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鳳雛の皇  作者: 鷹峰悠月&若臣シュウ
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三、刀牙(22)

 イルクが去った方角を呆けたように眺めていた二人の青年は、暫し顔を見合わせる。

「……行ってしまったな」

「ああ、礼を言いそびれた」

 こんな場所で立ち竦んでいても仕方がない。気を取り直し、路地を進んでいった。

「しまったな、名前を聞いておけば良かった」

 思い出したように口を開く黒い髪の青年に、隣を歩く銀髪の青年は怪訝そうに首を傾げる。

「フォーレーンに行くと行っていただろう?

 名前が判っていれば勧誘できると思ったんだ」

「勧誘……って、僕達のところに?珍しいな、君が」

「まぁ、な。

 僅かな言葉を交わしただけだが、あんなに『心の色』が堅実な者は滅多にいない」

 ――堅実な心の色、か。

 思うところでもあったのだろう。思案顔で空を仰げば、その紫紺に雲の形が映った。

「やっと見つけたぜ、お二人さんよぉ」

 思考を中断したのは、背後からの野太い声。

 二人を取り囲むように、柄の悪い男が数名、人通りも少なくなった町外れに姿を現した。

 男達の格好は、街のごろつきというより、賊の類という表現が適切であろう。

「先程から後を尾けていたようだが、何か用かな?」

 黒いマントが、足元に跳ねて止まる。

 男達が放つ露骨な殺気も柳に風、青年はのほほんとした口調で問いかける。まるで、道でも尋ねられたように。

 ……もし、これが所謂天然ボケでなく意図的だとしたら、かなりイイ性格である。

「何か用かだとぉ?とぼけてんのか、兄ちゃん」

 一際大柄で筋肉質の男が、他の男達を押しのけて黒いマントの前に出た。恐らくは――この男がリーダー格なのだろう。

「俺達がいねぇ間に、アジトに残った仲間が世話になったそうじゃねぇか、ぁあ?」

 威圧するように低い声で、男は黒髪の青年に詰め寄る。

 だが。

「なるほど。この前の山賊の残党――いや、正確には主戦格といったところか。

 道理で、数々の軍隊が手を出せずにいた山賊団にしては歯応えがないと思った」

「……君は殆ど何もしてないじゃないか」

 小馬鹿にしたように鼻で嗤う黒髪の青年に、ぼそり、と傍らで突っ込みが入る。

 しかし、二人のそのやり取りは、目の前の男――山賊団頭目の気に触れたようだ。

 頭目は苛立たしげに二人を睨み据え、

「はっ!下っ端どもを倒しただけで大した自信じゃねぇか!

 俺達があの村に行ってなけりゃ、テメェらなんざ返り討ちにしてやってたところだぜ!!」

「あの村?……つまり、何処かの村を襲っていた訳、か」

 漆黒の髪で隠れがちな顔の、その色が不意に変化した。

 ふ、とちいさく息を吐いただろうか、

「一体、どれだけの罪のない人々を殺めた?……どれだけ――女性や子供を殺した?」

 淡々と、問う口調は尋問のように冷たい。

 先程までそこにあった飄々と流した笑顔は、そこには微塵も残されていなかった。

 不気味な風が刹那、背中を抜けていくが、その正体に男は気付いていない。

「はぁ?そんなもん、いちいち数えるかよ!

 今直ぐテメェもそいつらの仲間に入れてやるから、自分で数えろや!!」

 じゃっ、と。

 腰に下げていた剣――大振りの円月刀――を抜き放つ、頭目を合図にその部下も各々の得物を手にしていた。

「……確か、前回は全てお前に任せたんだったな」

 見向きもせず、問いかける相棒に、銀髪の青年は、ああ、と短く返す。

 そうか、と微かに届く声。

「なら、今回は手を出さなくていいぞ。

 ――俺、一人で充分だ」

 そう呟いた次の一瞬、頭目の剣を握る手が宙を舞った。剣が、ではない。剣を握る腕、そのものが。

 いつ剣を抜いたのか、そしていつ斬られたのかも理解できぬまま。頭目は失った右腕を呆然とその目に捉え、反射的に視線を相手へと向けた頃には、その首は本来あるべき場所から姿を消していた。

「ひとり」

 ぽつり、と小さく呟き、いつの間にか抜き放たれた剣を構え直す。黒光りする刀身が、呼応するよう煌めいた。

 人々を恐怖させたであろう山賊団を束ねた男の亡骸は、静かに、ただ静かに崩れ落ちていく。断末魔の叫びすら許されぬままに。

「あまり、大きな声を出さないでくれ。周囲の住民が怯える」

 惨状を目の当たりにしてざわめきだす男達に、青年は無機質に告げたかと思えば、僅か姿勢を低くする。

 その姿は、次には一陣の黒き風へと姿を変えて。

 ……ぅぉんっ!

 吹き抜けた後には、重い音を立てて路地へ姿を埋めていく男達の骸が転がっていた。

 その全てが、一撃で正確に急所を突いている。山賊は口を開く暇すらなく、地に沈むよりなかったのだった。

「ぐっ……くそッ!」

 残された男がひとり、鬼気迫る形相でその胸倉に掴みかかる。

 漆黒色のマントの隙間から、胸元で輝くメダルのようなものが覗いた。その数も、一つや二つではない。

 そう、それは一般的に『勲章』と呼ばれるものだ。

 ――漆黒のマントに、数々の勲章。

 浮かび上がった目の前の若者の『正体』に心当たりがあったのだろう、男の顔が蒼白になる。

「ま、まさか、あんた……」

「………山賊が、気安く俺に触れるな」

 返ってきたのは返答ではなく、憎しみを帯びた言葉と己の刻を終わらせる剣の一閃だった。山賊など、言葉を交わすに値しない――とでも言いたげに。

 刃物のように凍りついた表情のまま、黒髪の青年は小さく息を吐き、壁へと身を預けた。

 そして頬の返り血を鬱陶しそうに拭うと、

「普段から着ている服が黒で良かったかな」

 首を傾げて、静観していた連れへと声を向ける。いつしか別人のように、穏やかな笑顔を湛えていた。

 そんな言葉に、相手は疲れた面持ちで肩を竦める。

「以前、『これからは智に生きる』と言っていた者がいたように思ったが。

 どうやら僕の聞き違いだったようだな」

「おいおい、勘弁してくれ。

 俺は目が見えないんだぞ?戦で役に立つわけがないだろう」

 そんな主張には耳もくれず、その銀髪を邪魔そうに背中へ避け、顎で路地の惨たらしい山賊団の末路を示してみせる。相手の口元がほんの少しひきつるのを見て取れば、冗談も休み休み言え――と嘯いた。

「馬屋より先に、街の自警団の詰め所へ行った方が良さそうだな」

「そうだな。後で面倒なことになっても困るし」

 仕事が増えた、とぼやく相棒を、紫紺の瞳がじろり睨み付ける。誰の所為だ、と釘を差して。

「大体、全員殺すこともないだろうに。頭目を片付けた時点で、勝負は着いていたはずだ」

 睨む視線はそのまま、床へと落ちた。続いて何処か、切なげな声音。

「……もともと、そのつもりだったんだけどな」

 沈む相手の声。その顔は光のない彼には見えないものの、黒髪の青年は相棒から顔を逸らしていた。

「俺の中で、『山賊』という存在自体が……許せなくなってしまっているのかもしれないな」

 不意に、ちいさくそんな言葉が漏れた。

「……………………」

「……おっと、無駄話をしている余裕はないな。

 早いとこ自警団に報告して、馬を調達しなくては」

 ほんの僅か口を開こうとした相手、遮るように強引に話を戻して。

陽の高さを確かめれば、盲目の若者はすたすたと、詰め所へ歩き出す。紫色のマント姿がこくりと頷いて、半歩後に続いた。

「ところで――『彼』だけど、現在の足取りは掴めているのか?」

「近隣の街や村での聞き込みに依れば、三日前に目撃されたのが最後だ。

 情報がないということは、その後は人目を阻むように行動されているのだろうな」

「そう、か」

 一歩また一歩と詰め所に近付く足取り、言葉を交わす彼らの表情は徐々に硬くなっていく。それは使命感を帯びた、軍人のそれにもよく似ていた。

「彼に限って大丈夫だとは思うが――無事であることを祈るさ」

 涼しげな音階は、街に遊ぶ微風が浚っていった。

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