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森の風が、遺跡を抜けていった。


石の隙間を通る音だけが、静かに響く。


誰も、すぐには言葉を出さなかった。


やがてカイルが肩をすくめる。


「……まあ」


石台を軽く叩く。


「魔王復活じゃなかったなら、それでよくね?」


軽い声。


だが、その言葉に空気が少しだけ緩む。


サラも頷いた。


「ええ。聖女様のお告げは“魔力の目覚め”でした」


石台を見る。


空っぽの窪み。


「ですが今、この場所には何もありません」


ユリスはまだ焦げ跡を見ていた。


だが数秒後、立ち上がる。


「とりあえず、今日は終了しよう」


短い結論。


カイルが笑う。


「助かった。雪山もう一往復とか言われたら泣いてた」


サラが静かに言う。


「王都へ報告ですね」


その言葉に、ラティアの胸が跳ねた。


(王都)


初めて聞くわけじゃない。


物語の中で何度も出てきた場所。


勇者。

聖女。

王城。


全部そこにある。


ラティアは思わず顔を上げた。


カイルが気づく。


「ん?」


にやっと笑う。


「気になる?」


ラティアは慌てて首を振る。


「ち、違う!」


サラがくすりと笑う。


「ラティアさん」


優しい声。


「王都へ行ってみたいですか?」


ラティアの口が止まる。


言葉が出ない。


行きたい。


でも。


怖い。


春の結界の外に出ただけで、胸はこんなに落ち着かなかったのに。


王都なんて。


人がたくさんいる場所。


世界の中心。


ラティアの指が、そっと握られる。


壊して直したティーカップの感触が、まだ残っている。


(こわい)


でも。


さっき森を見たとき。


少しだけ。


胸がわくわくした。


ラティアは小さく言った。


「……ちょっとだけ」


三人が見る。


ラティアは顔を赤くする。


「……見てみたい」


沈黙。


次の瞬間。


カイルが笑った。


「いいじゃん」


あっさり。


「ちょうどいい」


ラティアが目を瞬く。


「え?」


カイルは親指でユリスを指す。


「勇者様の護衛付きだぞ」


ユリスが軽く睨む。


「勝手に決めるな」


「いや普通そうなるだろ」


カイルが肩をすくめる。


「魔力規格外の子を雪山に一人放置とか、神殿に怒られる未来しか見えねぇ」


サラも静かに頷いた。


「確かに」


ラティアを見る。


「あなたの力は特別です」


優しい声。


「神殿の保護を受けた方が安全でしょう」


ラティアの胸が少しきゅっとする。


保護。


つまり。


危ない存在でもある。


そのとき。


ユリスが口を開いた。


「……心配はいらない」


低く、落ち着いた声だった。


ラティアが顔を上げる。


ユリスはまっすぐラティアを見る。


「お前の力は危険かもしれない」


はっきり言う。


だが、その声に責める響きはない。


「だが」


わずかな間。


「俺がいる」


静かな断言。


ラティアの呼吸が止まる。


ユリスは続ける。


「もし暴走しても」


森の風が彼の外套を揺らす。


「俺が止める」


迷いのない声。


勇者として言っている。


それが分かる言葉だった。


「だから」


少しだけ視線が柔らぐ。


「怖がる必要はない」


ラティアの胸の奥が、じんわりと温かくなる。


さっきまで胸にあった重い不安が、少しだけほどける。


無意識に、深く息を吸った。


ユリスのそばにいると、


なぜか呼吸が楽になる。


ラティアは小さく言う。


「……ほんと?」


ユリスは迷いなく頷いた。


「勇者だからな」


それは誇りでも自慢でもない。


ただの事実のような言い方だった。


ラティアの手が、少しだけ動く。


迷うように。


そして——


そっと、ユリスの外套の袖を掴んだ。


ほんの少しだけ。


指先でつまむ程度。


自分でも気づかないくらい、自然な動きだった。


ユリスは何も言わない。


だが、そのまま歩き出す。


ラティアも袖を掴んだまま、小さくついていく。


その様子を見て、カイルが吹き出した。


「おいおい」


肩をすくめる。


「勇者様、もう懐かれてんじゃねぇか」


ラティアがはっとして手を離す。


「ち、違う!」


カイルはにやにやしている。


「違うって顔じゃないだろ」


サラがくすりと笑った。


「いいじゃないですか」


優しい声。


「勇者様は頼りになりますから」


そしてラティアを見る。


「安心できる人がそばにいるのは、大事なことです」


カイルが腕を組む。


「そうそう」


にっと笑う。


「勇者様は丈夫だからな。多少の魔力暴走くらいじゃ壊れねぇよ」


ユリスが睨む。


「お前の評価は雑だな」


カイルは気にしない。


「事実だろ?」


肩をすくめる。


「それに」


ラティアに向かって言う。


「もし暴走したらさ」


親指で自分を指す。


「俺もいる」


続いてサラ。


「私もいますよ」


柔らかく微笑む。


「止めるのは勇者様ですが、支えるのは皆です」


ラティアの胸が、少しだけ熱くなる。


一人じゃない。


そう思えた。


森の風が静かに吹く。


ラティアはもう一度、小さく頷いた。


「……うん」


さっきよりも、少しだけ強い声だった。


そのまま四人は歩き出した。

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