四、鳳雛の皇(29)
一拍置いて。
ファングが視線を向けた先に点在する林から、人影がひとつ姿を現す。
その黒いマント姿に、ファングは見覚えがあった。
最近顔を見たのは、パニッシャーのアジトへ戻った際。とはいえ、お世辞にも顔を合わせて嬉しい相手ではない。
「またテメェか、ゴルダムの腰巾着。何の用だ?」
あからさまに癪に障った物言い。気に喰わない、と顔に書いてあっただろう。
男はウェルティクスをちらとだけ一瞥し、ファングを睨み返す。
「貴様こそ、標的を目の前にして何を遊んでいる?刀牙ファング」
「テメェの知ったことか。
んで?林の中に隠れてる奴等は何だ?」
じろり、と。ファングの鋭い瞳が一際細くなる。
一回り小さいはずの相手からは、それを感じさせないだけの圧倒的な存在感。
男は気圧されつつも、負けじと声を荒げた。
「え、援軍に決まっているだろう!
貴様は幾度も失敗しているのだ。これ以上、失態を重ねるなど……」
「どうだかな。テメェの目的はこの王子さんの命だけじゃねぇだろ?」
口上を遮るファングの声。男はそれ以上、何かを告げようとはしなかった。
そんな無言の返答にファングは、やっぱりな、と心で呟いて。
「テメェ等の助けなんざ要らねぇ。とっとと消えやがれ。邪魔するってんなら――
まとめてぶっ倒してやる」
挑発するよう吐き捨て、その手に大剣を抜き放つ。
に、と微か笑み。男が片手を軽く挙げれば、林から飛び出す数十の黒い影。
それはウェルティクスやイルクだけではなく、組織の一員であるはずのファングをも包囲していた。
「今の発言は、離反の意志ありと受け取る」
「は、最初っからそのつもりだろうが」
くく、と。嘲るような色を滲ませ、ファングは冷笑した。
そう。
男達の目的はウェルティクスの暗殺と――邪魔な存在であるファングの始末でもあったのだから。
「悪りぃな、王子さん。
アンタ等を相手する前に、コイツを片付けなきゃなんねぇみてぇだ」
軽口を叩くファングの瞳は、好戦的に爛々と輝く。少なくとも、追い詰められたという空気ではなかった。
ウェルティクスは困惑しながらも、ただ静観している。
フェイク――ということはないだろうが、万一そうであっても対応できるよう、右手はレイピアの柄に添えて。
「ふん、安心しろ。お前だけではなく、あの忌々しい策士も一緒だ。
あの世でも寂しくはないだろう」
策士――という単語にファングは一瞬だけ目を丸くして。
次にはジョークでも聞いたような顔で、腹を抱え可笑しげに笑う。
「は?お前ら、あの阿呆にもチョッカイ出すつもりだったのか?
どんだけ送ったか知らねぇが、ここの倍はいねぇと掠り傷も付けらんねぇぜ?」
――ご愁傷様、と。
目一杯皮肉を擦り付けると、ファングは纏っていたマントを無造作に投げ捨てた。
ばさり。
土埃が舞い、その足元を曇らせてやがて――消える。
そして挑発するように、片手の親指でくい、と自分を示してみせた。
「俺が邪魔なんだろ?だったら殺るチャンスをくれてやる。
……ただし、チャレンジの代価はテメェ等の命だ」