四、鳳雛の皇(27)
ぱさり。
テーブルに簡素な地図を広げ、人差し指がその上をなそる。
「夜明けにはここを発ちましょう。
進路は、山沿いの獣道――で問題ありませんか?」
顔を上げ、同じく地図を覗き込む巨漢へと確認するウェルティクス。
早くも夜明け星が、空へその姿を現している。
「うむ、そのことなのだが……」
イルクの声は、心なしか明るく。
その視線が地図へ目を落としたのを見れば、青年もそちらへと視線を戻す。
「昼間街で得た情報なのだが、南の街道に巣食っていた山賊が討伐されたという。
山賊を警戒し、そのルートは初めから諦めておったのだが……。
その心配がないのであれば、街道を進む方が良かろう」
「山賊、が?」
イルクの言葉に首を傾げるウェルティクス。
(はて、軍隊が動いたと言う話は聞いていないが……
軍勢もなく山賊を討伐できるとすれば――)
そこでふと、青年の脳裏をよく知る人物の顔が過ぎる。
しかし、まさか、とちいさく首を横に振った。
幼馴染みであり、フォーレーンを代表する騎士となった『彼等』。
一方は、元・王国近衛騎士隊長リフ=トラスフォードの第一子、『漆黒の聖騎士』と称されたラグナ=フレイシス。
そして、もう一人は、そのリフが後継者として引き取った、『紫電の剣士』の異名を持つクラリス=トラスフォードである。
懐かしい顔に思いを馳せ、ウェルティクスは苦笑した。
――あの二人なら、遣りかねませんね。
流石にその懐かしい顔が山賊を討伐したと断定はできないものの、仮にそうであったとしても不思議はない。そう、結論づけた。
「承知しました。
では明日より街道を通って、王都フォルシアを目指すこととしましょう。
……つまり、それは」
青年の言葉はそこで途切れたものの、相手に伝わるには充分だったようで。
イルクは、重々しく頷くと窓へ手をかける。
「うむ。
――決着の時は間近であろうな」
窓の外、広がる街道を眺め遣り、呟きが重く部屋の中に落ちた。
東の空からの目映い光が、集落を満たした頃。
買い足した食糧を荷に詰め、二人は宿屋を後にする。
街道を往く道程は、問題らしい問題もなく。このまま王都まで辿り着いてしまうのではないかとさえ思える程であった。
順調過ぎて、却って奇妙な感覚を覚える。
しかし。
街道が森を抜ければ、視界が不意にひらける。
そこで――どちらともなく、靴音を止めた。
二人は視線を目の前から外さぬまま、僅か頷く。
目の前――そう。
街道のど真ん中に佇む、一つのマント姿。やや遠くからでも、はっきりと捉えられた。
「よう。決着を着けにきたぜ?」
軽く片手を挙げる。まるで友人に語りかけるような軽い調子で、
その男――『刀牙』ファングは、ウェルティクスとイルクの両名を出迎えた。