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焚き火は小さくなっていた。


赤い熾火だけが残り、静かな室内を淡く照らしている。


ラティアは少し離れた場所で眠っていた。


毛布にくるまり、小さく体を丸めている。


その周囲を、精霊たちの光が静かに漂っていた。


ユリスは眠れず、焚き火の前に座り、火を見つめていた。


隣にはカイル。


少し離れて、サラが祈祷書を閉じる。


窓の外で、風が枝を揺らした。


しばらく、誰も話さなかった。


やがてカイルが口を開く。


「……で」


小枝を火に投げ込む。


「どう思うよ、勇者様」


ユリスは視線を動かさない。


「何についてだ」


「全部だよ」


カイルは顎でラティアを示した。


「聖女のお告げ。

魔王復活。

んで——あの子」


炎が揺れる。


ユリスの瞳に光が映る。


「……危険なのは事実だ」


迷いなく言う。


「魔力量が規格外だ。

無意識の防衛だけで俺の剣を弾いた」


カイルが口笛を吹く。


「勇者の剣をな」


サラが静かに続ける。


「ですが……」


彼女は眠るラティアを見る。


「悪意は感じませんでした」


その言葉に、カイルが頷く。


「精霊が離れねぇ」


光の粒が少女の肩で瞬いた。


「精霊ってさ、世界そのものみたいなもんだろ?」


カイルは腕を組む。


「嫌な奴には絶対寄らない。

あんな守り方してる時点で——」


少し笑う。


「敵って気がしねぇんだよな」


沈黙。


ユリスは答えなかった。


ただ、少女を見ていた。


毛布の端をぎゅっと握りしめて眠っている。


まるで、何かから逃げる子供のように。


ふと、昼間の光景がよぎる。


砕けたティーカップ。


震える手。


何度も壊し、何度も直した姿。


そして。


焚き火の前で必死に平静を装っていた顔。


(……魔王)


その言葉が、頭に浮かぶ。


だが——


どうしても重ならない。


世界を滅ぼす存在と。


あの、不器用にお茶を運んだ少女が。


カイルが小さく笑う。


「なぁユリス」


「……なんだ」


「お前さ」


にやりとする。


「もう斬る気ないだろ」


ユリスの眉がわずかに動いた。


否定しない。


長い沈黙。


やがて、低く言う。


「……俺は勇者だ」


それは自分への確認だった。


「もし魔王なら、討つ」


迷いはない。


だが。


炎が揺れる。


「——だが」


視線が少女へ向く。


「まだ、“そうだ”とは思えない」


カイルが息を吐いた。


「だよなぁ」


サラも穏やかに頷く。


「聖女様のお告げは“可能性”です。

結末を示すものではありません」


風が吹いた気がした。


精霊の光がふわりと揺れる。


ユリスは静かに呟く。


「……確かめる」


「何を?」


カイルが聞く。


ユリスは答えた。


「彼女自身を」


それは、討伐宣言ではなかった。


選択だった。


守るか。


斬るか。


その答えを急がないという選択。


カイルが笑う。


「はは。勇者が様子見とはな」


「軽口を叩くな」


「いやでもさ」


カイルは肩をすくめる。


「さっきマント掛けた時点で分かってた」


ユリスが睨む。


「……黙れ」


サラがくすりと笑いをこらえる。


火が静かに崩れた。


夜は深い。


ラティアが寝返りを打つ。


精霊の光が優しく寄り添う。


ユリスは剣の柄に手を置いた。


守るためにも。


討つためにも。


どちらにも動ける位置で。


だがその視線は、剣ではなく少女に向いていた。


焚き火の最後の火花がパチっと舞う。


勇者の夜は、静かに過ぎていった。


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