9
白い斬光が、少女へ迫る。
距離は、もうない。
次の瞬間には終わる。
——誰もがそう確信した。
その時。
空気が、裏返った。
ぱん、と弾けたような音。
だが誰の耳にも、正しく届かない。
ユリスの剣先が少女へ触れる寸前——
水が、割り込んだ。
アクアが放った水球が、斬線へ衝突する。
「っ……!?」
反射的に、ユリスは剣を振り上げた。
衝撃が腕を走る。
身体が弾かれ、地面を抉りながら後退する。
草原が裂け、土煙が舞い上がった。
数メートル滑り、ようやく止まる。
「ユリス!!」
「大丈夫か!?」
カイルの叫びと、駆け寄るサラ。
だが——その声より早く。
少女の周囲の空気が、静かに震えていた。
水面に広がる波紋。
草が伏せる。
精霊たちが、怯えるように距離を取る。
すべてが。
少女から離れていく。
⸻
ラティアは、ゆっくり振り返った。
濡れた銀髪が揺れる。
一本一本が淡い光を帯びていた。
瞳は驚きに見開かれている。
けれど——
溢れ出す力は、彼女の意思とは無関係に膨れ上がっていた。
(……なに、これ……)
止まらない。
胸の奥の“何か”が目を覚ましている。
——攻撃。
——危険。
——守れ。
本能の声が、意識の底で震えた。
(……まずい)
十年前の感覚が蘇る。
抑えきれなかった力。
砕け散った腕輪。
世界が壊れた、あの瞬間。
光が、チリ……と弾ける。
ラティアは家へ駆け込む。
逃げるように。
殻へ閉じこもるように。
(お願い……おさまって……)
⸻
「……っ!」
土煙の中、ユリスが身を起こした。
息は荒い。
だが瞳の警戒は消えていない。
危険対象。
そう判断したまま、第二撃へ踏み出す。
少女が家へ入るのを確認すると、迷いなく追った。
扉を蹴破る。
室内へ踏み込み——
ラティアを押し倒す。
剣が振り下ろされる。
その瞬間。
視界に入ったのは——
(……泣いている?)
震える瞳。
恐怖ではない涙。
剣先が、わずかに逸れた。
刃はラティアの右耳のすぐ横、床へ突き刺さる。
硬い音が響いた。
そしてラティアは——
何が起きたのか理解できず、固まっていた。
(また……私……傷つけた……?)
恐る恐る目を上げる。
目の前の男。
傷はない。
血も、ない。
震える手が、頬へ伸びた。
触れる。
温かい。
「……傷ついて、ない」
その言葉が、自分自身へ染み込んでいく。
「……傷ついてない……」
涙が溢れた。
——あの時とは、違う。
壊していない。
誰も、傷つけていない。
その事実に、ようやく安堵した。




