それでも、選ぶ
澪は、何も言わなかった。
でも、分かっていた。
今日で終わる。
終わらせなければならない。
◆
朝。
教室に入ると、澪がいた。
席に座って、窓の外を見ている。
俺が来ても、振り返らない。
それが、最後の猶予だった。
◆
授業中。
時間だけが、進んでいく。
ノートは真っ白なまま。
澪は一度も、こちらを見なかった。
もう、確認していない。
答えを、待っている。
◆
昼休み。
澪は、一人で教室を出た。
屋上へ向かう背中。
追いかけるしかなかった。
◆
風が強かった。
雲が、低い。
澪はフェンスの前に立っていた。
今度は、振り返った。
逃げない目だった。
◆
「来たね」
穏やかな声。
それが、怖い。
◆
「昨日の続き」
澪は、そう言った。
疑問形じゃない。
◆
俺は、立ち止まった。
距離は、ちょうどいい。
近づけば、壊れる。
離れれば、終わる。
◆
「……澪」
名前を呼ぶ。
喉が、焼ける。
◆
「私ね」
澪は、先に言った。
「あなたが、私を選んでるの、分かる」
◆
「毎日。
少しずつ。
逃げないで」
◆
それは、感謝じゃなかった。
事実の確認だった。
◆
「でも」
澪は、息を吸う。
「それ、続けたら、
あなたが壊れる」
◆
俺は、何も言えなかった。
否定できない。
◆
「だから」
澪は、微笑んだ。
泣きそうな顔で。
「今日で、終わりにしよ」
◆
選ばない、という選択。
澪が、自分で出した答え。
◆
「……それでも」
俺は、口を開いた。
◆
「俺は、澪が好きだ」
初めて、逃げずに言った。
条件でも、役目でもない。
ただの言葉。
◆
澪は、驚いたように目を見開いた。
それから、静かに笑った。
◆
「うん」
短い返事。
それだけで、十分だった。
◆
「でも」
澪は、首を振る。
「それには、応えない」
◆
フラれた。
でも、今までとは違う。
条件のためじゃない。
救うためでもない。
澪自身の選択だった。
◆
「ありがとう」
澪は、そう言った。
「それで、全部、思い出せなくていい」
◆
何を、とは言わない。
それでいい。
◆
放課後。
澪とは、帰らなかった。
それが、最後の選択。
◆
夜。
眠れなかった。
それでも、祈らなかった。
◆
翌朝。
目を開ける。
アラーム。
朝日。
カレンダー。
日付は――進んでいた。
◆
学校に行く。
教室に、澪はいた。
友達と話して、笑っている。
俺を見ると、少しだけ手を振った。
それだけ。
◆
胸が、痛む。
でも、壊れてはいない。
◆
俺は知っている。
あの時間が、いつまで続くのか。
それとも、もう終わったのか。
分からない。
◆
ただ一つ、確かなことがある。
◆
澪は、生きている。
そして俺は、
選ばせてもらえた。
◆
それが、救いじゃなくても。
それが、報われなくても。
◆
今日も、世界は進む。
澪が、生きている明日へ。




