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春の結界の縁は、朝の光に淡く溶けていた。


数日間。

勇者一行は、この春の中を拠点に北の雪山を調査していた。


夜明けとともに結界を出て、

白く閉ざされた峰を越え、

夕暮れには戻ってくる。


雪山の奥で確認された異様な魔力の痕跡。

黒く焦げた岩肌。

凍りついた魔物の残骸。


「確かに“何か”はあった」


カイルはそう言い、

サラは祈りを捧げ、

ユリスは黙って痕跡を辿った。


だが決定的な存在は見つからなかった。


そして今朝。


「調査は一区切りだな」


カイルが荷を締め直す。


「雪山の異常も、今は沈静化してる。王都へ報告だ」


サラは静かにうなずいた。


「聖女様のお告げが示した“大いなる魔力”は、少なくとも今は動いていません」


その言葉に、ラティアの指先がわずかに震える。


(……今は)


胸の奥で、あの黒い影の記憶が揺れる。


けれど、何も言えない。


ユリスが結界の光に目を向けた。


「ここは安全だ」


断言だった。


「この春が乱れる兆候もない」


ラティアは、ほっとするべきなのに、なぜか息が詰まる。


“安全”

その言葉は、別れの合図でもあった。


結界の縁に、三人が並ぶ。


淡い光が、朝の空気に溶ける。


カイルが振り返る。


「正直、雪山よりこっちのが好きだわ。あったかいし、飯うまいし」


笑って手を振る。


サラが深く一礼する。


「あなたの春に、祝福がありますように」


最後にユリス。


数日間、毎朝雪山へ向かった背中が、今は外へ向いている。


彼は一度だけ、ラティアを見た。


その視線は変わらず静かで、けれどどこか柔らかい。


「……異変があれば、すぐに知らせろ」


任務の声。


だが、その奥にほんの僅かな名残が滲んでいる気がした。


ラティアは唇を開きかけて、閉じる。


止める言葉が、見つからない。


カイルが光を越える。


サラが続く。


そしてユリスも、迷いなく結界を出た。


光が揺れ、三人の姿が森へと溶けていく。


雪山へ向かっていた数日と同じように。


ただ、今日は戻らない。


足音が遠ざかる。


春の音だけが残る。


ラティアはその場に立ち尽くす。


数日間、当たり前のようにあった気配が、消えた。


雪山の冷気が、わずかに結界を越えて流れ込む。


それが、やけに寂しかった。


「……いっちゃった」


小さな声が、朝の空気に溶ける。


結界は静かに閉じる。


何も変わらないはずの春が、


どこか広すぎる。


胸の奥で、まだ名前のない感情が揺れていた。


それは、雪山の異変よりも静かで、


けれど確実に——


ラティアの世界を変え始めていた。


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