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焚き火の火が、静かに揺れている。


ラティアの「少しだけなら……見てみたいかも」という言葉は、まだ空気の中に残っていた。


カイルは満足そうに頷き、サラは穏やかに微笑む。


けれど、何も言わない男がひとりいる。


ユリス。


彼はカップを置き、ゆっくりと立ち上がった。


焚き火の向こうから、ラティアを見下ろす。


「少しだけ、か」


低い声。


責める響きはない。


ただ、確認するように。


ラティアは小さく頷く。


「……全部は、こわい」


正直な言葉。


ユリスは数秒、黙って彼女を見ていた。


やがて、視線を結界の縁へ向ける。


淡い光の向こうに広がる森。


そのさらに先に、雪山。


そして世界。


「なら」


短い間。


焚き火がぱちりと弾ける。


「俺が案内する」


静かに落ちた言葉。


ラティアの呼吸が止まる。


「……え」


カイルが吹き出しそうになるのを、必死に堪える。


サラは目を細める。


ユリスは続ける。


「遠くへは行かない」


淡々と。


「結界の近く。半日で戻れる距離だ」


それは任務の説明のようでいて、違う。


「危険があれば、俺が対処する」


断言。


迷いのない声音。


ラティアの胸が、大きく打つ。


守られる言葉。


けれど同時に、


“外へ出る前提”の言葉。


「……わたしが、ついていっても?」


かすれた問い。


ユリスはわずかに眉を動かす。


「お前が行きたいと言った」


事実だけを述べる。


「だから案内する」


それだけ。


余計な甘さはない。


だがそこには、はっきりとした選択がある。


ラティアの指先が震える。


怖い。


でも。


胸の奥が、あたたかい。


精霊たちがそわそわと舞う。


結界の光が、ふわりと広がる。


拒絶ではない。


むしろ、押し出すような揺れ。


カイルがにやりと笑う。


「お、初デートか?」


「違う」


即答。


だがほんの一瞬、ユリスの視線が逸れる。


サラが柔らかく言う。


「私たちも同行します。安心してください」


その言葉に、ラティアはほっと息をつく。


一人じゃない。


怖くても。


一歩目を踏み出すとき、隣に誰かがいる。


ユリスが手を差し出す。


触れない距離のまま。


「明日の朝だ」


低く言う。


「気が変わっても構わない」


逃げ道も用意する。


それが彼の優しさだ。


ラティアはその手を、見つめる。


触れれば、きっと本当に始まってしまう。


春の外へ。


世界へ。


彼女は、ゆっくりと立ち上がる。


そして——


そっと、ユリスの外套の端を掴んだ。


ほんの少し。


指先だけ。


「……いく」


小さな声。


でも、はっきりと。


結界の光が、静かに輝く。


春は、もう閉じた楽園ではない。


それは——


帰る場所になりつつあった。


そしてラティアは、


初めて“行く場所”を持った。


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