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わすれもの  作者: 水瀬
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02:新暦825年 6の月

「ねえセリア、そういえばセリアって以前はどこに勤めていたの?」


 てきぱきと小柄な体で動き回っていた侍女に、エリノーラは問いかけた。

 どうしていきなりそんな質問をされたのか分からず、戸惑ったように視線を揺らすセリアは、時々失敗はするものの、十分働き者だといえる部類だ。

 解雇などされる要素が見あたらないのだが、解雇ではないのなら、いったい何故以前の勤め先から変わってきたのだろうか。

 エリノーラのその疑問を理解したのか、セリアはへにゃりとした苦笑を浮かべた。


「なんででしょう。実は私も、よく分からないんです」


 しっかりとした紹介状を残してもらえたから、私みたいな者でもこの家に勤められたので、悪く思われていたわけじゃないと信じたいですけど。

 そんなセリアの言葉と口調に、聞いては不味いことだったかしらとエリノーラはばつの悪そうな表情を浮かべた。

 何だかんだと理屈をこねるお嬢様の、こういう妙に素直で純なところを、セリアは好いていた。


「ほらお嬢様、今日は待ちに待ったお出かけの日です。あの地方の植物を調べるの、心待ちにしていたではありませんか」


 セリアの意地悪な言葉に、エリノーラは視線をそらせた。

 その表情の理由を知ってはいたけれど、セリアはあえて知らない振りをし、言葉でエリノーラの背中を押す。


「―――あの男がついてさえ来なければ、私だって喜んで出かけるのに」

「まあお嬢様!婚約者様にそのようなこと言うべきではありませんわ」


 セリアの正論に不満そうな顔をしながら、エリノーラは渋々の様子で扉をくぐり。

ぱたり、と扉が閉まるまで、セリアは笑顔で見送った。





 片思いでした。ただの片思いだったのです。どうして恨み言など吐けましょうか。


「サイラス、さま」


 かつての勤め先の主の名を、セリアは確かめるように小さく呟く。

 自らは貴族に名を連ねてはいても、彼らとは比べるのも烏滸がましいほどの下級貴族。小さな土地はあるけれど、それでも家族が慎ましく暮らすので精一杯。貴族などと名はあるけれど、所詮そんなものだ。名目上貴族なだけで、きっと自分の本質は兵民とそう変わらないのだろう。

 だから、身分違いの片思いだった。

 プレスコット家の片隅で細々と仕事をしながら、時折見かけるサイラス様の姿に頬をゆるめ、少し用事などで声をかけられれば一日中機嫌よく働いて。

 単純な娘の、叶う訳のない恋でした。

 町娘が王子に恋するような、そんな叶いっこない夢物語。

 きっと時がたてば薄れて消えて、大人になった娘は普通に別の誰かと添い遂げるのでしょう。きっとそれが、正しいのでしょう。

 自分もいつかそうなるのかな、とセリアは目を閉じて考えてみるが、そんな未来なんて想像もできなかった。未来の自分は知らないが、今の自分は確かにサイラス様を好いているのだから。


「―――お嬢様、とっても素敵な人ですもの。きっと、お似合いです」


 人事の都合か、人員が余りでもしたのか職を辞することになり、家でしばらく泣き暮らした。

 けれどもいつまでも家に厄介になるわけには行かないと考え、新たな仕事先を探して。

 そうしてなんという幸運か。以前の仕事を評価され、この公爵家に侍女として雇っていただけたのだ。

 格式高さと、まだ慣れぬ職場に戸惑っていた自分にも、お嬢様はとてもお優しくて、私のなにを気に入ったのか、こうしてよく取り立てて下さる。

 その期待に応えないと、とセリアは気合いを入れて、ぱしりと自らの柔らかな頬を叩いた。そうして少し力を込めすぎたのか、じわりと目尻に涙を浮かばせた。


「洗濯物を持っていかないと・・・」


 こういった大きなところでは、侍女もいくつかの仕事が分けられている。洗濯物をその担当の元へ運ぼうと、事前に持ってきていた篭へと放り込む。

 布ではあるけれど、いくつも重なれば腕には負担になる。

 持ち上げる際にわずかに手間取りながらも、それをなんとか持ち上げると、セリアは部屋を出た。

 一歩一歩確かめるように歩いていると、視界に栗色のものが見え、足を止める。

 なんだろう、と一瞬考え、思い至ったセリアは眉を下げた。まとめ損ねた自らの髪が視界に入っていたのだと気がついたからだ。

 とりあえずこれを運んでしまったら、まとめ直さないと、とセリアは僅かに憂鬱になった。セリアはこういった細かな作業がどうしてか苦手で、うまくいかないのだ。

 刺繍とかは得意だから、不器用じゃないはずよ、と自らを励ましながら、セリアは階段を下りる。ひらひらと、栗色の髪が何度も視界に入る。セリアは、この華やかさなど欠片もない自分の髪の色が嫌いだった。自らの地味な顔立ちと、地味な色の髪。見るたびに気分が滅入った。

 けれども最近では、ほんの少しだけ気に入っている、この髪。

 ふわふわとした茶色で、子リスみたいだとからかわれて庭で沈んでいた私に、可愛いじゃないかと通りがかったあの人が言ってくれたから。

 なんて単純な女だろうか。

 小さく笑って、一人で階段をおりきった。

 そういえばこの婚約、殿下はご存知なのかしら、と考え、知らないわけがないよね、とまた笑う。

 殿下とお嬢様は大層仲がいいから、きっと今日のも殿下が仕組んだのね、と考える。きっと今日の二人のお出かけも、遠見の水晶で眺めているに違いない。

 そう考えながら、セリアは屋敷の門を少しだけ見つめ、仕事に戻った。

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