25
結界から少し離れた森の道。
朝の光が木々の隙間から落ちて、地面にまだらな影を作っている。
ラティアは歩くたびに、きょろきょろと辺りを見ていた。
「……木、多い」
カイルが吹き出す。
「そりゃ森だからな」
「結界の中にも森はあるけど……なんか違う」
ラティアは足元の土を見た。
踏むと沈む。
柔らかい。
「……土が、動く」
「動かねえよ」
「でも沈む」
サラがくすりと笑う。
「外の地面はそういうものですよ」
ラティアは小さく感心した顔をする。
世界は、思っていたより細かく違う。
そのときだった。
遠くから、声が聞こえた。
「うおおおおおおい!!」
ばさばさと木の枝をかき分けて、誰かが走ってくる。
若い男だ。
薪を背負っている。
そして、その後ろから——
どすん。
どすん。
大きな影。
「熊だあああああ!!」
カイルが振り向く。
「うわ、でか」
黒い熊が森の奥から突進してくる。
ユリスが剣に手をかける。
だがその前に——
ラティアが一歩出た。
「だめ」
ぽつりと言う。
熊は怒りで唸りながら突っ込んでくる。
男が転ぶ。
距離はもう十歩もない。
ラティアは両手を前に出す。
「落ち着いて」
光が広がる。
ふわりと。
柔らかい光。
熊の動きが止まった。
さっきまでの暴れる気配が、すっと消える。
熊は首をかしげる。
のそのそと近づく。
ラティアの前まで来て——
ぺたり。
座った。
「……え?」
カイルが呆然とする。
サラが小さく息を呑む。
ユリスの目が細くなる。
ラティアは熊の鼻先を撫でる。
「びっくりしたね」
熊はぐるると喉を鳴らす。
完全に懐いた。
沈黙。
男が震えながら言う。
「……え……?」
ラティアは振り返る。
「もう大丈夫だよ」
にこっと笑う。
男は三秒固まり——
地面に土下座した。
「聖女様だああああ!!」
「違う」
ラティアが即答する。
カイルが腹を抱えて笑う。
「いや今のは言われるわ」
男は涙目でまくしたてる。
「熊が!熊が!急に怒って!薪取りに来ただけなのに!」
ユリスが熊を見る。
「普通の熊じゃないな」
よく見ると、熊の体に黒いもやの痕がある。
ほんのわずかだが。
ラティアの背中がぞくっとする。
(……これ)
思い出す。
先週の、黒い魔物。
サラが静かに言う。
「北方の魔力の影響かもしれません」
男が慌てて言った。
「最近、山の方がおかしいんです! 動物が急に暴れたりして……」
カイルが顎をさする。
「なるほどな」
男は恐る恐るラティアを見る。
「本当に……助かりました」
ラティアは慌てて手を振る。
「ちがうちがう!ただ撫でただけ!」
熊は隣で満足そうに座っている。
カイルが肩を叩く。
「お前さ」
にやにや笑う。
「“ただ撫でただけ”で熊止める人間いねえから」
ラティアは顔を真っ赤にする。
男が立ち上がり、森の奥を指した。
「この先に村があります」
息を整えながら言う。
「よかったら寄っていってください。皆もきっと驚きます……いや喜びます!」
カイルが笑う。
「ちょうどいいな」
ユリスを見る。
「補給ついでに情報も聞ける」
サラも頷いた。
「ええ。最近の山の様子も知りたいですね」
ユリスは短く言う。
「案内してくれ」
男は何度も頷いた。
「はい!こっちです!」
男は先に立って歩き出す。
カイルがラティアの横に並ぶ。
「外界初日で熊テイムはすごいな」
「テイムじゃない!」
「どう見てもテイムだろ」
サラがくすくす笑う。
ユリスは何も言わない。
だがラティアを一度だけ見た。
そして前を向く。
森の道の先。
木々の向こうに、煙がうっすらと見えていた。
小さな村だ。
ラティアは胸を押さえる。
(人の……村)
結界の外で。
初めて出会う、人の暮らし。
四人は森の道を進む。
村へと続く小道を。




