四、鳳雛の皇(30)
ごぅ、と唸り声。
それに応え、剣圧で削られた岩がバラバラと細かい破片を撒き散らす。
大剣を脇に構え直し、横へと薙ぎ払えば、刺客の足や腕を幾つか切り落とされた。
「おら、どうした?俺を殺んじゃなかったのか?
数ばっかで歯応えのねぇ連中だ」
くく、と嘲笑が喉から漏れて。ファングは片手で邪魔そうに髪を掻きあげた。
「……こ、のっ!!」
挑発されるままファングに切りかかる剣は、玩具でも相手にするよう軽く往なされる。
手は髪を離れ、暗殺者――同胞であったはずの相手――の腹と顔面を容赦なく殴り飛ばす。
「はっ、素手でも充分ってか」
物足りなさを感じたのだろう。纏めてかかって来いよ、と。更にファングは挑発するのだった。
やや、離れ。
ウェルティクスとイルクもまた、並み居る刺客を相手していた。
「――せいっ!」
ひゅ、と鋭く風が啼く。
一筋の閃光は的確に、或いは敵の攻撃を弾き、或いは脚の腱を断ち切っていた。
一対多数の戦い方を心得ているウェルティクスにとって、屋内外どちらであっても大差ないようである。
その優雅とさえいえる流れを、ファング曰く『三下』達の誰も止めることができずにいた。
切り結んでいた相手の力を後ろへ逸らし、攻撃をかわす。
と、その背中へと蹴りを放ち、後ろから迫っていた敵の勢いを挫く。
間髪入れず、一瞬の隙をついてイルクの大剣が薙ぎ払った。
死角が存在しないのではないだろうか、とすら思える程、計算し尽くされた正確な動き。
例えるならば、そう。
まるでチェスを見ているような。
しかし密集した場所で戦えば、隙が生まれ、最悪同士討ちの可能性もある。
青年は、イルクに軽く視線を飛ばす。
目が合えば相手もちいさく頷き、彼から距離をとった。
逃すか、と。彼を追う刺客。
しかし阻む大剣の一撃に、後ろの岩ごと吹き飛ばされた。
どっ、と鈍い音。
(それにしても、数が多い……)
ウェルティクスは僅かに浮かぶ汗を軽く拭う。
それでも剣を振るう手は休めず、敵と自分達との戦力差を把握していく。
――しかし。
ちら、とファングを一瞥。
初めは罠の可能性も考慮していたが、その様子は全く見られない。
――あの男達は、本気でファングを殺そうとしている。
「……イルクが、言っていましたね」
以前、イルクから聞いていた話を思い出し、彼は苦い顔をする。
パニッシャーの内部分裂、それは真実のようだ。
思考の波は、不意に途切れた。いや、中断させられたというべきだろうか。
視界の隅、岩陰から迫り来る敵にはっとする。
敵の存在に気づくのが遅れ、辛くも攻撃を受け流すが――
「――ッ!?しま……」
バランスを崩し、ウェルティクスに一瞬の隙が生まれた。
すかさず、もうひとりの暗殺者がその剣を突き上げる。
同時――だったろうか。
どん、と突き飛ばされる感覚、
そして。
交差する二つの影、肉を斬るような鈍い音がウェルティクスの耳に届いた。
「………え、っ?」
彼は驚きに目を見開き、その人物を見上げる。
そう、アサシンに刺されそうになった青年の前に立ち塞がっていたのは――
ほかでもない、ファングだったのだから。
「くぅっ……テメェの相手は俺で、こいつは俺の獲物だ!
手ェ出すんじゃねぇ!!」
振り返り様にそう叫びながら、敵の首をぶん薙ぐファング。
――我儘なのだ、と。そういえば誰ぞが言っていた。
重い音が落ち、刺客の身体が地に沈む。
その影が動かなくなったことを確認すると、ファングはウェルティクスを振り返り、
「王子さん、くだらねぇ怪我なんざすんなよ?
あんたに怪我されちゃ――俺がつまらん」
深く斬られたようで、血が脇腹の傷口から滴っている。
「しかし、傷が――」
お世辞にも、掠り傷などではあるまい。
ファングは腰に巻いていた布で乱暴に応急処置をして、大剣を構え直す。
不敵な笑みを浮かべた、そのままに。
「こいつ等が片付いたら、次はアンタ等だ。
――楽しませてくれよ」
くく、と喉で笑って。
男は猛獣さながらに、手にした大振りの剣を振り上げる。
その姿は――、まさに『刀牙』と例えるに相応しかった。