三、刀牙(24)
どたどたどたどたんっっ!!!
「ウェルティクス殿!!!!」
けたたましい音と同時に、獣の叫び声とも似た荒々しい声が部屋に響く。
声の主――イルクは部屋の中を見回すが、肝心の人物の姿は何処にも見られなかった。
狼狽した様子で、ばたんと隣の部屋の扉も開く。
しかし彼の人物はそこにもおらず、荷物だけがその場にぽつんと残されていた。
――次からは俺も本気で行くぜ。油断して足下掬われねぇように気をつけるんだな――
脳裏を過ぎっていくのは、あのファングの言葉。
「まさか……?」
あれは、忠告ではなく警告だったのか?
もし、自分の居ぬ間に、既に襲撃をかけられていたとしたら?
様々な思考が浮かんでは消えるが、どれも腑に落ちない。部屋で争った形跡が何処にもない上に、ファングがそんなセコい手を使うとは彼にはどうしても考えられなかったからだ。
……では、姿が見えないウェルティクスは何処に?
と、水場の方角から物音が届いた。僅かなその音に、『刀牙』と呼ばれた男の声が頭の中で混じる。
不吉な予感に従って、イルクは全速力で水場へと向かった。
そして――
「ウェルティクスど……!?」
脱衣所の扉を勢いよく開け放つイルク。
次の瞬間彼が見たものは、眼前まで迫ってきている湯桶だった。
「曲者っ!!」
がつん、という鈍い音と痛み、そして聞き覚えのある声が耳に届く。
かちゃり。
金属音と、ひやりとした感覚がイルクを襲った。
「――えっ……貴方は……」
「御、無事、か?ウェル……ティクス……殿」
イルクが捜していたその人物は、湯桶を喰らい倒れた侵入者の喉元にレイピアを突きつけたままで――静止していた。
その剣が示す先――相手の顔を確認すれば、ウェルティクスは少々面食らったように、慌てて剣を収める。
そして、手近にあったマントを羽織り、
「…………ふぅ、危うく殺してしまうところでした……」
などと、イルクには届かぬ程度の小声でぽつり、呟いていた。
一方。危うく殺されてしまうところだったイルクはといえば、霞む視界にウェルティクスの姿を確認し、安堵したのか表情から力が抜ける。
ただ、見慣れた姿に何処か違和感を覚えた。
ややあって、答えに行き着く。それは組織から与えられていた、フォーレーン王家の情報だった。
「ウェルティクス殿?貴殿、聖痕が――
……がふっ」
「!?い、イルク!?」
皆まで言い終わる前に意識が途切れ、泡を吹いて天を仰ぐイルク。
どうやら、最初の一発が相当効いたようだ。
「…………聖痕、か」
気を失った巨漢には苦い視線。ウェルティクスは、首元を片手で隠すようにおさえた。
――王家の者に現れる紋様、先程まで彼にも確かにあった、その『聖痕』が消えた首元を。
因みに。イルクが意識を取り戻したのは、月も隠れた夜半であったという。