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異世界転生したら魔法が制御できません

――誰にも触れられない令嬢の魔力


死ぬ瞬間の記憶は、指の間からこぼれる水のように曖昧だ。

夜の帰宅途中、雨の匂い。

スマホに届いた通知を見た次の瞬間——世界が、すとん、と途切れた。


目を開けたとき、私は絹の天蓋が揺れるベッドの上にいた。


最初に気づいたのは、自分の体の小ささだ。

ほんのり温かい毛布を押し返す手が、小さな子どものものになっている。

呼吸も、鼓動も、何もかもが軽い。


鏡を見れば、知らない少女がこちらを見返していた。

銀色の髪、淡い青の瞳。

私は——ラティア・バレンシア。

伯爵家の六歳の令嬢らしい。


状況を呑み込めず、呆然としていた私の手に、侍女が一冊の新聞をそっと渡した。

「お嬢様もご覧になりますか?」と。


何気なく開いたその紙面の一角で、心臓が跳ねた。


《幼き“聖女”誕生 国中が祝福ムードに》


白髪の少女が後光のような光に包まれ微笑むイラスト。

その一枚が、私の記憶を一気に引き戻した。


(……え、ここ、“あの”世界?)


かつて日本で読みふけった冒険譚。

勇者が旅立ち、仲間たちが集い、

魔王復活の影が世界を覆う——あの壮大な物語。


その“序章”が、まさにこの出来事だった。

そしてその物語が本格的に動き出すのは、この聖女誕生から約十年後。


(つまり私は……物語が始まる《十年前》に来てしまった?)


頭の奥がじん、と熱くなる。

私は登場人物の名前や設定を次々と思い出していく。

魔王の復活予兆、聖女の加護、勇者が立つ時期——そして。


【バレンシア伯爵家の令嬢ラティア】

主人公たちが旅立つ前の、ただの背景に紛れたモブ。

物語の大筋に関わることは一度もなく、

生涯、ページの片隅で静かに消えていく少女。


(私……その子、なんだ?)


紙面を持つ手が震えた。

けれど、動揺の理由はそれだけではない。


胸の奥が、どくん、と脈打った瞬間——

空気が、びり、と震えた。

まるで私の体の中で何かが息を吹き返し、

外へ飛び出したくて押し寄せているようだった。


(おかしい。原作のラティアは、魔法なんて使えないモブのはず……)


胸の奥のざわつきは、新聞を閉じても消えなかった。

心臓の裏側で何かが小さく鳴き、外へ出たがっているような感覚。


「今日は少し肌寒いですね、お嬢様。窓を閉めますね」


侍女が窓へ向かう。

その瞬間、ひゅうっと春の終わりの冷たい風が頬を撫で、

鼻の奥をつんと刺激した。


「……っくしゅん!」


——ぱんっ!


ただのくしゃみのはずだった。

けれど次の瞬間、部屋じゅうの空気が弾け飛んだ。


花瓶がぐらりと揺れ、ぱりんと砕ける。

飛び散った花びらが落ちずに宙に漂い、

金色の粒子を帯びながら、ゆっくり回転していた。


「ひっ……!? お嬢様!」


侍女の悲鳴。

でもそれすら遠くに感じる。


私のまわりを、無数の金色の光が渦を巻いていた。

星屑の嵐みたいに、きらきら、ふわふわと。


怖いはずなのに——胸が高鳴る。


(……すごい……)


魔法だ。

本当に、私の体から。


(うそ……ほんとに、私……魔法使えてるの……?)


喜びが喉を震わせた瞬間、

光がぶわりと膨らんだ。


「お嬢様、さがってくださいっ!!」


侍女が泣きそうな声で叫ぶ。

けれどその声より先に、魔力の奔流が走った。


ばりッ——!


耳に嫌な音が響く。

見ると、部屋の壁に長いひびが入っていた。

まるで何かが内部から押し広げたように、

石材が盛り上がって亀裂を作っている。


次の瞬間、そのひびがさらに広がり——


どんっ!!


壁の一部が、本当に割れて落ちた。

石の破片が床に散乱し、

外気が冷たく部屋に流れ込む。


「きゃああっ!? お嬢様、怪我は……っ!」


侍女の叫びが震えている。


でも、震えているのは私も同じ。

自分の両手を胸元に抱きしめても、

魔力がまだ体の奥で暴れ続けて、止まらない。


「……やだ……止まって……! もう……やめて……!」


怖い。

怖いのに——


(でも……こんな、すごい魔法……私が……?)


幼い体の奥で、

恐怖と喜びが、ぐちゃぐちゃに混じって震えていた。


ぱぁんっ!


金色の光が最後に強く弾け、

カーテンの端があっさりと焦げ落ちる。


私は崩れ落ちた壁の前で、ただ震えながら立ち尽くした。


「……どうしよう……私……魔法が、制御できない……」


たった一度のくしゃみで壁まで壊すなんて。

そんなこと、原作のモブ令嬢ラティアには絶対あり得なかった。


物語が動き出す十年前。

誰も知らない場所で——

私だけの物語が、静かに狂いはじめていた。



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