重いと言われる前に
澪のほうから、距離を測るようになった。
近づきすぎない。
でも、離れない。
その加減が、いちばん苦しかった。
◆
朝。
澪は、席に座ったままこちらを見なかった。
俺が来たことには、気づいているはずなのに。
いつもの「おはよう」は、なかった。
それだけで、胸の奥がざわつく。
◆
昼休み。
澪は友達と一緒にいた。
楽しそうに笑っている。
俺のほうは、見ない。
選ばれない側に回ったような錯覚が、喉を締めた。
◆
放課後。
澪は、帰る準備をしていた。
「……一緒に帰らない?」
俺から声をかけた。
澪は、少し驚いたように瞬きをしてから、首を振った。
「今日は、いい」
拒絶というほど強くない。
でも、はっきりした線だった。
「用事?」
聞いてから、後悔した。
澪は少し考えてから、曖昧に笑った。
「ううん。
ちょっと、一人で歩きたいだけ」
その言い方が、痛かった。
◆
帰り道。
少し離れたところを、澪が歩いているのが見えた。
同じ方向。
同じ時間。
でも、同じ道を選んでいない。
追いかけるべきか、迷った。
選ばなかったら。
頭の中で、答えがすぐに出る。
それでも、足は止まった。
◆
十分ほどして、澪が立ち止まった。
振り返る。
俺を見つけて、少し困ったように笑った。
「……やっぱり、来ると思った」
責める声じゃない。
諦めた声でもない。
分かっていた、という声だった。
◆
「さっきは、ごめん」
澪が言った。
「一人になりたいって言ったけど……
本当は、ちょっと怖かった」
喉が鳴った。
「何が?」
澪は、視線を落とす。
靴先で、地面を擦る。
「最近さ。
私、重くない?」
その言葉は、静かだった。
逃げ場がないほど、静か。
◆
「そんなことない」
即答だった。
でも、声が、揺れた。
澪は、その揺れを聞き逃さなかった。
「……ほら」
小さく笑う。
「そうやって、すぐ答えるところ」
胸が、詰まる。
◆
澪は、深く息を吸った。
「ね。
最近、あなたがいない時間、
すごく不安になるの」
言葉を、選びながら。
「それが、嫌でさ。
自分で、自分が怖くなる」
俺は、何も言えなかった。
◆
「だから」
澪は、顔を上げた。
真っ直ぐ、俺を見る。
「少しだけ、距離を置いたほうがいいのかなって思って」
それは、澪なりの逃げ道だった。
自分が壊れないための。
でも。
◆
距離を置く。
選ばない時間。
それが、何を意味するか。
俺だけが、知っている。
◆
「……無理しなくていい」
出てきた言葉は、それだった。
澪は、少し驚いたように目を見開く。
「え?」
「距離とか、考えなくていい」
自分でも、何を言っているのか分からなかった。
澪の表情が、揺れる。
期待と、不安と、安堵。
全部が、混ざった顔。
◆
「……ありがとう」
澪は、そう言って笑った。
でも、その笑顔は、少しだけ重かった。
自分の重さを、受け入れられた顔。
それが、怖かった。
◆
その夜。
眠れなかった。
澪は、自分が重いと知っている。
それでも、俺から離れられない。
そして俺は、
澪を離すことができない。
どちらも、逃げ道を失っている。
◆
翌朝。
澪は、学校に来た。
生きていた。
それだけで、胸が痛んだ。
澪は俺を見ると、少しだけ微笑んだ。
昨日より、近い笑顔。
距離を置くつもりだったはずなのに。
俺は、はっきりと理解した。
澪はもう、
「選ばれない自分」に戻れない。
そして俺も、
「選ばない自分」には戻れない。
この関係は、
軽くなることはない。
ただ、沈んでいくだけだ。




