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それは本当に、なんでもない午後だった。
いつも通りの陽ざし。
いつも通りの庭の色。
いつも通りにレオンが遊び相手としてやって来て——
「ラティア、今日は本、読まないの?
じゃぁ、一緒に外で遊ぼうよ」
「うん。今日は大丈夫そう」
ラティアは微笑んだ。
その笑顔に、不安もざわつきもなかった。
あの神官からもらった“魔力安定の腕輪”は、
腕に馴染むように静かに光を宿し、
ラティアにとってはもう安心の象徴になっていた。
——何も起きないはずだった。
本当に、何も。
庭で風を受けながら、二人は花影の下で他愛もない話をしていた。
レオンが枝を拾い、ふざけて剣の真似をする。
ラティアが笑ってその先を指でつつく。
(……こういう時間が、ずっと続けばいい)
ラティアがそう思った、その“次の瞬間”。
ぱきん。
乾いた小さな音が、指先で弾けた。
「……え?」
手元を見る。
魔力安定の腕輪に、ひと筋のひび。
予兆も、光の揺らぎもなかった。
ただ、突然——
本当に突然に。
ぱんっ。
音とともに、腕輪が“内側から弾け飛んだ”。
破片が光を散らしながら空に舞う。
(……なに? どうして……?)
ラティアが息を呑むより早く。
——ドン、と世界が震えた。
空気がぶつかり合うような重く鋭い衝撃。
ラティアの髪がふわりと浮き、次の瞬間には足元が揺らぐ。
「ラティア……?」
レオンが、ほんの半歩近づいた。
その半歩が、致命的だった。
しゅる、と空間が裂けたように金の光が走る。
無数の細い線が雷のように走り、レオンへ向かって弾けた。
「危な——っ!」
レオンが叫ぶ間もなく、光の鞭が肩を切り裂いた。
べり、と布が音を立て、血が滲む。
「レオン!!」
止めようと伸ばしたラティアの手から、
さらに濃い光が噴き上がる。
(やだ……なんで……っ!!)
暴走——
それはラティアの意識をまるで無視して広がった。
風が巻き起こり、花びらが渦を描いて舞い、
光の線は次々とレオンめがけて飛ぶ。
「ラティア、逃げ……っ」
レオンは避けようとするが、
光は彼を“敵”と判断したように追尾する。
金色の光が一本の“帯”になり、横からレオンに叩きつけられた。
「…………っ!」
声にならない呻き声が溢れる。
腕が焦げ、裾が裂け、
細い傷が幾筋も赤く浮かぶ。
それでもレオンは立ち上がる。
「ラティア……泣くな……!!」
「泣くよ! だって……っ、レオンがっ……!!」
叫んだ瞬間、光が暴れるように爆ぜた。
ドォンッ——!!
強烈な反動。
レオンの体が近くの木へ叩きつけられる。
鈍い衝撃音と、折れる枝の音。
「レオン——ッ!!」
ラティアの叫びが震える。
光の嵐がようやく薄れ、
はっとして駆け寄ると、
レオンは地面に倒れ込んでいた。
肩は深く裂け、片腕は焦げ、
膝も血で汚れ、
額には衝撃でついた赤黒い痕。
息は荒く、目はうっすらと開いて——
それでも、ラティアを見て笑った。
「へ……へへ、大丈夫……大丈夫…………」
「笑わないで……っ、レオン……!!」
声が震え、涙がとめどなく落ちる。
レオンはかすかに手を伸ばし、
ラティアの頬に触れようとした。
「……痛いのは……大丈夫……
ラティアが……泣くほうが……よっぽど……」
そのまま、レオンの意識がふっと途切れた。
◆
腕輪の破片が、光を失って草の上に散らばっていた。
それはまるで
——“ラティアの魔力が、ついに人の器を拒んだ”
そんな予兆のように見えた。




