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わすれもの  作者: 水瀬
3/7

03:新暦825年 7の月-1

「―――お呼びでしょうか、殿下」


 静かに現れ、文句のつけようもない完璧な礼をして見せた部下に、第三王子であるドゥウェインはからりと笑って見せた。

 そうかしこまるなと言っても、姿勢も背筋もぴしりと伸びたままの部下の生真面目さにドゥウェインは笑う。全く本当に頭が固く、真面目すぎる男だ。

 しかしだからこそ、信用できる。


「サイラスお前を信頼して命じる」


 ―――俺の幼なじみであるエリノーラ公爵令嬢の、婚約者となれ。

 この男ならエリノーラを泣かすこともあるまいと、ドゥウェインは自信を持ってサイラスを選んだ。

 昨年の終わりのことだ。





「あら?」


 招待され訪れたサイラスの邸宅で、何やら妙に目を引かれる石を見つけ、エリノーラはそれに近寄った。

 エリノーラは植物が好きだ。自然が好きだ。資料をまとめる際は当然周辺環境についても調べねばならないため、一般人よりは詳しい。

 けれども、このような石はどの辺りでとれるものだったかしら。

 棚のはしに置かれた石を眺めながら、ううんと唸っているエリノーラの元に、席をはずれていたサイラスが僅かに不審そうな表情を浮かべて近寄る。


「どうか?」

「いえ、なんだかこの石が気になって。どこの鉱物かしら?」


 持ち上げて実際に触って調べたいが、勝手に触れるのはよくないだろう。そう考え悩んでいるエリノーラに、ああ、とサイラスは答えた。


「魔石の一つです」

「へえ・・・ではこれも何か効果があるのね」


 もっとも有名で一般的である遠見の水晶を思い浮かべながらの言葉に、サイラスは頷いた。

 これはプレスコット家だけの魔石と使用方法で―――と説明しようとしたサイラスの言葉を、エリノーラは慌てて止めた。それに不審そうな顔をするサイラスに、エリノーラは眉を上げる。


「その家だけの門外不出のものなんて簡単に説明しちゃ駄目に決まってるじゃない!こういうのは秘技なんだから、私口封じされるのは真っ平よ」


 その言葉にサイラスはぱちりと瞬きをすると、何を言っているのか理解できないというような訝しそうな表情を浮かべた。

 だから、とエリノーラが言葉を重ねるよりも先に、サイラスはごく普通の―――いつも通りの涼しげな口調で言った。


「エリノーラと自分は結婚するのだから、エリノーラに言っても何も問題はないはずですが」


 当然のようなその言葉にエリノーラは頬を染め、サイラスはエリノーラのその対応に首を傾げた。けれども疑問は後回しにし、サイラスは説明を続けた。


「これは当家の領地の一部でとれる魔石で、記憶や感情、意識などを取り出して封じることができる」

「―――それって、とっても危険じゃない?」


 気を取り直したらしいエリノーラの鋭い言葉に、サイラスは同意を示すように頷いた


「自分のトラウマや要らぬ感情を封じるなどなら平和だが―――他人の記憶を奪う、あるいは他人の感情を奪う。そのような使い方をすれば、十分恐ろしい武器になり得る」

「大丈夫なの、そんな危ないもの」

「一応、周囲には隠されている。代々我が家のものと王家が把握している。あと場合によっては大臣だ。何か記憶絡みの事件が起きれば真っ先に疑われる」


 また、代々王族の方が戦等で精神などを病まれたときは、当家のものがそれを取り除いたこともあった。

 歴史を絡め説明していくサイラスの言葉に、エリノーラは納得したように頷いた。理論的でしっかりと筋の通った分かりやすい説明。エリノーラはそういうものが好きだった。


「だから、貴方が以前出かけた先で言っていた、どうしても駄目だと言っていた虫に関するトラウマも封じられるが、どうする」

「う・・・だ、大丈夫よ!結構だわ!」


 そうか、と少し残念そうな表情をした男に、エリノーラは少しだけ罪悪感を覚えた。そうして男をフォローするように、ぽつりと一言付け加えた。


「・・・気持ちだけは有り難く頂いておくわ」


 そうですか、と少しほっとした様子でサイラスは言って、エリノーラは少し頬を染めて窓の外を眺めた。

 照れ隠しだった。

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