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鳳雛の皇  作者: 鷹峰悠月&若臣シュウ
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三、刀牙(20)

 一夜が明け、射す日もやや高く。

 活気溢れる、威勢の良い声がそこかしこから耳へ飛び込んでくる。

「さぁ、今朝取れたてのリンゴだよ!残りもあと僅か、早い者勝ちだ!!」

 どうやらこの日は早朝から市が開かれていたようで、道の両端には所狭しと露店商達が軒先を連ねている。

 そろそろ店じまいの頃合とあって、道行く人へとかける声も次第に増えていく。

 そんな中、彼等は思わず声を忘れ、目を白黒させある人物を目で追っていた。

 人波の中で頭二つ分は飛び出た身の丈の人物。

 周囲の視線に気付いているのか否か、彼――イルクは、珍しげに辺りを見回しながら街の奥にある馬屋を目指していた。

(しかし、夥しい人の量だな。これは、宿に残らせて正解だったようだ)

 市の最中ということもあり、大事を取ってウェルティクスは宿屋に残していた。今この場には、イルク一人。

 この人込みの中で、暗殺者を見分けるのは至難の業だろう。

 ――どんっ。

「………む?」

 周囲に気をとられていた彼は、前方からの衝撃に我に返る。

 どうやら、通行人にぶつかってしまったようだ。彼自身は体勢ひとつ崩さないが、相手の方はそうはいかなかったらしい。イルクの体格を考えれば、相手が気の毒ですらある。

 細身の青年が路地に尻餅をつき、その周囲には青年の持ち物と思われる小袋が幾つか散らばっていた。

「これは、相すまぬ。怪我はないか?」

 しゃがみ込み、小袋を拾い集めながらイルクは青年に問いかける。

「てて……ああ、大丈夫。

 すまない、僕の方も前方不注意だったようだ」

 紫色のマントから砂埃を払い、青年はぺこり、と頭を下げた。

 銀糸の髪を後ろで編み込み、紫紺の瞳が印象的な旅姿の青年は、イルクから小袋を受け取ると、有難う――と短く礼を述べる。

 と、そこへ。

「おい、どうかしたのか?」

 銀髪の青年の後ろから、若い男のものだろう、声が投げかけられた。

 視線を向ければ、そこには漆黒のマントを纏った黒髪の青年が佇んでいる。

「いや、ちょっと人にぶつかっただけだ」

 ゆっくりと歩み寄ってくる彼に、銀髪の青年が答える。どうやら連れであったらしい。

「大丈夫か?」

 と心配げに問いかけるが、その顔が向いているのは、どちらかというとイルクの方だ。

 そんな黒髪の青年の様子に、イルクは首を傾げる。

「大丈夫だよ。それから、僕はこっち」

 銀髪の青年は、ちょいちょい、と指で黒髪の青年をつつくと、イルクの方を向き直り、

「はは、すまないな。連れは視力を失っていてね」

「そうであったか。それは、不便であろうな」

 イルクの言葉。黒髪の青年は苦笑を浮かべ、首を横に振った。

「よく言われるけど、そんなこともないですよ。

 きっと不便に感じるのはそう思い込むからで、気の持ち方一つで世界は色を変える。それも事実ですから」

「そうか」

 なかなか芯の強い男だ、とイルクは感心したようにひとつ頷く。

「……茶葉の匂いがする。お前、また雑貨屋で香茶見てたな?」

「…………うるさい」

 連れの言葉には、むう、と鼻白む。

 先程拾った小袋の中身が香茶であった事を思い出し、内心、拍手を送るイルク。

「それより、馬屋の場所は見つかったのか?」

「うっ……それは………」

 二人の会話に、思わず馬屋?と鸚鵡返しに唱えるイルク。

「ああ。実はフォルシアから来たのだが、馬に無理をさせ過ぎてしまってね。

 新しい馬が必要なんだ」

(……フォーレーン王国の者は、馬に無理をさせる者ばかりなのだろうか?)

 宿に置いてきた同行者を思い出して、イルクはそんなことを考えてしまう。

「そうか。ならば俺と共に来るか?俺も丁度、その馬屋へ向かうところだ」

 自分の口からするりと出た申し出に、イルク自身驚いていた。

 いつもの自分なら、人と関わることは極力避けていただろう。そして、任務以外にかまけるような真似も。

 気づいていない訳ではなかった、自分の中の小さな変化。

(……あの者の影響なのかも知れぬ、な)

 ひとりの人物の顔が脳裏を過ぎて、消える。イルクは二人の視界の外で、苦笑するのだった。

「有難い、同行させて貰えると助かるよ。

 何分、右も左も判らなくて困っていたところなんだ」

 巨漢の申し出に素直に礼を述べ、照れくさそうに黒い髪を掻く連れの姿を、じと目で睨む紫水晶ふたつ。

 そんなことだろうと思ったよ――と、ちいさく棘を刺す声が耳に届いた。 

「構わぬよ。俺もフォルシアへ向かう為、馬が必要でな。

 しかし、貴公等はフォルシアから参ってこちらはフォルシアへ向かう、か。なかなか妙な縁だな」

「フォルシアへ?なら、南の街道を使うといい。

 ここからなら、あの街道がフォルシアへの一番の近道だ」

 銀髪の青年からの助言に、イルクは眉を潜める。

「南の街道を、か?

 だが、あの街道は確か凶悪な山賊が出没すると聞いたが?」 

 街と街を繋ぐ街道には時折、疾しい心を持った者たちが現れる。

 王都や大きな街へと続く街道ともなれば、行商人や旅人を狙って、そういった輩は必然的に増えるようだ。

 そして、件の街道もまた例外ではなく、よく山賊が出ると有名な場所であった。

「ああ、その山賊なら……数日前に討伐されたらしい。

 確実に安全とは言い切れないが、当分は大丈夫なんじゃないかな」

 遠く街道の方角を、紫の双眸を細め眺める旅装束の青年。

「山賊が……?

 そうであったか。貴重な情報、かたじけない」

 イルクは深く感謝し、旅人達に礼を述べた。

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