二、闇の片鱗(11)
数多の星々が思い思いに瞬き、黄昏に代わり宵闇が支配する静寂の中。
長旅で疲弊していたにも拘わらず、不意に青年の意識は、睡夢の淵から引き戻された。
刹那、
部屋の空気が変わったのである。
それは既に、疲れを癒す憩いの宿の持つ空気ではなく、糸を巡らせたかのように張りつめた緊張感――そう、寧ろまるで戦場に於けるそれによく似ていた。
息を殺し、静寂の天幕を破らぬよう、彼は枕元に掛けられた護身用のレイピアにそっと手を伸ばす。
それに気付いているのか否か、天井裏の気配は微動だにしない。
そして、
「――斯様な刻限に何用か?」
長い静寂を破り、凛とした声が部屋に響き渡った。
来客、という時間ではない。
突然の夜襲だというのに、その声音には動揺の色どころか、何処か泰然とした、貫禄のようなものさえ伺わせる。
不意を狙った夜襲でさえも、彼にとってそれは予測の粋を出ないものだった。
………しゅしゅんっ!!
複数の風を切る音とほぼ同時に、身を翻し床へと転がる。
起き上がり、先程迄眠っていたベッドを振り返れば、数本のナイフがベッドに突き刺さっていた。毒でも塗られていたのだろう、蒲団がまるで血を吹き出したように湿り気を帯びている。
飛び出すタイミングが一瞬でも遅れていればこうなっていた――とでも、言いたげに。
――問答無用か。
誰にともなくちいさく呟くと、彼は天井裏に射抜くよう視線を飛ばした。
と、闇の色に身を包んだ幾つもの影が、音もなく室内へと降ってくる。その中の影のひとつが一歩前へ進み出ると、
「フォーレーン王国第三王子ウェルティクス――だな」
布の下から喋っている所為であろうか、その姿に違わぬくぐもった声で影――刺客は問いかける。が、それは疑問より確信の色が濃いものであった。
彼――ウェルティクスは、厳しい面差しを崩さぬまま、殺気を隠そうともしない刺客を見据えた。
前に垂れている結った長い髪をぴん、と無造作に後ろへ弾く。その指はそのまま流れるようにレイピアの柄へと滑り込んだ。
それが、返事代わりだった。
闇色の影が、逃すまいと『標的』を取り囲み、絡め取るような殺気で睨めつけ牽制する。
しなやかな金糸の髪がさらり、と肩をこぼれる。藍玉の双眸はその殺気に呑まれる事を知らず、彫刻のように整った顔立ちはいつもの穏やかなそれとはうって変わって、厳しさを湛えている。
問いにどう答えようとも、その声に立居振舞に満ちるその気品は、栄華を誇るフォーレーン王国の王子――ウェルティクスその人に相違ないことを何より示していた。
と。
刺客の一人が――動いた。
その刹那、誰もが理解する。戦いの幕が切って落とされた――と。
ウェルティクスは暗殺者の剣閃を引き抜いたレイピアで受け避わすと、懐に滑り込み鳩尾に肘を入れ、怯んだところを剣先が捕らえる。
まず、一人。
どっ、と沈む暗殺者を一瞥し、次を迎え撃とうとしたが、彼は咄嗟に後ろへと飛び退く。次の瞬間には、床に――そう、先程まで青年のいた場所にナイフが突き立てられた。