気が変わった」
無造作に短い言葉を投げつけたと思えば、ファングは二人に背を向け歩き出した。
「俺の標的は『ウェルティクス第三王子』だ。
――アンタじゃねぇよ」
振り向くことなく、軽く片手を挙げる。
「楽しみはとっとくもんだろ?」
――それに、女を斬る趣味はねぇな。
愉快げな物言い、最後にぽつり独りごちて。
そのまま彼の姿は、一陣の砂嵐と共に何処にか消えていたという。