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鳳雛の皇  作者: 鷹峰悠月&若臣シュウ
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二、闇の片鱗(9)

 一夜が明けた。

 東の方角からはきらきらと、朝の訪れを報せる光が窓を叩く。それに呼応するように、小鳥達のさえずりがはじまりの旋律を奏でた。

 零れる朝陽を受けながら、ウェルティクスは遥か東、王都を想う。

 ――父上。

 どうか御無事で、と、毎朝、毎晩繰り返し彼は祈っていた。街や村に教会があれば必ず足を運んだ。

 遠く離れたこの地で、他にできることが思いつかなかったから。

 連日の無理と戦いの傷が、疼くようにあちこちから痛みを訴える。それでも、王都で恐ろしい病と闘っている父王のことを考えればこんなものは取るに足らぬと、青年は休息もそこそこに旅支度を整えた。

 そして、出発の前にイルクの容態を確認しようと、彼の部屋を訪れた。

 軽く数度ノックし、一声かけた後にゆっくり扉を開く。

 が、予想した巨漢の姿はそこになく、部屋は蛻の殻であった。

「……いない……?

 しかし、あれだけの怪我を負って動ける筈が――」

 昨夜のうちに、仲間が連れていったのだろうか?

 そうであれば侵入に利用するであろう窓へと歩み寄るが、鍵はしっかりと内側からかかっており、開錠した形跡は見当たらなかった。

 まさか暗殺者が宿屋の正面から出入りするとは考えにくい。そんな真似をすれば、宿屋の主人に姿を見られてしまう。

 では、彼は――イルクは何処へ?

 考えを巡らせるウェルティクスの思考を遮るように、こん、とちいさな音が耳に入ってくる。

 ……こん、こん。

 窓硝子に、小石のようなものが当たり、外へと跳ね返っていた。

 不思議に思い窓の向こう中庭を覗けば、木の陰に人影らしきものを見つける。木の枝に隠れてその人物を判別することはできないが、自分が呼ばれているであろうことを理解し、彼は直ぐさま中庭へと向かった。

 そして、丁度イルクの部屋の真下へ辿り着いたウェルティクスは、思わず声を上げる。

「な、貴方は……!」

 目を白黒させる青年を余所に、

「貴殿は、随分と朝が早いな」

 などと、何処かズレた感心の言葉をその人物は投げかけた。

 そう。

 重傷のはずのイルクが、深い森色のマントを羽織り得物を背負って、さも当然のように中庭に佇んでいたのである。

「寝ていなくて宜しいのですか?」

 信じられない、といった顔で問い掛ける青年。

 イルクは一瞬、質問の意味を測りかねたように眉を寄せたが、やや考え、昨夜負った怪我の話だと理解する。

「うむ。昨夜は痺れの為失態を晒したが、大したことはない。既にこの通りだ」

 まるで軍務報告のような口調で、彼は淡々とそう述べた。

「そんな、あの様な大怪我で……?歩くだけでも、酷く痛むのでは」

「痛みは感じぬ。スペリオル――俺の上官にあたる方に、仕込まれた故な」

 ふ、と。

 まるで兵器のように無機質であったイルクの口調の、語尾が不意に――僅かながら柔らかくなる。

 ウェルティクスはこの男の中に漸く『人間』を垣間見たように感じ、心で何処か、安心したような感覚を覚えていた。

 ――やはり、暗殺者とて人なのだ、と。

 それが何故だか、嬉しかったのだ。

「して、出発か?」

 ウェルティクスの微笑みに怪訝そうに首を捻るも、イルクは元の顔で問いかける。

「ええ。貴方はどうされるおつもりで?」

「当分は貴殿と行動を共にすることとなろう。

 真実を確かめる前に、貴殿に死なれては困るからな」

 巨漢の物言いに青年は気を害した様子もなく、左様で――、と可笑しそうに笑った。

「では、

 ――参りましょうか」

 深い藍のマントが、ばさりとたなびいた。

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