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鳳雛の皇  作者: 鷹峰悠月&若臣シュウ
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三、刀牙(18)

 新たに手紙を書き直し、ウェルティクスは窓辺で空を見上げているイルクに視線を移す。

「先程のお話を聞く限り、あの方との戦いは避けられないようですね」

 眉間に寄せている皺から、大方何を考えているかは伺い知ることができた。それを汲み取って、彼は確認するように、そう問いかける。

「あの時のスペリオルの様子では、十中八九、無理であろうな」

「……左様、ですか」

 イルクの無機質な返答に、ウェルティクスの声が沈む。

「俺とて出来るなら戦いたくはない。俺では到底、あの方には太刀打ちできぬ。

 だが、こればかりは仕方あるまい。貴殿が気にする事ではない」

「承知しました。ならば、イルク。貴方は明朝から私と別行動をとってください」

 ――なっ、

 突如発せられた言葉。イルクは耳を疑った。

「突然、何を言い出すのだ!?」

「貴方は、私を見定めるために行動を共にしている。

 ならば態々近くに居らずとも、何処からか様子を見ていれば事足りるはず」

「だ、だが、それでは貴殿の身に……」

 続く言葉にはやや心外そうに、落ち着いた様子で天井を仰ぐ。

「自分の身は自分で護れます。それにもし、あの方や他の刺客に敗れるようなら――

 所詮、私もそこまでの器ということでありましょう」

 淡々と語るその態度にイルクは理解できぬ、と首を左右に振って、

「貴殿はそう割り切れるかもしれぬが、俺は納得できん!」

 頭を抱え、憤りを隠せず声を荒げた。

「それでは俺の信念に反する。貴殿は、俺に己が信念を捨てろと言うのか?」

 巨漢の曇りなき眼差しが、真っ直ぐに青年を射抜く。そこにあるのはただ――力強い光。

 ずきり、と。

 胸に微か、痛みが走った。

 ――やはり、この者は。

 幼い頃に鉱山で見た、金剛石の原石のようだ――と思いを巡らせる。 

 無骨で重厚で、整形されたそれとは異なる輝きがあった。誰もがそうと気付かず通り過ぎるけれど、そこには強い光が秘められていて。

 最高の硬度を誇る金剛石だが、実はある方向から叩くと簡単に割れてしまうという。

 まさにそれだ、と、青年には思えたのだ。

 ――死なせる訳には、いかない。

 そう、心の中で強く誓っていた。

 カタチだけの忠誠、言葉だけの敬意。欺瞞に溢れた王宮で育ったウェルティクスにとって、真直ぐであるという事実そのものが、とても大きな意味を持っていた。

「そうは申しません。ですが、あの方との戦いは回避することができるのでは?」

「俺だけは、な。だが、それはスペリオルから逃げ仰せただけのこと。

 そのような真似をするなら、いっそ戦って潔く散った方がましというものだ!」

 だむっ!!!

 窓枠に拳を叩きつけ、イルクはぎりっ――と奥歯を強く噛み締める。

 そして、ずっと引っかかっていた疑問を青年へとに投げかけた。

「そもそも、何故そこまで拘るのだ?」

 貴殿にとって、俺とスペリオルのことは関係なかろう――そう続ける巨漢に、答えるウェルティクスの声はあくまで落ち着いていた。

「そうでもありません。私に関わらなければ貴方は、あの方と戦うことにはならなかったのですから。

 それに――」

それに?と、イルクはその先を促すように同じことばを向けて。

「……私の為に誰かが傷つくのは、もう見たくはありません。

 それが例え――誰であっても」

 ――まぁ、これは私の我儘ですけれど。

 ちいさくそう加えて、金髪の青年は苦笑してみせ、そのまま視線を落とした。

 そんなウェルティクスの様子をイルクは暫し、何かを吟味するように黙視する。

「……やはり、おかしい」

 視線そのままに、ふと呟く。ウェルティクスはその言葉の意味を計りかねて、首を斜めに傾いだ。

「貴殿は、俺が聞いていた『ウェルティクス王子』という人物の情報とはあまりに懸け離れておる。

 初めは人違いかとも考えた。だが、貴殿は王子であることを否定しなかった」

 重く響く声音に、青年は眉ひとつ動かさず、落ち着いた様子で相手に視線を合わせている。そこには、何の表情も伺えはしなかった。

「一つだけ問いたい。貴殿は――

 貴殿は真に、ウェルティクス第三王子なのか?」

 巨漢の問いかけは、今、目前にいる『ウェルティクス王子』が本物であるか――その真偽を問い質すものだった。

 しかし細身の青年は微動だにせず、視線を外さぬままそれは、と口を開く。

 依然として色の見えない、掴むことすら叶わぬ風のような響きで。

「それを信じるも信じないも、貴方次第ではありませんか?」

 答えは――肯定でも否定でもなかった。

 ウェルティクスと呼ばれた青年は、ただ穏やかにそう述べると、口元に静かに微笑を湛えていた。

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