23
森の風が、遺跡を抜けていった。
石の隙間を通る音だけが、静かに響く。
誰も、すぐには言葉を出さなかった。
やがてカイルが肩をすくめる。
「……まあ」
石台を軽く叩く。
「魔王復活じゃなかったなら、それでよくね?」
軽い声。
だが、その言葉に空気が少しだけ緩む。
サラも頷いた。
「ええ。聖女様のお告げは“魔力の目覚め”でした」
石台を見る。
空っぽの窪み。
「ですが今、この場所には何もありません」
ユリスはまだ焦げ跡を見ていた。
だが数秒後、立ち上がる。
「とりあえず、今日は終了しよう」
短い結論。
カイルが笑う。
「助かった。雪山もう一往復とか言われたら泣いてた」
サラが静かに言う。
「王都へ報告ですね」
その言葉に、ラティアの胸が跳ねた。
(王都)
初めて聞くわけじゃない。
物語の中で何度も出てきた場所。
勇者。
聖女。
王城。
全部そこにある。
ラティアは思わず顔を上げた。
カイルが気づく。
「ん?」
にやっと笑う。
「気になる?」
ラティアは慌てて首を振る。
「ち、違う!」
サラがくすりと笑う。
「ラティアさん」
優しい声。
「王都へ行ってみたいですか?」
ラティアの口が止まる。
言葉が出ない。
行きたい。
でも。
怖い。
春の結界の外に出ただけで、胸はこんなに落ち着かなかったのに。
王都なんて。
人がたくさんいる場所。
世界の中心。
ラティアの指が、そっと握られる。
壊して直したティーカップの感触が、まだ残っている。
(こわい)
でも。
さっき森を見たとき。
少しだけ。
胸がわくわくした。
ラティアは小さく言った。
「……ちょっとだけ」
三人が見る。
ラティアは顔を赤くする。
「……見てみたい」
沈黙。
次の瞬間。
カイルが笑った。
「いいじゃん」
あっさり。
「ちょうどいい」
ラティアが目を瞬く。
「え?」
カイルは親指でユリスを指す。
「勇者様の護衛付きだぞ」
ユリスが軽く睨む。
「勝手に決めるな」
「いや普通そうなるだろ」
カイルが肩をすくめる。
「魔力規格外の子を雪山に一人放置とか、神殿に怒られる未来しか見えねぇ」
サラも静かに頷いた。
「確かに」
ラティアを見る。
「あなたの力は特別です」
優しい声。
「神殿の保護を受けた方が安全でしょう」
ラティアの胸が少しきゅっとする。
保護。
つまり。
危ない存在でもある。
そのとき。
ユリスが口を開いた。
「……心配はいらない」
低く、落ち着いた声だった。
ラティアが顔を上げる。
ユリスはまっすぐラティアを見る。
「お前の力は危険かもしれない」
はっきり言う。
だが、その声に責める響きはない。
「だが」
わずかな間。
「俺がいる」
静かな断言。
ラティアの呼吸が止まる。
ユリスは続ける。
「もし暴走しても」
森の風が彼の外套を揺らす。
「俺が止める」
迷いのない声。
勇者として言っている。
それが分かる言葉だった。
「だから」
少しだけ視線が柔らぐ。
「怖がる必要はない」
ラティアの胸の奥が、じんわりと温かくなる。
さっきまで胸にあった重い不安が、少しだけほどける。
無意識に、深く息を吸った。
ユリスのそばにいると、
なぜか呼吸が楽になる。
ラティアは小さく言う。
「……ほんと?」
ユリスは迷いなく頷いた。
「勇者だからな」
それは誇りでも自慢でもない。
ただの事実のような言い方だった。
ラティアの手が、少しだけ動く。
迷うように。
そして——
そっと、ユリスの外套の袖を掴んだ。
ほんの少しだけ。
指先でつまむ程度。
自分でも気づかないくらい、自然な動きだった。
ユリスは何も言わない。
だが、そのまま歩き出す。
ラティアも袖を掴んだまま、小さくついていく。
その様子を見て、カイルが吹き出した。
「おいおい」
肩をすくめる。
「勇者様、もう懐かれてんじゃねぇか」
ラティアがはっとして手を離す。
「ち、違う!」
カイルはにやにやしている。
「違うって顔じゃないだろ」
サラがくすりと笑った。
「いいじゃないですか」
優しい声。
「勇者様は頼りになりますから」
そしてラティアを見る。
「安心できる人がそばにいるのは、大事なことです」
カイルが腕を組む。
「そうそう」
にっと笑う。
「勇者様は丈夫だからな。多少の魔力暴走くらいじゃ壊れねぇよ」
ユリスが睨む。
「お前の評価は雑だな」
カイルは気にしない。
「事実だろ?」
肩をすくめる。
「それに」
ラティアに向かって言う。
「もし暴走したらさ」
親指で自分を指す。
「俺もいる」
続いてサラ。
「私もいますよ」
柔らかく微笑む。
「止めるのは勇者様ですが、支えるのは皆です」
ラティアの胸が、少しだけ熱くなる。
一人じゃない。
そう思えた。
森の風が静かに吹く。
ラティアはもう一度、小さく頷いた。
「……うん」
さっきよりも、少しだけ強い声だった。
そのまま四人は歩き出した。




