21
森を抜けると、空気が変わった。
春の匂いが薄れ、代わりに冷たい風が吹き下ろしてくる。
雪山の麓。
その斜面の途中に、古い石の遺跡があった。
崩れた柱。
半分埋もれた石段。
そして中央には、円形の石台。
ラティアの足が止まる。
(ここ……)
先週、あの黒いものが現れた場所?
あのときは、もっと暗かった気がする。
もっと怖かった。
もっと——黒かった。
「ここか」
ユリスが低く言う。
カイルが辺りを見回す。
「思ったより普通の遺跡だな」
サラは静かに首を振った。
「いえ……」
彼女は目を閉じる。
祈るように手を合わせる。
聖職者の感覚で魔力を探っている。
数秒の沈黙。
そのあと——
サラの目が、ゆっくり開いた。
「……ありません」
カイルが眉を上げる。
「何が?」
サラは困惑した顔をしている。
「魔力が」
風が吹いた。
石の遺跡を、静かに撫でる。
ユリスが石台の前まで歩く。
そこには本来、何かがあったはずの窪み。
だが——
空っぽ。
彼は手袋の指で石をなぞる。
「封印陣の跡だ」
石には複雑な紋様が刻まれている。
だが中心は、まるで焼け落ちたように消えていた。
カイルが言う。
「つまり?」
ユリスは短く答える。
「魔王の核が封印されていた場所だ」
ラティアの背中に汗が流れる。
(魔王……核……!?)
(あの物語に出てきた……魔王の封印……!?)
(まさか……ここ……!?)
ユリスは続ける。
「だが——」
指先を止める。
「魔力が残っていない」
完全な沈黙が落ちる。
サラが呟く。
「そんなはずは……」
聖女のお告げは間違えない。
北方にて、大いなる魔力が目覚める。
そう言われた。
だがここには——
何もない。
カイルが頭を掻く。
「え、待て」
石台を覗き込む。
「普通さ」
指で円を描く。
「魔王復活ってこう……ドーンって禍々しい魔力とかあるんじゃねえの?」
サラが真剣に頷く。
「本来は」
ユリスは遺跡の奥を見る。
石の壁。
崩れた天井。
静かな空間。
そして——
「消えている」
低く言う。
「完全に」
その言葉に、
ラティアの心臓が止まりそうになる。
(やっぱり)
思い出す。
先週。
結界の近くに現れた黒い魔物。
怖すぎて。
全力で。
光を——
「……あ」
思わず声が漏れる。
三人が振り向く。
ラティアは慌てて口を押さえる。
「どうした」
ユリスの視線が真っ直ぐ向く。
ラティアの頭の中が真っ白になる。
(言う!?
今!?
ここで!?)
(でも、本当に魔王なの?)
言わなきゃいけない。
でも。
勇者に。
「魔王倒しちゃったかもです」
なんて。
言えるわけがない。
絶対変な人だと思われる。
絶対。
絶対。
カイルが首を傾げる。
「なんか知ってる顔だな?」
「し、知らない!」
ラティアは勢いよく首を振る。
不自然すぎる。
サラが優しく言う。
「ラティアさん?」
ラティアの視線が石台に落ちる。
そこには——
微かに残った焦げ跡。
(……わたしの光だ)
間違いない。
自分の魔法。
完全に。
完全に。
消し飛ばしている。
ユリスが静かに言う。
「妙だ」
そして、石台の中心を見つめる。
「核だけ消えることはない」
カイルも腕を組む。
「誰かが持ち去った?」
サラが首を振る。
「それなら魔力の痕跡が残ります」
沈黙。
風が遺跡を通り抜ける。
そのとき。
ユリスの視線が、ゆっくりラティアに戻る。
鋭い目。
静かな声。
「……ラティア」
ラティアの背筋が凍る。
「この遺跡」
ほんのわずかな間。
「来たことはあるか」
心臓が、
爆発しそうな音を立てた。




