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森を抜けると、空気が変わった。


春の匂いが薄れ、代わりに冷たい風が吹き下ろしてくる。


雪山の麓。


その斜面の途中に、古い石の遺跡があった。


崩れた柱。

半分埋もれた石段。


そして中央には、円形の石台。


ラティアの足が止まる。


(ここ……)


先週、あの黒いものが現れた場所?


あのときは、もっと暗かった気がする。

もっと怖かった。


もっと——黒かった。


「ここか」


ユリスが低く言う。


カイルが辺りを見回す。


「思ったより普通の遺跡だな」


サラは静かに首を振った。


「いえ……」


彼女は目を閉じる。


祈るように手を合わせる。


聖職者の感覚で魔力を探っている。


数秒の沈黙。


そのあと——


サラの目が、ゆっくり開いた。


「……ありません」


カイルが眉を上げる。


「何が?」


サラは困惑した顔をしている。


「魔力が」


風が吹いた。


石の遺跡を、静かに撫でる。


ユリスが石台の前まで歩く。


そこには本来、何かがあったはずの窪み。


だが——


空っぽ。


彼は手袋の指で石をなぞる。


「封印陣の跡だ」


石には複雑な紋様が刻まれている。


だが中心は、まるで焼け落ちたように消えていた。


カイルが言う。


「つまり?」


ユリスは短く答える。


「魔王の核が封印されていた場所だ」


ラティアの背中に汗が流れる。


(魔王……核……!?)


(あの物語に出てきた……魔王の封印……!?)


(まさか……ここ……!?)


ユリスは続ける。


「だが——」


指先を止める。


「魔力が残っていない」


完全な沈黙が落ちる。


サラが呟く。


「そんなはずは……」


聖女のお告げは間違えない。


北方にて、大いなる魔力が目覚める。


そう言われた。


だがここには——


何もない。


カイルが頭を掻く。


「え、待て」


石台を覗き込む。


「普通さ」


指で円を描く。


「魔王復活ってこう……ドーンって禍々しい魔力とかあるんじゃねえの?」


サラが真剣に頷く。


「本来は」


ユリスは遺跡の奥を見る。


石の壁。

崩れた天井。

静かな空間。


そして——


「消えている」


低く言う。


「完全に」


その言葉に、


ラティアの心臓が止まりそうになる。


(やっぱり)


思い出す。


先週。


結界の近くに現れた黒い魔物。


怖すぎて。


全力で。


光を——


「……あ」


思わず声が漏れる。


三人が振り向く。


ラティアは慌てて口を押さえる。


「どうした」


ユリスの視線が真っ直ぐ向く。


ラティアの頭の中が真っ白になる。


(言う!?

今!?

ここで!?)


(でも、本当に魔王なの?)


言わなきゃいけない。


でも。


勇者に。


「魔王倒しちゃったかもです」


なんて。


言えるわけがない。


絶対変な人だと思われる。


絶対。


絶対。


カイルが首を傾げる。


「なんか知ってる顔だな?」


「し、知らない!」


ラティアは勢いよく首を振る。


不自然すぎる。


サラが優しく言う。


「ラティアさん?」


ラティアの視線が石台に落ちる。


そこには——


微かに残った焦げ跡。


(……わたしの光だ)


間違いない。


自分の魔法。


完全に。


完全に。


消し飛ばしている。


ユリスが静かに言う。


「妙だ」


そして、石台の中心を見つめる。


「核だけ消えることはない」


カイルも腕を組む。


「誰かが持ち去った?」


サラが首を振る。


「それなら魔力の痕跡が残ります」


沈黙。


風が遺跡を通り抜ける。


そのとき。


ユリスの視線が、ゆっくりラティアに戻る。


鋭い目。


静かな声。


「……ラティア」


ラティアの背筋が凍る。


「この遺跡」


ほんのわずかな間。


「来たことはあるか」


心臓が、


爆発しそうな音を立てた。


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