5
レオンを傷つけてしまった日の夜。
ラティアは布団の中で震えながら、ずっと自分の腕を抱きしめていた。
魔力は今も胸の奥で、微かにざわめいている。
まるで、次の暴走の機会を待っているかのように。
「……もう、私には……止められない……」
かすれた声が漏れた。
神官の腕輪ですら壊れてしまった。
自分の意志で、力を抑えられる未来なんて想像できない。
——こんな私がそばにいたら、また誰かを傷つける。
——次は、もっと酷いことになるかもしれない。
その恐怖が、眠気をすっかり奪った。
深夜。
屋敷の灯りがすべて消えた頃、ラティアは静かにベッドを抜け出した。
机の引き出しから小さな荷物を取り出し、
振り返らずに部屋の扉へ向かう。
(ごめんなさい……。お父さま、お母さま、レオン…でも、私は制御できない……もう誰かの隣にいちゃいけない)
雪のように白い夜気が、彼女の決意を冷たく固めた。
⸻
翌朝、ラティアがいないと知った家は混乱に包まれた。
両親は領兵と屋敷の騎士に捜索を命じ、
レオンはまだ癒えない傷を抱えながらも、必死に彼女の名を呼んで走り回る。
「ラティア……。あんな終わり方でいなくならないでよ……」
しかし、少女は見つからなかった。
生まれつき“気配を読まれない魔力”を持つ彼女を探すのは、干し草の山から針を探すようなものだった。
――制御できない力が、今は追跡すら拒む殻になっていた。
⸻
いくつもの街道を越え、
雪の降り積もる森を抜け、
どれほど歩いたか分からない。
気がつけば、ラティアの前には巨大な白銀の山壁がそびえ立っていた。
世界の屋根。
雲を突き破るその山脈は、誰も近づかぬ禁域と呼ばれている。
「ここなら……誰も……いない……」
立ち止まると、胸の奥の魔力がぶるりと震えた。
それはもはや、生き物のようだった。
「……、抑えられる気がしない……」
次に暴れたとき、自分が何を壊すのか。
誰を傷つけるのか。
考えた瞬間、足がすくんだ。
だからこそ——人のいない場所へ行くしかなかった。
ラティアは凍りついた息を吐き出し、
吹き荒れる風の中へ足を踏み入れる。
「ここで……私、ひとりで……なんとかする」
その声は、雪の上に淡く消えていった。




