12
暖炉の焚き火の音だけが、四人をつないでいた。
ぱち、と薪が弾ける。
室内は深く静まり返り、遠くで鳥が鳴いている。
ラティアはマントに包まれたまま、火の向こう側に座っていた。
借りた布の衣はまだ少し大きく、袖が指先を隠している。
視線を上げるたび、ユリスと目が合いそうになって——すぐ逸らした。
思い出してしまう。
さっきまでの自分の姿を。
耳まで熱くなる。
「……その、ありがとう……」
小さな声。
ユリスは火に薪をくべながら答えた。
「礼を言われることはしていない」
ぶっきらぼうな言葉だったが、声は戦場よりずっと柔らかい。
沈黙が落ちる。
その空気を和らげたのは——
「ユリス様、もう少し言い方というものがありますよ」
くすり、と笑う声。
僧侶のサラだった。
白い法衣の袖を整えながら、彼女はラティアの隣に腰を下ろす。
焚き火の音が、静かな夜を満たしていた。
ぱち、と薪が弾ける。
その流れの中で、ラティアはそわそわと袖を握りしめていた。
人の気配も声も、あたたかい輪も——
こんなに近いのは、本当に久しぶりだった。
ふとサラが「なにか温かいものを準備しましょうか?」と言うと、
ラティアは小さく「あ……わ、わたし……やる……」と立ち上がった。
袖が指先を隠したまま、木のトレイへ向かう。
三人がわずかに視線を向けた。
ラティアはカップをそっと取る。
両手で包むように。
人の目があるだけで、指先の魔力がざわつく。
心臓が跳ねて、ほんの少し手が強張る。
(だいじょうぶ、大丈夫……いつも通り……)
湯を注ぐ。
——ぱきん。
小さな音。
「あっ……!」
カップの縁に亀裂。
魔力が反応する。
ひびが一瞬で広がり、粉々に砕け散る。
ラティアの肩が大きく揺れた。
「ご、ごめんなさい……!」
慌てて伸ばした指先から、淡い光がにじむ。
砕けた欠片が空中で止まり、
ゆっくりと吸い寄せられるように戻っていく。
——この動きだけは、もう体が覚えてしまっていた。
数秒後、元通り。
カイルが目を丸くする。
「……今の、修復?」
サラも感嘆の声を漏らす。
「高度すぎます……」
ラティアはうつむいたまま、小さく言った。
「……山で暮らすと……
いろんなもの、よく壊しちゃって……。
風でも、水でも……手が当たるだけで……
だから……直せないと、困るから……」
まるで、ほんとうに「当たり前の家事です」というような声音。
再び湯を注ぐ。
息を止める。
——ぱき。
またひび。
また砕ける。
また光。
また修復。
三度目。
四度目。
ラティアの手は徐々に震えていき、胸元まで強張っていた。
(……見られてる……こわい……
ひとりなら、もっと上手にできるのに……)
壊す。
直す。
壊す。
直す。
“日常の癖”ではあるけれど、
“人に見られる”のは、とても恥ずかしくて心細かった。
そして——五度目。
湯が静かに満ち、カップは割れなかった。
ラティアはしばらく動けず、
ひびがないか何度も確かめて、ようやく息を吐く。
両手でそっと抱え、慎重に運ぶ。
歩幅が普段よりずっと小さい。
「……どうぞ」
カイルが受け取り、少しだけ真顔で言う。
「……ありがとな。
すげぇよ、本当に」
ラティアは胸の前でそっと指を握りしめ、小さく頷いた。
その横顔には、
その表情には、戦いの時にはなかった——
ほんの少しの誇らしさがあった。
焚き火越しにそれを見ていたユリスは、静かに目を伏せた。
(……あれが“生きるための技”か)
壊す力ではない。
——直しながら、誰も傷つけずに過ごすための力。
その意味が、ようやく胸に落ちた。
胸に残る違和感。
——この少女を、敵として扱うことはもう出来ない。
ユリスは、そう思ってしまった。




