二、闇の片鱗(12)
――数が多い。
ウェルティクスは唇をかるく噛む。御世辞にも、有利な状況ではなかった。
度々、部屋に鳴り響く金属同士がぶつかり合う音と火花、暗闇の中を上下左右と疾る閃光。
幾重にも襲い来る暗殺者の一撃を避け、或いは剣で受け流し、或いは薙ぎ払う。
数で圧倒していたはずの刺客達は誰一人として、その流れるような、優美とさえ思える動きを乱し止めることはできなかった。
そんな中――
一人また一人と刺客を退けるウェルティクスを、まるで射抜くような鋭い視線が貫く。
同時に――一瞬にして、部屋の空気が凍てつくのを、彼は感じた。
はっとして青年が視線の先、窓辺を見遣れば、そこには深緑の色のマントを羽織った男がひとり、佇んでいた。
背格好は他の刺客達とさほど変わらない――いや、寧ろ小柄と言えるだろう。
しかし、男の放つ寒気すら感じさせる空気が、只者ではないということを物語っていた。
――この刺客達の司令官であろうか。青年の藍の双眸に、その姿が映し出される。
男は生き残っている刺客達を一瞥すると、どうでもよさそうに片手を一閃させる。
それはまるで、邪魔だから消えろとでも言いたげだった。恐らくは、そうなのだろう。
男は、いつからか青年の戦いを眺めていたのだ。
端から見れば多勢に無勢であった戦況を徐々に塗り替えたのは、彼の才覚に他なるまい。剣技の腕だけでなく、戦場となった場所で状況に応じ的確な動きを取れる洞察力と判断力、そして相手の動きの一手先を読み取り先手を打つ機転の速さ。それらがあってこそ為し得た結果といえよう。
つまり、それは。
「退けって言ってんだ。
まだ判らねぇか?この王子さんは、貴様等みてぇな雑魚が束になっても敵う相手じゃねえんだよ」
困惑し顔を見合わせる暗殺者達の態度に、男は苛立ったのだろう、馬鹿にしたような物言いが室内に響いた。
少し低めで通る声。まだ若い――二十代後半くらいの印象を受ける。
そして、窓辺から飛び降り自分の剣を引き抜くと、標的へと向き直り――構えた。
リズムを取るように刺客の剣と身体が上下へと揺れる。
そして、その動きがふ、と静止したかと思うと軽く跳ね、そのまま体勢を低くして一気にウェルティクスの方へと飛び出した!
その動きはまるで、猫が獲物を狩る時の様子に似ていた。
獲物を見つけた猫は、まず尻尾でリズムを取り狙いを付けた瞬間に身を低くして獲物に飛びかかる。
まさに、それと同じだった。
そして、勢いを殺さぬまま下から上へと斬り上げる……!
「――く、……ッ!?」
あまりにも変則的なバトルスタイルに一瞬、戸惑いながらも刺客の一撃をレイピアで受け止める。
ずしり。と重たい衝撃が刀身から両手へと伝わってくる。受け止めきれない、咄嗟にそう判断したウェルティクスは衝撃に合わせ後ろへ跳び、間合いを確保した。
が、間髪入れず刺客は間合いを詰め、大振りに剣を横へと薙ぐ。
その追撃を今度は受けるのではなく更に下がる形で避け、更に間合いを詰められぬよう足下の椅子を刺客へと蹴りつける!
流石に意表を突かれたのか、刺客は驚いたようにその椅子を剣で斬り捨て、その場に留まった。
その奇抜な戦い方に最初は戸惑ったウェルティクスの脳裏に、何かが引っかかっていた。
――剣を叩き付けるような、この得物の扱い方。何処かで……?
そう、かつて一度、こういった戦い方をする人物と手合わせをしたことがある。それもごく最近に。
青年は剣を構え直すと、じっと相手を見据え様子を窺う。
下手に仕掛ければ、返り討ちに遭う可能性が高いのも事実。少なくとも目の前の敵は、子供騙しが通じる相手ではない。
膠着状態が暫し続き、痺れを切らせた刺客が斬りかかろうとした――
まさに、その時だった。