26
森を抜けると、視界がひらけた。
木々の向こうに、小さな村が広がっている。
低い柵に囲まれた畑。
煙を上げる石の煙突。
土の道の両側に並ぶ木造の家。
どこからか、パンの焼ける匂いが漂ってきた。
ラティアは思わず立ち止まる。
「……家」
小さく呟く。
結界の中の小屋とは違う。
たくさんある。
人が住んでいる家が。
カイルが横で笑う。
「村だな」
サラが優しく言う。
「ここは山の麓の小さな集落だそうです」
男が振り返る。
「ええ、そうです! ここが僕たちの村です!」
村の入口に近づくと、畑仕事をしていた人たちがこちらに気づいた。
一人が目を丸くする。
「おい……」
別の男が言う。
「勇者様じゃないか?」
ざわざわと人が集まり始める。
ラティアはその様子に少し後ずさる。
(……人、多い)
無意識に、ユリスの隣へ寄る。
ユリスは何も言わない。
ただ、ほんの少し歩く速度を落とした。
それだけで、ラティアは少し落ち着く。
さっき助けた男が叫んだ。
「熊から助けてくれたんだ! この人たちが!」
村人たちがどよめく。
「熊!?」
「また出たのか!」
「大丈夫だったのか!」
男は勢いよくラティアを指さした。
「この方が止めてくれたんです!!」
沈黙。
村人たちの視線が、一斉にラティアへ集まる。
ラティア固まる。
「……え」
次の瞬間。
「聖女様だ!!」
「聖女様だ!」
「すごい!」
「違う」
ラティアが即答する。
カイルが肩を震わせる。
「いや言われるわ」
サラも小さく笑った。
村人の一人が慌てて言う。
「ぜひ村へ! 休んでいってください!」
別の人が言う。
「パンもあります!」
「スープも!」
ラティアは少し困った顔でユリスを見る。
どうしたらいいかわからない。
ユリスは短く言った。
「世話になる」
その一言で決まった。
村人たちは嬉しそうに頷く。
「宿を用意します!」
「広場へどうぞ!」
人に囲まれながら、四人は村の中へ入っていく。
ラティアは歩きながら、きょろきょろと辺りを見る。
畑。
井戸。
干してある洗濯物。
走り回る子供たち。
全部が新しい。
そのとき、小さな子供がラティアの前に来た。
じっと見上げる。
「お姉ちゃん」
ラティアはしゃがむ。
「なに?」
子供は言った。
「熊、ほんとに止めたの?」
ラティアは少し考えてから答えた。
「……撫でただけ」
子供は目を輝かせる。
「すげえ!」
ラティアは少し照れる。
その様子を見て、カイルがぼそっと言う。
「完全に人気者だな」
ユリスは何も言わない。
だが、ラティアを見ていた。
村の広場に着く。
中央には井戸があり、その周りに人が集まっている。
誰かが言った。
「今日はちょうど祭りの日なんだ」
カイルが眉を上げる。
「祭り?」
村人が笑う。
「収穫祭ですよ」
サラが微笑む。
「それは楽しそうですね」
ラティアは広場を見る。
色とりどりの布。
料理を並べる台。
歌う人たち。
胸が少し高鳴る。
(……お祭り)
結界の中にはなかったもの。
ラティアは小さく呟く。
「……すごい」
そのとき。
ユリスが横で言った。
「迷うな」
ラティアが顔を上げる。
「え?」
ユリスは短く言う。
「人が多い」
それだけ。
ラティアは少し笑う。
「うん」
そして、ほんの少しだけ——
ユリスの外套の端を掴んだ。
迷わないように。
胸の奥が、また少しだけざわっとする。
でも。
嫌な感じじゃない。
むしろ——
少しだけ安心する感覚だった。
広場では、祭りの準備が始まっていた。
ラティアの初めての村の夜が、
もうすぐ始まろうとしていた。




