13
焚き火は小さくなっていた。
赤い熾火だけが残り、静かな室内を淡く照らしている。
ラティアは少し離れた場所で眠っていた。
毛布にくるまり、小さく体を丸めている。
その周囲を、精霊たちの光が静かに漂っていた。
ユリスは眠れず、焚き火の前に座り、火を見つめていた。
隣にはカイル。
少し離れて、サラが祈祷書を閉じる。
窓の外で、風が枝を揺らした。
しばらく、誰も話さなかった。
やがてカイルが口を開く。
「……で」
小枝を火に投げ込む。
「どう思うよ、勇者様」
ユリスは視線を動かさない。
「何についてだ」
「全部だよ」
カイルは顎でラティアを示した。
「聖女のお告げ。
魔王復活。
んで——あの子」
炎が揺れる。
ユリスの瞳に光が映る。
「……危険なのは事実だ」
迷いなく言う。
「魔力量が規格外だ。
無意識の防衛だけで俺の剣を弾いた」
カイルが口笛を吹く。
「勇者の剣をな」
サラが静かに続ける。
「ですが……」
彼女は眠るラティアを見る。
「悪意は感じませんでした」
その言葉に、カイルが頷く。
「精霊が離れねぇ」
光の粒が少女の肩で瞬いた。
「精霊ってさ、世界そのものみたいなもんだろ?」
カイルは腕を組む。
「嫌な奴には絶対寄らない。
あんな守り方してる時点で——」
少し笑う。
「敵って気がしねぇんだよな」
沈黙。
ユリスは答えなかった。
ただ、少女を見ていた。
毛布の端をぎゅっと握りしめて眠っている。
まるで、何かから逃げる子供のように。
ふと、昼間の光景がよぎる。
砕けたティーカップ。
震える手。
何度も壊し、何度も直した姿。
そして。
焚き火の前で必死に平静を装っていた顔。
(……魔王)
その言葉が、頭に浮かぶ。
だが——
どうしても重ならない。
世界を滅ぼす存在と。
あの、不器用にお茶を運んだ少女が。
カイルが小さく笑う。
「なぁユリス」
「……なんだ」
「お前さ」
にやりとする。
「もう斬る気ないだろ」
ユリスの眉がわずかに動いた。
否定しない。
長い沈黙。
やがて、低く言う。
「……俺は勇者だ」
それは自分への確認だった。
「もし魔王なら、討つ」
迷いはない。
だが。
炎が揺れる。
「——だが」
視線が少女へ向く。
「まだ、“そうだ”とは思えない」
カイルが息を吐いた。
「だよなぁ」
サラも穏やかに頷く。
「聖女様のお告げは“可能性”です。
結末を示すものではありません」
風が吹いた気がした。
精霊の光がふわりと揺れる。
ユリスは静かに呟く。
「……確かめる」
「何を?」
カイルが聞く。
ユリスは答えた。
「彼女自身を」
それは、討伐宣言ではなかった。
選択だった。
守るか。
斬るか。
その答えを急がないという選択。
カイルが笑う。
「はは。勇者が様子見とはな」
「軽口を叩くな」
「いやでもさ」
カイルは肩をすくめる。
「さっきマント掛けた時点で分かってた」
ユリスが睨む。
「……黙れ」
サラがくすりと笑いをこらえる。
火が静かに崩れた。
夜は深い。
ラティアが寝返りを打つ。
精霊の光が優しく寄り添う。
ユリスは剣の柄に手を置いた。
守るためにも。
討つためにも。
どちらにも動ける位置で。
だがその視線は、剣ではなく少女に向いていた。
焚き火の最後の火花がパチっと舞う。
勇者の夜は、静かに過ぎていった。




