05:新暦825年 7の月-2
「貴方はいいわよね、可愛くて」
くるくると自らの髪の先を指でいじりながら言ったエリノーラの言葉に、セリアはぱちりと瞬きをした。
愛らしい茶菓子が乗っている皿を手に持ちながら、主人の言葉をはかりかねたように首を傾げているセリアは確かに世間一般から見ても可愛らしい。けれど、対するエリノーラはまさに綺麗という言葉がよく似合い、美麗であり、輝くような強さという分類の美しさだ。
絶対エリノーラ様の方がお綺麗なんだけどなあ、と思いながらセリアは首を傾げる。確かにセリアは愛らしい。愛らしいが―――砂糖菓子のような、お姫様のような、そんな可愛らしさではなく、子犬や小リスに対するような可愛らしさだ。
「・・・・・・私、全然駄目」
沈み込んだ様子のエリノーラに、セリアは戸惑い瞳を揺らす。いつも自信満々のエリノーラ様が、一体どうしたのだろうか。
考え込んだセリアは、そこでひとつ原因が思い当たった。
そういえば昨日、エリノーラ様はサイラス様とお出かけになっていた。もしかしたら、そこで何かあったのではないだろうか。
「全然女の子らしくないし、研究中は髪なんて滅茶苦茶だし、女の子らしい趣味も全然だし、虫だって平気だし・・・」
私、可愛くない。ダメダメ。
そうため息をついたエリノーラを見て、セリアは現状がどうしてか悟り、愛らしいお嬢様に口元をゆるませた。
つまり、なんだ、このお嬢様は。
―――婚約者であるサイラスに可愛く見られたいのだ。
おそらく何かあって、自分は可愛くないと考え、沈んでいるのだ。ああなんて可愛らしい恋する乙女だろう。そう考え、セリアはにこりとエリノーラに微笑んだ。
「そんなことありませんわ。お嬢様はとっても可愛いですし、お綺麗です」
「・・・・・・お世辞はいいわよ」
拗ねたように顔をそらせるエリノーラに、セリアはにこりと笑いかける。いいえ、いいえ、お嬢様はとても可愛いし、綺麗です。―――私なんかと違って、姿も、心も。
滲みそうな涙は気合で押さえつけながら、セリアはどこまでも素晴らしい侍女としての姿を保ち続けた。
セリアが出て行った後、エリノーラは姿見に自らの姿を映しながら、ううんと首をかしげた。
長く艶やかな髪を持ち上げ、纏め上げ。いろいろな髪型を考えるが、中々納得がいかず、エリノーラはため息をついた。
可愛いリボンとか、つけてみたいのだけれど。
姿見の中の自分の姿にそのリボンを合わせてみるけれど、全く合わなくて、エリノーラは眉をしかめる。柔らかな色合いも、ひらひらとした素材やデザインも、自分には似合わない。
悲しいわ、とエリノーラはため息をついた。
恋する少女は、少しでも好きな相手に良くみてもらいたい生き物なのだ。
優しく優しく微笑んで、お嬢様の心の綺麗さに恥じ入り消えてしまいたい気持ちになりながら時を過ごし、部屋から出ると、セリアは小さく瞳を閉じた。
―――いいじゃないか。素晴らしいことじゃないか。
好きな人が、あんな素晴らしい女性と結ばれるなら、いいことじゃないか。変な人と結ばれるよりも、ずっといい。きっときっと、幸せになってくれるだろう。
隣が私じゃないことなんて、当たり前のことだ。身分という壁があるのだから。
お嬢様はとても素晴らしい方。まっすぐで、意志が強くて、でも時々恥ずかしがりやで、可愛らしい。だから祝福することこそが、正しい答え。
―――羨ましいなんて妬む汚い自分に、涙が出そうだった。
お嬢様はあんなにも真っ白で、綺麗なのに。
それに比べて、自分はどれだけ駄目なのか。
自己嫌悪で消えてしまいそうだった。