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レベル5デスの使いどころがありません

バレンタイン死ね死ね団の逆襲! ~カカオ豆レバレッジ1000倍拳で、恋に浮かれる王都を粉砕せよ~

作者: 角乃とうふ
掲載日:2026/02/14

 何がバレンタインだ! バカヤロー!!

……失礼、取り乱しました。では、改めて。


 お菓子メーカーの商業戦略とワルツを踊る趣味などない、高潔な紳士淑女の皆様、ごきげんよう。

 とある異世界の片隅、ウォールダム王国の王都にも、この悪しき風習はあるようです。今まさに、1件のお菓子屋にチョコを買い求める女性の姿が。ところが、何やらブチ切れているご様子で――。

「ちょっと、大将! こんな小粒のチョコが1個、1000モーンなんて、高過ぎでしょ!」

「申し訳ありません、マダム。お気持ちは分かりますが、最近、仕入れ値が異常な値上がりで……。先月までは100モーンだったんですけど。あ、訳ありクッキーならお安くなってますよ」

「バレンタイン前にバカ言ってんじゃないわよ! どうせ来月になったら、今度はホワイトデー価格とかいって、キャンディーだかマカロンだかで暴利を(むさぼ)るつもりでしょ! 足元見るんじゃないわよ、この守銭奴!」


 いかにも値が張りそうなテカったドレスを着た高慢ちきな貴婦人――最近王都で名を馳せている美容家のメグミーヌが、不快そうに眉を吊り上げ、肩を怒らせて店を出ていく。

 フッ。作戦は順調のようだな。

 特売品の割れクッキーを品定めする振りをしながら、男は口元を歪め、ニヤリとほくそ笑んだ。


 男の名はリック。職業は冒険者。

 だが、ドラゴンを狩ったり、ダンジョンで秘宝を探し出すような華々しい活躍をする者ではない。もっぱら、引っ越しの手伝いや迷いネコ探しなど、安全かつ地味な仕事を生業にしている。一日の終わりに行きつけの酒場で安い酒を一杯ひっかけるだけが楽しみの男は、自分の人生にそれなりに満足していた。

 否、満足していると自分に言い聞かせ、代わり映えのしない日々を生きていた。


 男には、この世に許せない日が二日ある。それは、クリスマスとバレンタイン。

 楽しそうに見つめ合うリア充どもには分かるまい。お前たちの甘いムードの裏で、どれだけの陰キャが悔し涙を流し、呪いの言葉を吐いているかを。

 やがて、暗い情念を同じくする(おとこ)達が集まり、一つの秘密組織が結成された。その名は『バレンタイン死ね死ね団』。

 団名をクリスマス死ね死ね団にしなかったのは、未だにサンタを信じる振りをして、親からプレゼントをねだる、すねかじり団員が何人もいたからだ。したがって、クリスマスの活動は恋人達の逢瀬(おうせ)の妨害に限定し、家族のために汗を流すお父さんサンタには手を出さないのが我々の矜持。しかし、バレンタインにそのような忖度はない――。


 義理チョコ目当てに、バレンタイン前だけ慌てて好感度アップ活動に勤しんだにも関わらず、それが徒労に終わったオレ達の屈辱を、イケメンどもは知るまい。

 あいつら、ちょっと顔が良かったり、無駄に高身長だったり、勉強ができたり、足が早かったり、何かと気が利いたり、お年寄りやちびっ子にも親切なだけじゃないか! それなのに、『オレ、今年もチョコ10個もらっちゃったー。ニキビ出るからそんなに食べないんだけどねー』などとのたまう爽やか野郎どもめ。

 だったら、くれよ。いや、ください! お願いします、端っこだけでもー!!


 ――などと心の叫びを上げるのが例年の恒例行事だが、今年の我々は一味違う。

 『魔道具の地獄めぐり』の依頼により、小豆(あずき)相場で莫大な利益を叩き出した、あの伝説の相場師、ムネさんが我らの仲間に加わったからだ。ちなみに、ムネさんは3回億り人になり、4回破産していることから、不死鳥の二つ名を持っている。


 彼はチョコレートの主原料であるカカオ豆の価格操作を企み、先物価格を昨年の春先から注視していた。そして、魔王軍がエルフの森に侵攻するという地政学リスクでカカオ価格が暴落した機を逃さず、大量の買い付けを行ったのだ!――あろうことか、団員のなけなしのへそくりを無断で全額突っ込んだ上、レバレッジ1000倍で。

 その狂気の大博打が発覚した当初は、みんなで『ダ◯カン、コノヤロー!』と袋叩きにしたものだが、古の三英雄、モーリスとやらが復活したとかで、魔王軍はあっさり敗退。王都が戦火に包まれる不安が解消されるや、カカオ価格は底を打って急反発。結果、我々の手元資金は、見たことも無い桁数に膨れ上がっていた。


 ムネさんは、それを高値圏で鮮やかに売り抜け現金化すると、今度は相場が落ち着くのを見計らって、現物のカカオ豆を市場から静かに買い占めていった。 

 超人的な手腕を見せたムネさんは、今や団員からムネ大明神と呼ばれ、崇拝の対象と化している。調子に乗ったムネさんが、団員に怪しげな情報商材を高値で売り付けようとしたのを、必死にディフェンスするのは一苦労だった。


 そんなわけで、今年もチョコを買い漁ろうという不届きな婦女子どもの季節になったわけだが、肝心の主原料の大半を我々がガッチリ抑えているため、需給のバランスが崩壊。狙い通り、チョコは異常な値上りとなっている。

 団員のなかには、『団長! 今売ればボロ儲けですよ』などと鼻息を荒くするニワカ相場師も出る始末だが、それでは本末転倒だ。

 我々の目的は金儲けではない。浮かれたリア充どもに鉄槌を下すことなのだから。

 チョコが手に入らず、ハンカチの端を噛んで悔しがる女ども。そして今年に限ってチョコが一つももらえず、『オレ、なんかやらかしちゃった……?』と疑心暗鬼にかられるイケメンども。

 そんな連中を尻目に、我ら死ね死ね団は狂乱のチョコパーティーを開くのだ! なんなら、チョコレートフォンデュに生チョコつけて食べてやるぞ。熱さで口に入れる前に溶けちゃうかもな。フハハハハー!!!!


 気分がいいので、今日も行きつけの店で一杯やることにした。いや、気分が悪くても行くのだが。

 店先に立つ不気味な造形のトーテムポールが目印のその店は、本来は宿屋なのだが、1階は宿泊客以外も利用可能な、賑やかな酒場となっている。

 香ばしい肉の焼ける匂いと喧騒に満ちた店内に入り、オレがいつもの端にある2人掛けのテーブル席に腰を下ろすと、給仕のアマンダが使い古された樽ジョッキを手にやってきた。


「いらっしゃい、リック。つまみはいつものでいい?」


 屈託のない笑顔で問いかけてくる。


「そうだな。今日は気分がいいので、エリマキリザードのソーセージをダブルで頼む」

「何よダブルって? あ、2本ってことね」


 機転の利くアマンダは、オレの渋いオーダーの意図を素早く酌むと、軽やかに身を翻して他のテーブルへ回っていく。

 ゆるく三つ編みに結った赤いくせ毛が、弾むように肩の辺りで揺れる。

 オレがこの店を贔屓(ひいき)にしている理由は、彼女がいるからだ。しがない低ランク冒険者のオレには、彼女をどうこうしようというガッツはないが、赤いタータンチェックのワンピースに、白い前掛けをつけた彼女が、威勢のいい声を上げ、太陽のような明るさで接客する姿を肴に一杯やるだけで、今日も生きていて良かったと思う。

 そう一人物思いに耽りながら、渋くエールを煽るオレに、アマンダが焼きたてのソーセージを運んできた。


「はい、おまち!」

「あぁ、ありがとう――」


 オレは渋く応える。ここでのキャラは渋メンなのだ。


「ところでリック。最近、チョコが高過ぎだと思わない?」

「ブホッ!?」


 アマンダが突然、チョコの話題を振ったため、むせた。エールが気管に入っちまった。


「ちょっとリック! 大丈夫?」

「ゲホゲホッ……。冒険者たるもの、なんのこれしき――っていうか、お前、チョコが好きだったのか」

「まぁ、そこそこね。ていうか、バレンタインも近いし――」

「ブホッ!!」

「ちょっと、むせすぎでしょ!!」


 チョコだのバレンタインだの、今夜はやたらにオレのセンシティブな地雷原をステップしやがって、この小悪魔め。しかし――。


「なんだ、アマンダ。チョコを贈りたい相手でもいるのか?」

「ふふーん。気になる? まぁ、私も年頃の娘だしね」


 アマンダは茶目っ気たっぷりに首を傾げる。


「フッ。若いってのはいいもんだな」


 オレは樽ジョッキを傾け、大人の余裕漂うニヒルな笑みを返した。

『ちっくしょー! 誰なんだ相手はよー! う、羨ましくなんかないぞ! どうせ、チョコ高くて買えないだろ、ザマーミロ!!』

 などという、見苦しい本音は包み隠して。


 そして迎えたバレンタイン前夜。

 漆黒の全身タイツに身を包んだ我ら『死ね死ね団』の面々は、勝利の宴を盛大に催すべく、溜め込んだカカオ豆の秘密倉庫に集結していた。

 殺風景な倉庫内には、荒削りな木製の長テーブルがところ狭しと並び、その上にはこの日のために大量に密造した様々なチョコ――滑らかな曲線を描くシェルやハート型の一口サイズから、どっしりと厚みのある本格的な板チョコまで――溢れんばかりに積み上げられ、芳醇なカカオの香りを立ち昇らせている。

 うむ、壮観である!

 ランタンの鈍い光に照らされ、鼻の頭をテカらせた司会のヨンタが、誇らしげに右手を掲げて会の始まりを告げた。ちなみに、彼の本業は、兄弟と一緒に郵便配達員をしているらしい。


「それでは、ご唱和下さい! せーの、バレンタイーン!」

「死ね死ねー!!」


 掛け声とともに、団員が両手をバンザイして、腕を曲げ伸ばしするお約束のポーズを取る。

 そう。ついに夜が明ければ、我らの長きにわたる戦いに勝利の瞬間が訪れるのだ。


「それでは、我らが団長に一言ご挨拶をお願いします!」

「死ね死ねー!!」


 ヨンタから促されたオレは、並々と注がれたホットチョコレートのマグカップを握りしめて、大きな木樽の上にゆっくりと乗った。

 同じようにマグカップを掲げる団員たちを見渡す。皆、良い笑顔だ。この日を待ち望んでいたその瞳は、涙に濡れている。オレは万感の思いを胸に抱いて、静かに同士達に語り掛けた。


「えー、本日はお日柄も良く――」

「死ね死ねー!!」

「明日は、リア充どもの祭典、バレンタイン本番でありますが――」

「死ね死ねー!!」

「ついに我らの悲願――」

「死ねー!!」

「達成――」

「死ーね! 死ーね!」

「いや、聞けよ! お前ら、ただ『死ね死ね』言いたいだけだろ!!」


 団員どもの空気の読めないシュプレヒコールの連発に、いい加減オレの堪忍袋の緒がブチ切れた、その時だった。


「そこまでよ! 悪党ども!」


 頭上から響く(りん)とした甲高い声。

 驚いて顔を上げれば、うず高く積まれた木箱の頂に、一筋のスポットライトを浴びたかのような人影があった。

 そこに立っていたのは、フリルが何重にも重なったゴスロリ風のピンクドレスを(ひるがえ)し、目元を華美な蝶の仮面で隠した謎の女だった。


「な、何奴!?」

「女の子が勇気を出して想いを伝える、年に一度の聖なる日。それを邪魔する悪い奴らは奈落へ直送! 恋の宅急便、人呼んで、ときめきキュルルン仮面!」


 その瞬間、体感温度がマイナス五度は下がった。回りの団員達も漏れなくフリーズしている。氷属性の魔法も使わず、口先だけでここまで人の心を冷却するとは恐ろしい手練れ……。

 オレはブルンと身震いして、口をパクパクさせながら、なんとか声を絞り出した。


「――お、お前、自分で言ってて、恥ずかしくないのか?」

「なっ!? スーパーヒロインの口上にマジツッコミしてんじゃないわよ!! 空気読みなさいよ、悪党のくせに! ほら、死ね死ね言いながら、かかって来んかーい!」

「……」


 突然の展開について行けず、押し黙る、我ら死ね死ね団。


「ちょっ、あんたら黙ってんじゃないわよ! 微妙な間が恥ずいじゃない! ほらセーイ! 死ね死ねー!」

「……死ね死ねー」


 促されて、渋々といった様子で弱々しい声を上げる団員たち。

 その声を合図とばかりに、キュルルン仮面は手にしたデコラティブなピンクステッキを振りかざし、軽やかな身のこなしで木箱を飛び降りると、団員たちに襲いかかった――。


「嗚呼、エクスタCー! 悪鬼メッサツー!!」


 キュルルン仮面は完全に陶酔しきった顔で、一方的に団員たちをなぶりものにしていく。

 ちくしょう、このイカレ女、どうせブス顔隠すためにそんな派手な仮面してるんだろ! そいつを剥いで、キッタネェ(ツラ)を白日のもとにさらしてやる。

 怒りに燃えたオレは、樽から飛び降りると、猛然とした勢いでキュルルン仮面にフロントタックルをブチかました。

 虚を突かれたキュルルン仮面が、金切り声を上げる。


「ちょ! 悪党のくせにお約束が分かってないの!? あんたラスボスなんだから、口上言ってから攻撃しなさいよ!」

「うるせー! 変な仮面被って、オレたちの前夜祭をぶち壊しにしやがって! そのブス顔を見せろ!」

「ブ、ブス!? 下町小町って言われる私に向かってなんたる暴言! あんたこそ、その『だんちょう』って白抜きしたダッサイ黒マスクを取りなさいよ!」

「なにをー! このマスクを被るために何回団長試験受けたと思ってるんだ!!」


 お互い頭に血が上り、床の上をくんずほぐれつ、バターになるほどグルグルのた打ち回ったオレ達は、ほぼ同時にお互いのマスクを剥ぎ取った。


「――ア、アマンダ!?」

「――リ、リック!?」


 刹那、お互いが石化した。

 マズイ。これは、非常にマズイ――。


「……イヤー! 他人の空似じゃないですかね。良く見りゃアマンダとは鼻の高さが全然違うし!」

「あっ、あー! あなたも良く見ればリックよりも全然イケメンじゃない。空似のソラニンよね、ウンウン!」


 いぶかしむ団員達のジト目の中、図らずも利害が一致したオレ達は、阿吽の呼吸で知らぬ存ぜぬを通した。そして、二人とも無言でマスクを被り直す。

 キュルルン仮面はよろよろと立ち上がると、クルリと背を向け、出口へ向けて大股で歩き出した。一度だけピタリと足を止めると、振り返りもせず、独り言のように虚空に向かって話し掛けた。


「――とりあえず、明日朝一で、持っているチョコを全部、適正価格で市中のお菓子屋に納品しなさい。それで今回は見逃してあげるから……」


 そんなわけで、死ね死ね団の記念すべき祝勝会は、幻に終わった。



 翌日の王都。

 石畳の街路には、店の売り子が『チョコ緊急入荷! まだ間に合う!』のビラを朝からバラマキ、どこのお菓子屋もチョコを求める人々で大行列になっていた。

 オレはといえば、徹夜でチョコ搬入作業に明け暮れたため、目の下にくまを作り、ヘトヘトになって路上の端に座り込んでいた。

 ともあれ、これでなんとかお縄にならずに済んだな――って、オレらその時の市場価格でカカオ豆買い付けただけだよな。それを元に工場に頼んで正当な対価でチョコ作ってもらって……。なんか罪になるのか、これ? まぁ、でも一番痛いのは、行きつけの店を失ったことだな……。自業自得だが、さすがにアマンダには合わせる顔がない。


「あ! いたいた! リック、探したわよ」

「あ――」


 もう二度と会うことはないだろうと思っていたアマンダが、目の前に立っていた。

 考えてみれば、お天道様の下で彼女を見るのはこれが初めてかもしれない。

 透き通るような肌にそばかすを散らした、愛らしい丸顔。大きな茶色の瞳は、冬の澄んだ朝日を反射してキラキラと宝石のように輝いていた。

 オレは激しい内心の動揺をひた隠し、いつもの渋メンを気取って、ぶっきらぼうに軽口を吐いた。


「どうした? オレにチョコでもくれるのか?」

「な、なんで分かったのよ?」


 驚いて、少し不満気に唇を尖らせたアマンダが、赤いリボンで飾られた白い小箱を差し出してきた。

 ちょっと待て! ステイステイ。昨夜の今朝だぞ? 正気かお前?


「えっ? なんで?」

「そういうこと、女の子に聞く!? ホント、デリカシーないんだから! それと! 昨日は私、日課のカバティの練習が忙しくて、一歩も外に出てないからね!」


 聞いても無いアリバイまで主張し、頬を真っ赤に染めて、ぷいっとそっぽを向くアマンダ。どうやら、昨夜のことは「無かったこと」にするつもりらしい。そうしてもらえると、オレとしても非常に助かるが――。

 フッ。それにしても、よもやよもやだ。気が付かなかっただけで、オレの長い冬はとっくに終わっていたんだな。

 こんなオレにも、ついに死ね死ね団を引退する日が来たらしい。

 アマンダの照れる横顔を、目を細めて見つめるオレの背後――物陰から恨みがましいささやき声が聞こえた。


「死ね死ねー……」


(了)


 『死ね死ね団』の暗闘を見届けてくださり、感謝です。少しでも『フフッ』となっていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価やブックマークをいただけると、義理チョコ1つ届かない哀れな作者の元に執筆意欲が届きます。リックとアマンダのその後が気になる……という声があれば、「波乱のホワイトデー編」を書きたいと思います!


 ちなみに、本作は長編『レベル5デスの使いどころがありません』のスピンオフです。お読み頂ければ、本作との繋がりにニヤッとするかと。あ、雰囲気は大体同じです(笑)

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